コスモス・システムズ Episode03 第2章



喜望峰 《ケープ・タウン》から50km

 《アガラス岬》に大陸最南端の地を譲るものとはなっているが、《喜望峰》はアフリカ大陸の果
てとして知られており、観光名所の一つとして知られている。《ヨハネスブルグ》近郊や、北部国
境の情勢が悪化していくにつれ、『南アフリカ』の観光名所といったら《ケープ・タウン》などが中
心になっていた。
 その《喜望峰》の先端部分は、《ケープ・ポイント》と呼ばれる断崖絶壁で、まさしく地の果てと
言える。
 そこまでは行かない、しかし、地の果てを思わせるような《ケープ・ペニンシュラ》に、軍用ジー
プで護衛を引き連れてやってきたのが、アーサー・セント・ワールドだった。
 軍の基地、自分の力をきかせていられる軍の基地から出れば、一般人と変わることもない。
しかしこのように情勢が悪化している現在では、護衛でもつけなければ、軍の将校も命を狙わ
れる。
 屈強な体を持っているアーサーであっても、暗殺されてしまってはどうしようもない。
 それは、これからアーサーが会おうとしている人物も同様だった。
 この辺りは道路を外れると、岩場が増えており、人影もほとんどない。走る車といえば、《喜
望峰》の先端へと向かう観光客程度だが、情勢の悪化によって、そんな観光客も少ない。
 そこに、二人の黒服の護衛に囲まれて、スキンヘッドの男が立っていた。アーサーは、言わ
ばに設けられた、古びて整備がされていない遊歩道を歩いて、その男へと近づいていく。そし
て黒服の男たちから10メートルほど離れたところで、
「お前達はここにいろ」
 と、自分の護衛に向かって命じた。軍の護衛達は、その命令は何度も聞いているといった様
子で、その場で待機した。
 そしてアーサーがそのスキンヘッドの男に近づいていくと、
「君は、この『南アフリカ共和国』の歴史について、どれだけの知識がある?」
「は?」
 突然の質問に、アーサーは少し面食らった。スキンヘッドの黒スーツの男は、アーサーへと背
を向けたままただそのように言うのだった。
 軍の高官達にはスラスラと答えを述べられるアーサーが、珍しく答えに戸惑っていると、スキ
ンヘッドの男は言ってきた。
「ヤン・ファン・リーベック。17世紀のオランダ人だよ。彼がこの《喜望峰》の付近に《ケープ植民
地》を作った。オランダ人の彼は『日本』の江戸幕府とも交流を持っていたそうだ。
 元は船乗りではなく、外科医だったそうだっただがな。東インド会社に加わり、商社マンにな
った彼が、大航海時代に植民地を作ったのだ」
 歴史を語るその男。アーサーも17世紀の歴史をそこまで知っているわけではない。
「実は100年以上も前に、このヨーロッパ人にとっては、“暗黒大陸”だったこの地の果ての《喜
望峰》は発見されていたのだ。だが、大した資源もないとされ、また先住民達の脅威に恐れを
なし、ヨーロッパ人は放っておいた。
 だが、大航海時代の『オランダ』は『スペイン』に勝つために、航路が必要だった。そこでこの
地を開拓し、白人の国とした」
 アーサーにとっては、知っているのは20世紀のアパルトヘイトくらい前までなのだが、このス
キンヘッドの男は何を言いたいのだろう。
「当時のヨーロッパ人も、今の欧米人も、未知の、得体も知れないものを恐れている。だが、同
時に好奇心も持っている。その両者が拮抗している時は何も動かない。だが、それを推し進め
るものがある」
 初老のその男は何もかも見透かしているかのように、アーサーの目を見て言う。
「それは何か?戦争だよ。大航海時代も、実態は、貿易戦争であり、宗教戦争だった。そして
今も、『民族解放軍』が北部から迫ってきている!」
 マスメディアでは反感を買う言葉かもしれない。だがこの初老の男の言っている事は的を射
ている。
「ミスター・リーベック。あなたは、私にS-シリーズの兵力を与えてくれた。今、全力を持って、北
村梓の捜索に当たらせていますが…」
 かつての《喜望峰》に植民地を作ったオランダ人と、同じ苗字を持つその男に、アーサーはそ
う言うと、
「今回の北村梓の件と、『民族解放軍』との国境紛争の件だが、全く関係がないと思うかね?」
「関係がおありと?」
「直接的な関係はないがね。戦争という意味では繋がっている。技術戦争だ。我々の会社はか
つては、政府に隠れて秘密裏に事を進める多国籍連合だったが、かの革命家、ベロボグ・チェ
ルノが起こした事件と、その後の第二次冷戦でバラバラになってしまった。
 私達はヨーロッパに勢力を広げているがね。世界各地に展開していたその組織は、散り散り
に成り、影響力も下がった。今では軍需会社の一部門にすぎない」
 それは自虐なのか、リーベックはそのように言ってくる。だが、彼が、『イギリス連邦軍』の軍
事顧問として、民間人としては異例の発言力を持っているのは確かだ。彼ほどの人物を、もは
や民間人と呼べるのか。
 彼はアーサーへの話を続ける。
「もし、北村梓が、『民族解放軍』でも何でもいい、地球の裏側にでもいる自分たちの利益しか
考えていない、脳ミソの足りないような連中に渡ったら最後だ。少なくとも、今までは人格者の
監視下にあったようだが、それでは足りん。我々の監視下にあってこそ、世界のバランスが保
たれる」
「つまり、これはチャンスだとお考えで?北村梓を確保するための?」
 そのようにアーサーは詮索する。
「外部に渡るかもしれないという危険な賭けなのかもしれないがな。彼女を創りだした勢力につ
いても知ることができる。そのものは恐らく、条約を破って、危険な兵器を量産しようとしている
のだよ」
 リーベックがそのように言ってくるという事は、彼が何を望んでいるのか、それがアーサーに
は大分読める気がした。
 彼は軍事顧問として、やるべきことをしたいのだ。
「例え相手国がどこであろうと、戦争になると?」
「そこまではわからないがな。大事なのは、そうなる前に彼女を確保できるかどうかにかかって
いる。それは君次第だ。
 だが、世界のバランスを崩しかねない勢力など、ほうっておくわけにはいかんがな」
 リーベックの最後の言葉は非常に深く、重いものがあった。下手をすれば、ひとつの兵器、一
人の人間で、戦争また戦争だ。
 だが、それを一帯誰がどのようにして止めることができる?少なくともそれは自分ではなく、リ
ーベックでもないことはアーサーにも分かっている。自分達ができるのは、せいぜい戦争が拡
大するのを防ぐ程度のことだ。

《ヨハネスブルグ》《サントン地区》
8:22 A.M.

 《ヨハネスブルグ》の《サントン地区》はかつては経済・金融センターがあったことで知られてい
る。それはアフリカ大陸最大の経済規模であり、そして施設としての経済規模も持っていた。
 この都市の中心地がどんどんと荒廃し、腐敗していく中、中心地区から少し離れた地域で
は、経済が発展し、また世界規模の大企業の支社ビルのほか、JSE(ヨハネスブルグ証券取
引所)もここにあった。
 だが、2040年代後半のバブル経済崩壊によって、治安のバランスが一気に崩壊し、影響力
を失った、金融センターに腐敗とマフィアの介入を許した。
 そしてその荒廃した金融センター跡は今に伝えられる。かつての高層ビルも今や、灰色のく
すんだ、廃墟の塔にしか見えなくなっている。
「ママ。このお車、ちゃんと動くの?」
 そう言って梓達が乗り換えたのは、埃にまみれたオンボロ車だった。100年近く前の形式のも
のだ。ガソリンエンジンで動くタイプで、梓たちからしてみれば、あまりにも古すぎるものであ
る。
 共に連れてくるアリアの事が何よりも心配だった。だが、どこかに置いてくるわけにもいかな
い。自分が片時も目を離さずにいるしかない。
 そういう意味では、このオンボロ車は上手い隠れ蓑になるだろうか。
(大丈夫、動くって。アリアに言ってあげてよ。見た目はオンボロだけれども、中はしっかりと作
ってあるって)
 そのようにヒメコは梓に言ってきていた。だったら自分で言ってみろ。言いたくなる。少なくとも
自分は通信機じゃあない。
 一応、車の扉を開いて確認する。内装も古臭く、埃っぽいがエンジンはかかるらしい。それに
自動運転システムも搭載されているらしかった。
 梓は自分のスキャンするシステムを使い、車を確認する。誰が望んでサイボーグなどになっ
たと思っているのだ。だが、自分の体の一部になっているからまるで手足のようにそのシステ
ムを使うことができる。
 目はスキャン装置にもなっているようだった。同じ、コンピュータ回路になっているものの構造
を、配線図や3D画像として見ることができる。人間の体をレントゲンの写真にして見ているよう
なものだった。
 つまり今の梓には、コンピュータ回路は何でも見通すことができる。車の中のシステムなど当
然の事のように。
 だから梓にはその車が、電気起動か、水素電池で動くのか、ガソリン車なのか、といったこと
もすぐに分かった。
 確かに便利な装置だが、こんなものが、今まで自分の中に隠れていたなんて。全く気が付くこ
ともなかった。
「どこに行くっていうの?」
 そのように梓は尋ねる。すると声がまた返ってきた。
(《サントン地区》の中心、かつての金融センターの近くにあった、“アレクサンドル・アパート”
よ)
 その場所は梓も知らなかったが、地図で《ヨハネスブルグ》が、梓の視界の中に開ける。3Dマ
ップとともに、現れたその地図に、そのアパートの名前と共に位置が表示される。
 《サントン地区》の中心部だ。その辺りは今、大企業ビルなどが廃墟と化し、マフィアの温床と
なっているという。
 このアパートも、元は富裕層のマンションだったが、今では廃墟なんじゃあないかとそう思う。
「この私の体の中のシステムだけど、ひょっとして、あの軍の連中に、怪我している内に改造さ
れたとか、そういう事なんじゃあないの?」
 不意に思って梓はそのように言った。だから脱出した自分を何としても回収したがっているの
ではないかと。
(いいえ、あなたの改造をしたのは私達。軍はあなたの存在に驚いて、別の組織に渡る前に何
としても回収したいというだけよ)
 当然の事を言うかのようにヒメコは言ってきた。嘘じゃあないだろう。自分をこんなにして、恨
みを買うようなことを他人に責任転嫁していない。
 どうしたものかと梓は思う。果たして、これで一体これからどのように生きていけばよいのか。
 梓達の走らせている車に向かって、対向車の、激しい重低音を鳴り響かせながら、メタルロッ
クを流し、一台のトラックが走ってきた。砂埃が巻き上がり、視界が遮られた。そしてその直
後。
 意味不明な現地語の言葉を発しながら、黒人の若者が、酒の瓶を梓達の車へと叩きつけて
きた。瓶はフロントガラスで砕けたが、フロントガラスは強化仕様になっており、空き瓶程度で
は砕けない。
「ママ、今の何なの?怖いよー」
 と、アリアは思わず言っていた。本当に怯えているらしく、車のすれすれの位置を走っていっ
た対向車に目を見開いていた。
「全く。嫌な街ね」
 そう言いながら、梓は車のエンジンを作動させた。電気駆動のエンジンが動き出し、砂埃を
巻き上げながら、車は走って行く。
 こんな街。さっさと立ち去らねば。アリアにとっても非常に良くない。子供が来る街じゃあ無い
のだ。

 開け放した車の窓から、外の匂いを伺っているS-400は、急に何かを感じたかのように顔を
動かし、鼻を反応させた。
 彼女はかけているサングラスを上げ、じっと《ヨハネスブルグ》の錆びついたような高層ビル
街を望んだ。
「反応があったわ。北村梓と、娘のアリアの匂い。《サントン地区》の方。街の中心地にいる」
 そのようにS-400は、廃墟ビルの中でもひときわ背の高い、《ヨハネスブルグ》の中心地を指
さした。かつての金融センターや企業ビルがあった辺りだ。
「確かか」
 そこまでの距離は3、4kmは離れていたが、確かにS-400は反応を感じたらしい。彼女の嗅覚
は極度に発達し、それは犬よりも鋭いという。反面、このような荒廃した街のスモッグでは苦労
させられるようだが、その代わりに、数キロ先の北村梓の匂いを感じることができたようだ。
「ええ、間違いないわ。それどころか、さっきこの通りを通ったばかり見たいね。車に載っていた
ようだけれども、確かに匂いがする」
「よし、分かった」
 そう言った、男の方のS-300は、ハンドルを切り、急発進してまた新たな進路を目指すのだっ
た。
 ハイエナのような二人が、北村梓が向かって車の後を追う。彼女と、その娘のアリアは彼ら
が追っているということに気づいてさえいない。
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