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コスモス・システムズ Episode03 第6章



 S-300は、この《ヨハネスブルグ》のスラム、廃屋のようなマンションには相応しくない少女を
前にしていた。
 日系のアジア人のような顔立ちだが、欧米系の瞳で茶色い髪をしていた。ハーフか。ガラス
細工の人形のような繊細さがあり、こんなスラム街にいたらあまりにも危険だ。
 北村梓の娘のアリアか。一緒に逃走を続けていたのだろうが、ここで彼女はアリアを置いて
きぼりにしたのか。
「判断は正しいな。娘は逃げる時に足手まといになる。オレ達が、娘には手出しできねえし、保
護されるのを見越しての行動か」
 素早く判断し、S-300は窓から外を覗きこむ。鉄骨が成る音が聞こえる。このアパート街の錆
びた鉄骨のベランダ伝いに逃げる気か。しかも、何か目的がある。無闇やたらに逃げているの
ではない、おそらく逃亡の手助けをする人物と合流する気だ。
 S-300はすぐに梓の後を追跡しようとしたが、
「全く大した母親ね。娘を置いて逃げるなんて」
 S-400は、アパートの通路の隅で怯えるしかない、アリアを見やっていた。
「あなた達は誰?ママは?ママはどこへ言ったの?」
 と、声を上げていってくる。涙こそ浮かべている。薄く青が買った黒い瞳は揺らいでいるが、S
-400はこの娘の年齢を6歳と聞いていたが、大人びている。見た目も顔立ちも10歳くらいに見
えるし、親といきなり別れたのだ。大騒ぎして泣いても不思議ではないはずだ。
 ただ、今の状況を理解できていないだけかもしれないが。
「ママとはすぐに会えるわよ。わたし達は、あなたには何もしないから。後から来るおっさん達
の言う事をしっかりと聞くことね」
「おい、何のろのろ子守りやってんだよ、さっさと追うぜ」
 S-300は、梓の娘のことなど知らないといった様子で、とっととベランダ伝いに追跡しようとし
ていた。
 これだから男は、という表情をしたS-400。彼女は通信を、軍の連中の隊長へと切り替え、ア
リッサの身柄を渡すつもりだった。
「ちょっと、こっちで、北村梓の娘のアリッサを保護したわ。母親は依然として逃走中だけれど
も、娘を保護してやってくれない?」
 彼女はそのように言う。しかし、軍の隊長は、
「北村梓はまだ捕らえられんのか?どこにいった?」
 と、娘のことなどどうでもいいといった様子である。
 やれやれといった様子のS-400だったが、彼らも任務最優先なのだろう。そう思って、北村梓
の跡を追わなければならない。
「ここのベランダは迷路だぜ…、アパートだらけで、しかもベランダごしに鉄骨の橋まで勝手に
かけていやがる。それを伝って逃げていくつもりだな」
 そう判断するS-300。だが、彼らが足を踏み入れようとしているところは、錆びついた鉄骨ば
かりでできていて、どこでそこが抜けるのかわからないといった様子だ。
 そして、ここには住人が住んでいる。かつての《ヨハネスブルグ》の高級住宅地が嘘であるか
のようだが、ここで暮らしている者達もいるのだ。
「足元、気をつけろよ、ここはところどころ、ボロボロみてーだからな」
 とはいいつつも、S-300はその鉄骨のアパートの迷路へと足を踏み出した。足の音がなる。ど
う隠そうとしても、はっきりと足音が聞こえてきてしまう。
 これではどこから追跡をしていっても、バレてしまうなと思いつつも、彼らは跡を追った。

 追っては変わらずついてくる。アリアを置いてきぼりにしたのは、梓にとって何よりも悔やむこ
とだ。
 母親が娘を見捨てたようなものなのだ。だが、不思議なことに梓に公開はない。ここでくやん
でいるようだったら逃げ道を失い、闘病者として失格だ。しかしながら、あそこで娘を見捨てれ
ば、母親として失格。
 一体、どうすれば正しかったのか、いや、正しい道なんてそもそもあったのか。
(そこの鉄骨、ところどころ、そこが抜けるかもしれないから、気をつけてよ。支持されたマップ
通りに動いていけばいいから)
 そうヒメコは指示を出してくる。彼女が送ってくるそのデータには、実際に梓が見ている視界
に、そのまま3Dグラフィックのデータ画像が映し出されている。そのグラフィックのデータは、分
かりにくい、アパートの鉄骨の迷路がわかりやすく、道案内されていた。梓が通って行くべきル
ートは、緑色の絨毯を伸ばしたかのように足元の道が示されており、カーナビよりもわかりやす
いルート案内がされていた。
 そして、危険なルート、ボロボロの錆びついた鉄骨が、底を抜けそうなところには、赤い枠が
示されていて、梓の体が落っこちないようになっていた。
 このアパートは、4、5階の高さがあって、目がくらむほどの高さではなかったが、もし不安定
な足場に足を取られて落っこちたらことだ。
 今は追跡されていることもあって、余計な時間をロスするわけにはいかないのだ。
「背後から追跡してきている人物がいるみたいだけど?あれは軍?」
 と、梓はヒメコに頭のなかで尋ねるのだが、
(来ているわね。でもその人数は二人?軍にしては人数が少なすぎるわ。今、衛星で確認をし
たいんだけど、そのあたり、色々隠れていて見づらいのよ。軍の部隊は、どんどん展開してい
っているから油断は出来ないけれども、まだあなたは逃げることができる範囲内にいる)
「ええ、そう。でもアリアを置いてまで来たんだから、わたしは本気で逃げるわよ」
 梓はそう言った。自分の言っている事が分かっているのか?自分が産んだだ子供をおいて
きたというのに?
 不思議なものだ。
(ちょっと、気をつけてよ。目の前、底が抜けるとこよ!)
 まるで、梓のことをすぐ横で見ているかのように、ヒメコが注意を促す。うっかりアリアのことを
考えていたせいだろうか、自分が赤いグラフィックで示されている危険なところへと足を踏み入
れるところだった。

(あなたの見ている視界を利用して、そこの鉄骨が丈夫かどうかの分析ぐらいできるわ。あな
たの今の体重、55kgが乗っても平気かどうかっていうことを判断するためにね)
 体重をぴたりと言い当てられたのが気に食わないが、今の骨格までが金属になっている梓の
体でも、人間の体重とそれほど変わらないのか。
(大丈夫よ。あなたの骨格とかは軽量金属で出来ている。ロボットやサイボーグは重いってイメ
ージは過去のもの。人間と同じように動けるのはそのためよ)
「全く。私がすでに人ではないって言いたいみたいね」
 そう言い放つなり、梓は脆い鉄骨の踏み台に足を踏み出す。これがただの人間でも、通るの
をためらうような、そんな道だった。アパート同士に、古い建築作業用の鉄の足場を設けてい
て、どうやらこのアパート群の住人たちはそんなところを行き来しているらしい。
 梓がアパートの一つのベランダに足をかけた時、そこにいた、黒人の女と目が合う。どうや
ら、そこの住人らしく、洗濯物をかけているというところだった。
 女は、梓には大体しかわからない言葉、多分、アフリカーンス語で叫んできた。入ってくるなと
でも言っているのだろうか。だが、このまま立ち止まっているわけにはいかない。
「おいあっちだぜ。あっちにいる!」
 次に背後から聞こえてきたのは英語だ。追っ手が近くまでやってきている。一般人にかまって
などいられない梓は、その住人の女と、洗濯物をはねのけ、ベランダを走った。
 だが、あるところまで来ると、梓の前に女が立ちふさがった。
 金髪でサングラスをかけた女だった。
「おっと、そこまでよ。あんたの逃げ場はない」
 思いがけない相手だった。軍の追っ手が来るのだろうと思っていたけれども、目の前に現れ
たのは、パリとかニューヨークの街角で目にするような格好をした女だ。
 やたら目立つ黒いサングラスのせいで、必ずしもファッションセンスは良いとは言いがたい
が、こんな南アフリカのスラム街にいる者とは思えない。
 そして梓の追っ手である、軍人たちとも似ていない。何しろ服装があまりにもラフすぎた。
「私の娘は、無事なのよね?」
 そう、相手との距離を一定に保ちながら、梓は尋ねる。すると、サングラス姿の女はどのよう
な表情をしているのか分からなかったが、梓に言ってきた。
「ええ、軍が保護するでしょうね。でもまさか、娘を置いてきぼりにするなんてね。まあ、あんな
幼い子をつれて逃げまわるなんて、考えないほうがよかったようね」
 そう言って、女のほうから梓の方に近づいてくる。味方は近くにいないのか?ならば、このま
ま目の前の女を押し切って行くこともできそうだ。
 梓はそう思って足を踏みだそうとしたが、
「おいッ!のんきにお話なんかしてんじゃあねえぜ!」
 そう梓の背後から追ってきた男が言い放つ。どうやら挟み撃ちにするようだったらしい。だ
が、梓は立ち止まってなどいられない。
 無理矢理目の前の女を突っ切って先へ急ごうとした。
「おい、その位置だ。離れるんじゃあねえぜ!」
 背後にやってきた男が言い放つ。すると彼は、ベランダにむき出しで伸びている電線を素手
で掴む。
 梓には何をしているのか、分からなかった。だが、次の瞬間、アパートのそこらじゅうで火花
が飛び散って、木片や、金属製品がはじけとんだ。更に、
 突然、ベランダの壁に設置されていた配電盤がショートするとともにはじけ飛び、それが梓の
体を直撃した。
 煙と火花が飛び散る。更に梓はその配電盤を体に受けると、全身にしびれるような感覚が襲
ったのに気がつく。
 目の前の視界が、突然かすんで、視界にノイズが走る。それは脳にまで及ぶほどで、彼女の
意識は突然ブラックアウトしてしまう。
(ちょっと、梓!何、今の衝撃は?)
 そのように頭の中で響いてくる言葉。しかしながら、梓はそれに対して返答する事ができなか
った。
 彼女の体は、ベランダから吹き飛ばされて、そのまま、アパート群の間の路地へと転落して
いってしまう。

「一体何やってんのよ!」
 S-400と呼ばれている女は、そのように叫んだ。体中がしびれ上がり、視界が霞んでしまう。
「ああ?オレのやり方は知っているだろうが!こうするしかねえだろうがよ!」
 S-300と呼ばれる男の方は負けじとばかりにそう言い放った。
「ふざけてんじゃあないわよ。ここにいんのはあんただけじゃあないのよ!そんな高い電流を流
されたら!」
「命令が優先だぜ。北村梓の体が機械化されているっていうんなら、オレが直接触るのが一番
だろうが!」
 と言い放った。肝心の北村梓の体はというと、5階下の、ゴミ捨て場のようになっている裏路
地へと落下していた。
 体を痙攣させており、電気ショックを浴びせられたかのようになっていた。意識はあるのか。
 ともあれ、今が、北村梓を捕えるチャンスになるのは確かだった。
「とにかく、今は、梓を確保するわよ。軍を包囲させて捕まえるのよ」
 そうS-400は言い、自分たちも、アパートのベランダから階下へと降りていこうとしていた。そ
んな彼らの姿を、何事かと覗きこんできていた、アパートの住人たちは唖然として見ていた。

 一方、アレクサンドル・アパートの前に一機のヘリが着陸しようとしていた。乗っているのは、
部隊を率いるアーサーだった。《ケープ・タウン》から大急ぎでかけつけ、《ヨハネスブルグ》のス
ラム化とスモッグの市街地へと降り立つ。だが、その光景をまじまじと見ている暇などなかっ
た。
 早速とばかりに、アーサーの無線にS-300からの連絡が入った。
「よし、よくやった。状態はどうであれ、生きていれば保護する上で問題はない」
 北村梓には少し手痛い方法を使ってしまったが、もとより、どのような手段を使ってでも捕え
るつもりだった。彼女が死んでしまわなければ問題ない。今度は決して逃すわけにはいかな
い。慎重に捕らえなくては。
 すでに《ヨハネスブルグ》に展開している部下達にともなわれ、アーサーは動く。
「そこは、アレクサンドル・アパートだ。何かあったのか?」
 軍の部隊がアパート内部へも入っていくところを見て、アーサーは言った。それは命令外の
出来事だったからだ。
「アパート内部で銃声が聞こえましたので、関連があるかと」
 そのアパートが、ドレッド・ファミリーの巣窟であることは、アーサーも知っていた。ただ彼は
《ケープ・タウン》地域の部隊だからこの街のマフィアは管轄外である。
 もちろん、北村梓や、彼女に味方する者達が関係していれば、話は別だ。
「ドレッド・ファミリーが北村梓に関連を?いや、彼女は別の方向へと逃げている。ただ、周辺
一帯は封鎖だ。アパート内も同じだからな。根こそぎ捕らえてこい。北村梓に関連する何かが
聞き出せるかもしれん。
 ただ、ここらのファミリーは軍のガサ入れなど慣れきっているだろうがな」
 アーサーは手早く部下に命じるのだった。
 続いて次の行動に移る。梓を捕える事が最優先だが、気がかりな連絡はS-400から入ってい
た。彼女の娘のアリアのことだった。
「そのアパートにアリア・シモンズがいるはずだ。7歳の日系ハーフだ」
 軍の基地から共に脱出するということまでした、娘を置き去りにするとは、あの母にしては大
胆な決断だとアーサーは思う。
 娘を連れての2日以上の逃避行に限界を感じたのだろう。もとより、アーサー達は、年端もい
かないアリアに尋問も拷問もする気はない。保護だけだ。
 軍が包囲しているところならば、保護されるだろうと見越してのことか。母はどんな時も子を
見捨てないと、そんなふうに世間では言われているが、必ずしも全ての母親が模範的な行動を
するとは限らない。
 まして、自分が追い詰められた状況では尚更のことだ。
 とりあえず、アリアは自分たちが保護してやらなければならない。そうでなければ、まだ7歳の
子供が、《ヨハネスブルグ》で生き残ることなど出来ない。
 娘の方はすぐに見つかるだろう。アーサーはそう思っていた。しかし、
「少佐、アパートは空っぽです。あなたの部下達が最後に見たところにもいません」
 北村梓が逃げた方向のアパート、そして梓がいるはずのアパートからやってきた治安維持部
隊員がいう。
「よく探せ!ここは《ヨハネスブルグ》なんだぞ。たった一人の少女がどこかに行ったなど事
だ!」
 しかしこの街で、梓が、娘と別れるなどリスクしか無い。
 一体、何の目的があるというのだ。梓は娘を置いてきぼりにして、アパート伝いに逃げ、何者
かの手引をしている。
「アリア・シモンズを探せ。怪しい者達は全て捕えて構わん。下水道から、アパートのクローゼッ
トの中まで全て探すのだ!」
 まさかこんな事になるとは!思わずアーサーは、軍用トラックのドアに拳を叩きつけていた。
「このアパート一帯ですか?千世帯近くにはなるかと」
 その部隊員は戸惑っている。たかが一人の少女が逃げ、行方不明になったからといって、こ
の迷路のようなスラム街を捜索するのは相当に困難だ。人員も相当に割かなければならな
い。
「ああ、そうだ。異論はないだろう」
 アーサーはその隊員に指を突き立てるなり言い放つのだった。
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―Ep#.04 『S-シリーズ』―

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