コスモス・システムズ Episode03 第1章


南アフリカ共和国 《ヨハネスブルグ》から100kmの工業地帯
2135年6月27日
6:15 A.M.

 丸一日以上車は走った。それも高速道や国道ではなく、舗装されていないような道も走り、二
度、車を乗り捨てて乗り換えている。
 梓達は、あらかじめ用意されていたらしい、ジープと小型トラックにそれぞれ乗り換えており、
今ではこの《ヨハネスブルグ》近郊の工業地帯で、いくらでも走っていそうな小型トラックに乗っ
ている。
 めまぐるしく車が変わっており、また長時間のドライブで、娘のアリアはくたくたに疲れて、助
手席で眠っている。無理もない。軍や警察に追われる逃避行は、頭は良いが、まだ体が幼い
彼女には重荷過ぎる。
 だが、梓達にとってはそれしか選択肢はなかった。
 つい数日前までは梓の家族は、普通に暮らしているだけの平和な家庭だったのに。頭が混
乱し、いつの間にか《ヨハネスブルグ》までやってきている。
 ここまでがむしゃらだった。息つく暇さえ無い。しかし、梓にとって肉体の疲労はあまり感じら
れない。ほとんど二日間、ずっと車に乗っていただけとはいえ、車を乗り換え、舗装もされてい
ないような道を通ってきた。
 梓はむしろ、精神的な疲労を感じていた。いくら彼女の体がどのような姿になっていようと、彼
女の心までが変わることはない。
 アリアは大丈夫なのか、ティッドは大丈夫なのか。そして、再び自分たちは軍によって拘束さ
れてしまうのではないかという不安感。
 そのあらゆる不安がある。しかしその不安があるからこそ、自分は人間なのだろう。まだ、全
てを奪われたわけではない。
「ねえ、ねえちょっと、あんた」
 いつの間にか慣れてしまったのか、梓はそのように“言って”、自分と常に通信をしてきている
という少女、ヒメコに向かって話しかけていた。
 世界のどこからか通信してきているという彼女、ヒメコのほうも不眠不休なのか。いや、しばら
く通信してこない時がある。おそらく彼女はその時に眠っている。
 今回もまた応答がない。これはまた眠っているなと、梓は思った。
 ヒメコの声や話し方、言葉の使い方からして、彼女の年齡はおそらくアリアと同じくらい、もっ
と幼いはずだ。
 まあ、大人に比べればよく眠るものだ。しかしこうして梓に対して通信をしてくるということは、
電子画面へとずっと接続しているということになる。
(あら、もう朝なの?アラームはもっと後に設定したつもりだけど…)
 緊張感のない声でヒメコが言ってくる。どうやらまたずっと眠っていたらしい。しかしずっと画
面には接続しているようだ。それは子供がすることじゃあない。いくら疲れにくい画面が開発さ
れようとも、コンピュータに人間が接続し続けるというのは、非常に疲れるものなのだ。
「肝心の《ヨハネスブルグ》まで来たわよ。これから一体、私達はどうすればいいのかってこと
を、きちんと教えてもらわないとね」
 梓ははっきりとした口調でそのように言う。
(今、あなたがいるのは工業地区ね。でもそこから街の反対側の旧市街に向かってくれなきゃ
あね)

「《ヨハネスブルグ》の旧市街よ。マフィアの温床じゃあない。そんなところに私はおろか、アリア
まで連れて行けっていうの?」
(ある人物に会えばいいだけよ。本来ならば、あなた達をもっと安全に連れて来たかったんだ
けれども、邪魔が入ってしまったからこうなってしまったのよ。《ケープ・タウン》の方の協力者が
マークされちゃっているから、他の街の人物にお願いするしかない。彼は今、仕事で《ヨハネス
ブルグ》に…)

「ああー、もううるさいことは聞きたくないわよ。どうせ、仕事なんてろくでもない仕事なんでしょ
う?そんな奴と関わりあいになることになんて、ね。冗談じゃあ無いわよ、全く」
 皮肉っぽく言う梓。だが、今の梓にとっては何もかもが、ろくでもない皮肉であるようにしか感
じられなかった。


《ヨハネスブルグ》ダウンタウン地区


 《ヨハネスブルグ》の治安が急速に悪化したのは、20世紀のアパルトヘイト廃止後にまで遡る
が、依頼、様々な都市開発や、治安改善政策によって、何とかそれを改善。21世紀中盤まで
は、ニューヨーク、東京、香港を押しやり、世界で最も経済的に成長している都市とまでされ
た。
 しかしその後の何度もの世界経済危機と、中国国内の分裂により、経済は混乱し、今となっ
ては《ヨハネスブルグ》の都市機能はほとんど麻痺している。金融センターなどは《ケープ・タウ
ン》に移っている。
 今となっては、《ヨハネスブルグ》に住むものも多くいるが、ほとんどが下層階級とされる人物
のみであり、かつての開発が途中中断したマンションなどに不法占拠がされている。
 メトロレールなども麻痺し、交通機関も同様になっており、空港さえろくに機能しなくなってしま
った。
 しかし、そのマフィアの温床とされていることからも、軍や治安維持部隊による監視は強化さ
れ、反政府組織も滅多なことでは行動できない。治安は悪化しているが、闇の売買は監視の
届かない地下で行われている。
 この《サントン地区》も、かつては《ヨハネスブルグ》で金融の中心の一つとして栄えていた。し
かし、この『南アフリカ』の経済の流出は、この地区からも人口の減少と、治安の悪化を招い
た。
 そんな《サントン地区》に軍用機と車を乗り継いでやってきたのが、S-300と、S-400という男
女だった。
 まだ《ヨハネスブルグ》には中小企業などのビルが残っており、そこの社員達はスーツ姿をし
ていたりするが、そのような企業に務める者達、とも、この二人の男女は違っている。
 ビルこそ建っているが、整備された歩道などはところどころ傷んでいて、人通りも少なく、浮浪
者も多い。
 二人共白人、そして、ラフな姿で、ニューヨークなどの繁華街のほうが似合う。
「相変わらずスモッグが酷い街ね。陰湿な雰囲気も気に入らないわ」
 そう女のS-400の方が言った。サングラスのすぐ下の鼻を、動物がやるように動かして、匂い
を嗅いでいる。
 彼らの車が止まっているすぐ側を、うるさい騒音と共に、小型トラックが通過していき砂塵を
巻き上げる。それをS-400は咳き込みながら顔を覆っていた。
「おいおいおいよ、そんなんで大丈夫か?匂いを覚えていられるのか?」
 心配そう、というよりも、嫌味な声で、S-300は言っていた。
「大丈夫よ、ふん。北村梓の匂いだったら、ここに持ってきているし、私のハードディスクがきち
んと記憶している。たとえここに、生ゴミの山が捨ててあって、その奥底に彼女がいたとしても、
それを探し出せる」
 S-400は向き直ってそのように言うのだった。すると彼女は、二着の衣類をそこから取り出し
た。
「これが北村梓の着ていた服と、その娘のアリアのものよ。彼女達の匂いをわたしは記憶する
事ができる」
 そう言ってその二着の匂いを嗅ぐ。
 その有り様を見て、金髪男のS-300の方は、サングラス越しでも呆れたような顔をしてみせ
た。
「お前は、カフェでお茶してる方が似合うのによー、そんな事していると、まるで犬みてーだぜ」
 皮肉というよりも、それは暴言だったが、S-400は気にしていないようだった。というよりも無
視をしていた。
鼻をひくひくとさせながら、塵やスモッグだらけのこの街の匂いを嗅ぐのように顔を動かす。
「まだ、この街には着いていないようね。さすがに車で移動されると、車の匂いまでは追跡する
のが困難だわ」
「だが、S-100の奴は言っていたぜ。北村梓は、旦那とこの街で合流するんだと」
 と、金髪男は少し真面目になって言う。
「依然として追跡の方は続いているの?」
「ああ、あいつは嫌味なほど地獄耳だからな。オレ達の事も監視されているぜ」
「じゃあ、ちゃんと仕事をすればいいってことでしょ。街をぐるぐる回っている内に、北村梓の匂
いが匂ってくるはずだわ」
 そう言いつつ、再び車に乗り込むS-400。彼女は車のウィンドウを開けっ放しにする。
「おいおい、このスモッグの中、窓全開か?冗談じゃあないぜ」
 外のスモッグの多さにS-300は閉口して言った。
「窓がふさがっていたら、匂うものも匂ってこないでしょうが。いいからこのまま走るのよ」
「ちっ。変な病気になったらお前のせいだぜ」
 毒づきながらも、S-300は車をスタートさせてオート運転で走らせだした。
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