コスモス・システムズ Episode05 第8章



 梓の乗る貨物車両には、当然のことながら座席シートなどが取り付けられているわけがなく、
ただ四角い貨物コンテナが、もっと大きな円形の筒に入れられている、その隙間に押し込まれ
たようなものだった。
 スムーズに滑る音が聞こえてくる。これがリニア式の貨物列車の走り方だ。磁気によって少し
だけ宙に浮かされ、そして高速で移動している。
 加速時の振動も少なく、走行時の振動も少なく走行できるが、やはり列車などの乗り物に欠
かせないのは、柔らかいシートなのだということを痛感した。
 あくまでこの中に入れられるのは貨物であり、人ではない。柔らかいシートもなにもないの
だ。
 すでに三時間ほど、コンテナの中で過ごしていた梓だったが、そろそろ腰も肩も痛くなってき
てしまった。自分がもっと若ければ、などと思ったが、今はそんなことを考えられるのだろうか。
 今の自分の体は只者ではなくなっているのだ。それを今更、若い時の姿なんて。
 今はどの辺まで貨物列車は来ているのだろうか。大谷がよこした電子パットには、きちんと衛
星からの位置情報を見ることができるようになっている。
 それによれば、すでに『モザンビーク』の海岸線をほぼ縦断してしまっている。もうすぐ『タンザ
ニア』『ケニア』そして『ソマリア連邦』の領土へと入ろうというところだ。
 そして梓のいるこのコンテナ内は、完全な密室になっている。列車の走行音だけが聞こえ、ノ
ンストップ直通の運行なのか、今まで一度も停車をしていない。時速にして500km/hかもっと速
い。リニア式というシステムもあって、全く無駄がない。乗客を乗せない、貨物コンテナだけの
運行としては、とても合理的なシステムだ。
 大谷と共に行動をしていた、あの貨物ホームには軍の人間がやってきていたから、もしやこ
の列車も途中で止められるのではないかと思ったが、列車が停まることはない。梓も警戒して
いるが、その警戒心もだいぶ和らいできてしまっている。
 列車がいつどこで停車をするか、大谷に言わせれば、『ソマリア・シティ』までノンストップなの
だそうだが、それまでやることもない。梓は、彼が与えてくれた電子パットを使って、外部の情
報を知ろうとした。
 世間では、北村梓という女が、指名停廃されて逃げまわっているという情報は流れていない。
たった一人の女が逃げているということなど、世間にとってはどうでもよいかのような事件が起
きているのだ。
 梓がこうやって逃げまわっている内に、彼女達の暮らしている世界に恐怖を与えていた、あ
の『民族解放軍』が崩壊の危機に陥っているという。
 これは『イギリス連邦』による発表だったが、この発表によれば、『民族解放軍』の首領であっ
たンゴツィオが、部下の謀反に遭い、死亡した可能性が強いというのだ。
 これは投降してきた『民族解放軍』の幹部によって知らされた情報で、『ナミビア』まで攻めて
きた『民族解放軍』が、想像以上の反撃にさらされてしまったため、ンゴツィオの当初の予定、
一年以内に『南アフリカ共和国』を攻撃する計画が破綻し、焦った彼が無理な命令を下すよう
になり、部下の信用を次々と失ってきたため、謀反が起きたのだという。
 『民族解放軍』の各地の連携は完全に崩れ、もはや見失い、略奪行為に走っている者達もい
るほどなのだそうだ。
 そうなってしまった軍が長続きするようなことはなく、テレビで騒がれていた騒乱が嘘のよう
に、一気に『民族解放軍』の鎮圧が進んでいるというのだ。
 ニュースサイトのコメンテーターは、『民族解放軍』の恐怖を煽っていた数日前とはうってかわ
り、『民族解放軍』の脆弱さを謳うようになった。
 また、引き続き欧米諸国のアフリカ大陸進出行為を批判し、また、『民族解放軍』の残党が行
おうとする各地への攻撃への危険性を、具体的に起こるであろう恐怖として煽った。
 引き続き、アフリカ大陸や欧米諸国への恐怖は続き、残党達がどう暴走するかわからないと
の恐怖を煽る。
 続いて梓は、こういった『民族解放軍』が世間ではどう見られているか、各地の掲示板を回っ
た。しかし欧米諸国では、『民族解放軍』を自分達の国の支配に立ち向かう、言わばヒーローと
して崇めている者達もいる。
 それはただ、自分達が日頃、抑圧された環境にいると思い込み、支配層を『民族解放軍』が
滅ぼしてくれると、勝手に思い込んだ者達のたまり場だ。
 どうも、どこかの赤裸々に世界情勢を暴くテレビ番組が、言葉巧みなコメンテーターを使い、
『民族解放軍』こそが、アフリカ大陸や、欧米諸国による支配から、自分達を解放してくれる存
在と言っていた。
 それに賛同した者達は、インターネットの掲示板などを使い次々と、『民族解放軍』に賛同す
るようになった。
 多くの人間が、『民族解放軍』が本来、根絶やしにしたいと思っている、欧米系白人なのだそ
うだが、違う大陸で起きている出来事や思想など構わず、ただ、自分達にとってだけ都合がい
いヒーローが欲しいだけの者達は、勝手に『民族解放軍』やンゴツィオを神格化していた。
 しかし彼らが持ち上げていた、ンゴツィオが死亡したとされる報道が入り、彼らの状況は一変
していた。
 失望や疑惑、そして、呆れが現れるようになっていた。自分達を散々期待させておいて、結
局この程度でしか無かったのかと、身勝手な呆れを見せていた。
 中には、欧米軍が発表したンゴツィオの死はデマであって、『民族解放軍』の士気を下げよう
としているだけだと主張する者もいた。
 両者は些細な言葉の争いからネット上で喧嘩を始めているが、もはや稚拙な争いにしか見え
なくなってしまっている。
 ただ、自分自身が今置かれている現状に不満足なだけの連中が、勝手によその大陸の人
物を神格化し、自分の代わりに何かを変えてくれると、そう思っているだけである。
 梓は目と頭を安め、いらだちを抑える事にした。このサイトを作った者や、子供の喧嘩同然
の言い合いを掲示板でしている奴らの顔を叩き割りたかったがそれができない。
 だから、インターネットのサイトではいくらでも言えるのだ。
 結局、肌の色や、育った国の環境の違いだけだろう。そう思うことにした。
  そして、何もかも、行動を始めるからには、誰か、ヒーローに頼っても駄目だ。自分自身で何
とかしていかなくてはならない。
 しかし、梓は思う。自分はこれからどこに向かうのか?そこで、何をするのか?それさえ分か
らない人間だっているのだ。
「いくつか、聞きたいわ」
 何もすることがなく、ただ列車の走行音だけが聞こえてくる中で、梓はヒメコに話しかけてい
た。彼女がそのように話しかければ、ヒメコはまるで隣に、いや頭の中にいるように通信で答え
てきてくれる。
(何かしら、何でも答えるけれども?)
 案の定ヒメコは答えてきた。彼女が通信できる状態だと、梓が見ている視界の中にマークが
現れる。そのマークが点灯していればヒメコにつながっているという。ネットの環境と同じもの
だ。
「本当?でも多分、それは嘘だと思うわね」
 鋭く梓はそう言うのだった。ヒメコ達はすでに何度か嘘をついている。その嘘の本当の意味
がわからないと、彼女達を信用する事ができないのだ。
 だから、梓はこの一応落ち着いてはいる貨物列車の中で、ヒメコに質問を続けることにした。
「いい加減、あなた達が何者なのかということよりも、私が何者なのか、ということを教えてほし
いわね」
 それが一番重要だ。ヒメコ達が一体何者であったとしても、それ以前に、梓自身が何者かと
いうことを知らなければならない。
 梓自身が何者であるかということの答えは、数日前にヒメコから聞かされたが、それだけでは
梓は納得できなかった。
 証拠も記憶も何もなかったからだ。
「飛行機事故があったって言うでしょう?それで私がサイボーグのようになった?出来すぎな話
はやめてくれないの?」
 その話を梓は信じていなかった。梓が信じることができるのは自分の記憶だけで、自分の記
憶に無いようなことを、そうそう簡単に信じることなど出来ないのだ。
 ヒメコは少し思案しているようだった。彼女がどんな顔をしているのか、梓は分からないが、ヒ
メコの方は梓の表情が見えているのだろうか。
(じゃあ、あなたが覚えている事を言って)
 それだけ、ヒメコの声が響いてきた。
 そうやって自分に思い出させていくつもりなのか、まるで記憶喪失の人物に話すように言うの
だなと、梓は思う。
 だが、彼女の言うとおり、そうやって思い出していけば、自分の記憶を蘇らせていくことができ
るのではないかと思った。
 自分が何故こんな体になっていたのか、それも思い出すことができるはずだ。
 一つ一つ、梓は口に出し始めた。それはまるで独り言のようだった。
「私は、北村家の長女、北村梓。西暦2104年10月22日生まれ。24歳の時に結婚して子供もい
る。カリフォルニア大学で政治学を学んだ。夫のティッド・シモンズはシモンズ産業連合の息子
だけれども、父親の跡は継ぐことよりも、私達と平和に暮らすことを望んだ。
 それで、私達は、《ケープ・タウン》近くの田舎で暮らしていたけれども、そこから先は、まああ
なた達の知ってのとおりね」
 言うまでもない、これ以上言ってしまうと、ここ一週間ほどの混乱の日々を思い出すようで、
梓にとっても嫌なことこの上ない。
 梓は軍の兵士でも何でもなく、ただの一介の主婦でしか無く、そこを突然、大事件に巻き込ま
れていったのだ。恐怖や脅威が予想もしないところからやって来て、それに翻弄されるだけの
日が続いている。
 このまま、いつまで逃げ回っていたら良いのかも分かりはしない。
「テレビのドキュメンタリーで、半身不随になった人が体の半分を機械化した話も知っている
し、ロボット産業は、警備ロボットを都市に配備できるほどになっていることも知っている。
 私が産まれた時は、人が不自由にしている部分を機械化することができるようになってい
た。昔の義手や義足は、木製で何も動かせなかったけれども、今はそうじゃあない。少なくと
も、足を失っても走ることができる。
 だけれども、私みたいなのはいくら何でも出来過ぎよ。自分自身でさえ、機械化されていると
いう自覚が無かった。
 言われなければ気づかないレベルよ。肌だって、軽く日焼けしているレベルだわ。わざわざ、
人を機械化しておいて、日焼けする肌にするなんてどうかしているわ」
 そう梓は言って、光学画面で暗がりの中照らされている自分の腕を見た。確かにそこには服
から出ている先の部分が日焼けの跡でくっきりとなっている。
「それは日焼けをしたほうが自然な体だからよ。あなたの肌、もう人工のものだって教えてあげ
てもいいけれども、その人口の肌にもメラニン色素というものが必要で、反応するから日焼け
するの。
 でも普通の人間よりも皮膚の再生スピードが速いから、あなたが貨物列車を出るころには元
通りになっているわよ」
「だけれども何故、何故、私はこんな風になった?」
 梓は独り言をつぶやくかのように言った。
「いずれ教えるわよ。いえ、一週間くらい待っていてくれればいい。そうすれば、私達は必ず会
う事ができる。
 そして、私に会えば、全部理解できるわ。こうやって、口で説明したって、あなたは理解してく
れないでしょう?」
「そうね。だって、あなたは嘘つきだもの」
 すかさず梓が言う。するとヒメコは黙ってしまったかと思ったが、続けざまに梓は尋ねた。
「これだけはあらかじめ、しっかりと聞いておきたいわ。私は、戦争の道具にさせられるため、
いえ、戦争や人に暴力を振るう事に関わらるために、こんな体になったの?」
 するとヒメコは含みもなく、はっきりとした言葉で答えてくる。
「いいえ、そんなためじゃあない。それだけは安心して」
 その言葉に梓は少し安心したが、自分でもヒメコ達は信用出来ないと言ってしまっている以
上、完全に安心もできなかった。
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―Ep#.06 『鉱脈』―

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