コスモス・システムズ Episode06 第6章



 リーベックのリムジンの中は、まるで密閉された空気も少ないような空間だった。リーベック自
身は平然と酒を煽っているのだから、彼にとってはどうということはないのだろう。
 だが、アーサーはベテランの軍人であるにも関わらず、その圧迫感から開放され、思わずた
め息をつく。あのリーベックという男は恐ろしい。いや、そうでもなければ、イギリス連邦軍の軍
事顧問をし、首相にさえ意見できるものではない。
「いかがしましたか?」
 そう訪ねてくるのは、サングラスをかけたS-100だった。
 目を押さえながら、アーサーは彼に尋ねようとする。
「君は自分の後輩について、どれほど知っている?」
 その質問に、S-100は、少しあっけにとられたような顔をする。
「後輩といいますと?」
「S-シリーズの他のメンバーのことについて聞いているんだ。君達の他にもメンバーがいるん
だろう?」
 そうアーサーが尋ねる。さっきリーベックから渡されたデータには、更に4人のメンバーが載せ
られていた。S-100はそのことを知っていたのか?アーサーでさえ初耳だったのだ。いや、正確
に言うならば、知らなかった。知るすべもなかったという事だろう。
「いえ、その。私はS-400までのメンバーしか知りませんが?」
 そうS-100は答えてきた。どうやら、本当に知らないらしい。彼の狼狽ぶりは演技ではない。
 仲間にさえその存在を秘密にする。そのぐらいの機密の徹底ぶりは、軍では当たり前だ。だ
が、S-シリーズの他のメンバーを使うとなれば、その素性を出来る限り知っておきたいものだ。
「それは本当か?」
 そのように揺さぶってみるアーサー。しかし、S-100が嘘をついていないことは確かだろう。
「知らないわよそんなの。わたし達だって、お互いのことはよく知らないんだから。特に一緒に
仕事する前についてはね」
 そう言ってきたのは、アパートの密集街から戻ってきたS-400だった。彼女は怪我をしている
S-300を庇っている。
「そうか、じゃあこれから知る事になるんだろうな。お前たちは後輩についてを」
 そのアーサーの言葉に、S-100達は困惑した表情を見せるのだった。

 そんな、《ヨハネスブルグ》のアレクサンドル・アパートから少し離れたところ、軍の包囲網が
敷かれ、それが拡大していっている中、まだ包囲の外にある場所。下水道の出口のようなトン
ネルと、寂れた道路のところに、小柄な影が現れていた。
 その小柄な影は、北村梓の娘のアリアだった。彼女は、何日も母とともに逃げまわったせい
で、くたびれた姿はしていたものの、眼差しははっきりとしており、意識もしっかりとしている。
 今では軍の創作部隊が彼女を探しているが、それを逃れ、アリアはこの場所まで逃げてきた
のだった。
 軍に保護されるという道も彼女にはあった。しかしまだ7歳の子供には、軍の圧力ある環境は
避けがたいものがある。
 だから彼女は違う道を選んだ。母の梓はまだ戸惑っているようだったが、アリアはそうではな
かった。
「お嬢様」
 トンネルから出てきたところで、アリアを呼び止める者の姿があった。
 停車された車の前で待つその人物。この荒廃した《ヨハネスブルグ》の街では目立つ黒服姿
でアリアを待っていた。
「良かったわ。やっと出会えた」
 思わず安堵したアリア。そんな彼女を出迎えたのは、アジア人の男だった。どこかの企業の
エリート社員や、弁護士などにも見えそうな、整った風貌の人物だ。
「父と会える?」
 そうアリアは、とても7歳の子どもとは思えないような落ち着きと、口調で彼に尋ねる。
「ええ、車の中にいらっしゃりますよ」
 するとアリアは、やはり落ち着いた足取りで車の方へと向かった。
 男はアリアのために車の扉を開けてやり、アリアはその中に入る。すると無事な様子で彼女
の父のティッドが出迎えた。
 数日ぶりにようやく父と再会したアリア。これが7歳ほどの子供であったならば、我を忘れて、
涙ながらの再会をし、父に抱きついたまま離れないようなものだ。だが、アリアはいたって落ち
着いたまま、父の隣の座席に座るのだった。
「ああ、アリア…。よかった、無事で…」
 そう言って抱きしめるのはむしろ父親のティッドの方だった。
「ええ、母さんが戸惑っていたものだから、余計にね」
 そう、アリアは冷めたような声で父に返す。まるで感情が抜けきってしまっているかのように。
「自分の母さんの事をそんな風に言うもんじゃあない」
 諌めるティッドだったが、アリアはどうとでもない様子だった。
「金谷さん。あんたのお陰だ。こうして娘にようやく会うことが出来たよ。だが、軍はわたし達を
追ってきているんだろう?」
 そう車の中に戻ってきた金谷という男に対してティッドは尋ねる。
「ご心配なく。その方でしたら、私達が対応しますので」
 そのように言うなり、車内で黒いサングラスをかけると、彼はペンライトほどの大きさの携帯
電話機を使ってある場所へと電話をかけた。

 素早くその電話連絡をイヤフォン式の電話機で受け取ったのは、遠く離れた地にいる人物だ
った。
「そうか、アリア様は確保できたか。それは良かった。引き続きお守りしろ。軍から身を隠して
行動するんだ」
 そのように答えた人物は、小柄な一人の少女を、まるで護衛するかのように歩いていた。歩
いていたのは広いベランダで、長い回廊が続いている。落ち着いた雰囲気に仕上げられた木
目調の床張りの通路からは、広い大海原を見ることができ、波音がここちの良い音として聞こ
えてくる。
 その一人の少女は、白い装束を纏った金髪の少女だった。青い瞳をしており背後からは西
洋人にも思えるが、顔立ちはアジア系に近い顔立ちをしていた。
 眼は正面をしっかりと見据えており、瞳が揺らぐことも少ない。だが、彼女はその眼を時々、
使いすぎたかのようにこするのだった。
 背後にいる、彼女の二倍はあろうかという身長の黒人の男、上品そうな態度は持っているも
のの、いかにもヒメコのボディガードであるということを見せており、とても守られている方に手
を出したくない。
 だからこそ、ヒメコは安心しきっているようでもあった。
 そんな彼が腰を曲げ、ヒメコに向かって言う。
「アリア様を確保しました。これで、北村梓殿を迎える準備はできたかと」
 そう秘書の男は言ったのだが、
「まあ待って。大事なのは、梓のわたし達に対しての信頼よ。彼女は警戒しきっていて、わたし
達の事をまるで信用していないわ」
 すると秘書は言ってくる。
「でしたら、早めに、梓殿に、娘様と再会させてあげた方がよろしいのでは?」
 しかしヒメコは、
「軍が見張っているっていう中で、そんな事が簡単にはできないわ。大体、親子揃って逃亡犯
になるなんて、普通、並大抵のことじゃあないでしょ。それを再会させようって言うのよ。わたし
達の領域でね」
 そう言ってヒメコは、デッキから大海原の方をじっと見つめた。波が動いていく中、そこをヒメ
コ達の乗っているデッキは、そして船は移動している。海の上を、ゆっくりであるかのように見
えるが、確実なスピードで、移動を続けていた。
 彼女、北村梓に指示を出し、行動している組織を統括する少女、ヒメコは、大型リゾート客船
のスイート客室から、梓に命令を下していたのだった。
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―Ep#.05 『羅針盤』―

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