レッド・メモリアル Episode06 第1章



『ジュール帝国』
《ボルベルブイリ》《チャコフ港》
γ0080年4月9日 7:02 A.M.



 アリエルとその養母であるミッシェルは、《ボルベルブイリ》の最大の規模を持つ港である、
《チャコフ港》へとやって来ていた。
 大型船舶や漁船が停泊する港だったが、『ジュール帝国』自体の大規模な経済危機も相まっ
て、船舶業界や、漁業、貿易、全ての活動がほとんど停止状態だ。港に停泊する船は多かっ
たものの、船の往来はまるでない。
 港の従業員や作業員、警備員も活動していなかったから、アリエル達が《チャコフ港》内に潜
入するのも容易なことだった。
 周囲の様子を警戒しつつ、アリエルとミッシェルは港の内部へと潜入していく。ミッシェルは車
を、アリエルはバイクを港の外へと置き、一旦内部から、門の鍵を開けて中へと侵入していっ
た。
 二人とも徒歩ではなく、車とバイクにそれぞれ乗っていたのは、いざと言うときすぐに脱出す
るためだ。
 港内を車で走行しながら、ミッシェルはウィンドウを開き、アリエルに言った。
「あなたはもしもの時のために、逃げる用意をしておくの。もし私に何かあったり、周囲に不穏
な気配があったら、すぐに逃げなさい」
 周囲は倉庫が取り囲んでいる。以前は、トラクターなどが行きかい、盛んに荷物の運搬が行
なわれていた港のエリア。今はまるで捨てられた工場のような場所を二人は走行していった。
 倉庫、捨てられたコンテナ、トラクター。錆付いた機械など、遮蔽物が多い。二人を陰から狙
うことが出来る要素が多い。
 ミッシェルは細心の注意を払い、車の中から周囲の様子を伺い、車を徐行させていく。
「6番埠頭の6−E倉庫前。あそこだわ。あなたは、ここにいなさい。私の元部下なんだから、会
うのは私だけ。安全だと分かったら、別の場所であなたと合流するわよ」
 と、ミッシェルは車の中でそう言った。
「ちょっと。お母さん、あんな事があったっていうのに、一人で?」
 アリエルは、ミッシェルの行動に戸惑いつつそう言った。
「心配しないで。何かあったら、すぐに連絡しなさい。携帯は持っているでしょ?あなたを守るた
めにこうするしかないの」
 車の中からミッシェルが言ってくる。だが、アリエルの心配は別の方にあったのだ。
「私が自分に心配しているんじゃあなくって、お母さんの心配をしているの。もしも、お母さんに
何かあったらと思ったら、心配で心配で。私はもう」
「いいえ、駄目よ」
 突然、はっきりとした口調で、ミッシェルは言い放った。
「あなたは、そこのコンテナの陰にバイクを止めて待っている事。エンジンはアイドリング。いつ
でもここから脱出できるようにしておきなさい」
 とミッシェルはアリエルに指示を出すと、自分は車で、さっさと待合場所である倉庫の前へと
向ってしまった。
 有無を言わせず、指示は絶対。母らしい姿だった。昔から養母は自分に向って、時として絶
対的な指示を出すことがある。それはむしろ命令のような姿で、アリエルも幼かった頃は、そん
な養母の姿に恐怖さえ感じたものだ。
 しかし、養母が今までに間違っていたことなど無い。彼女が言うことは正しく、自分を正しい方
向に導くために、あのような姿を見せるのだ。
 アリエルはバイクを倉庫の影に停車させ、エンジンはかけたままにした。電気エンジンは、朝
の港でもあまり響かない。
 ミッシェルは、自分を乗せた乗用車を走行させていき、倉庫の前で停車させた。



 自分の元部下の男、ハリソンは、待ち合わせ場所の指定に《チャコフ港》を選んだ。場所選
びとしては、妥当かもしれない。
 朝はほとんど人の姿が無いし、《ボルベルブイリ》の市街地も近いから、すぐに行動に移るこ
とができる。
 長年付き合ってきたその男は、あくまで上官と部下と言う関係だったが、ネットで繋がった、
あらゆる情報網の提供はミッシェルのためになった。今回、養女であるアリエルが狙われてい
るという事でも、協力してくれると言う。
 しかし、どこまで信用して良いものか。ミッシェルは不安になっていた。今その男は、『ジュー
ル帝国国家安全保安局』に近い立場にいる。アリエルを狙っている保安局に懐柔されていない
かと、警戒する必要はある。
 ミッシェルを通じて、アリエルをおびき出し、一気に捕らえる。そんな方法も十分に考えられ
た。
 ミッシェルが警戒心も露に車の中から港の様子を見つめていると、倉庫の向こう側から一台
の車が迫って来る。
 間違いない。あの男だ。ミッシェルは運転席のシートに身を埋め、じっと相手の車を見た。とり
あえず車の中には、元部下のあの男の姿しか見えない。自分で運転席に座り、運転している。
 その車の速度は異様に速い。タイヤをきしませるくらいのスピードで走って来ている。まるで
何かから逃げるかのように。
 まだミッシェルは車から外には出なかった。自分から出て行くつもりは無い。相手にこちら側
へと来させるのだ。さっそく不穏な気配が漂っていた。ただ、自分に会いに来るだけだったら、
車をあそこまでスピードを上げてきたりはしないはずだからだ。
 ミッシェルの携帯電話が鳴った。
 ミッシェルは通話モードにする。そして、耳の中にイヤホンタイプの携帯電話を差し込んで、
電話をかけてきた者と通話をする。
 電話相手は一人しかいない。携帯電話の画面にも、ハリソンという名前がしっかりと表れてい
た。このハリソンこそ、ミッシェルが接触したがっていた男だ。
「ロックハート将軍!急いでください!」
 突然、耳の中に飛び込んできた声に、ミッシェルは焦った。ミッシェルにとっては、数年ぶりに
聞くこの男の肉声だ。ずっと、チャットとメールのやりとりだったから、肉声はしばらく聞いていな
かったのである。
「一体どうしたの?」
 猛スピードで迫ってくる、ハリソンの車。ミッシェルはエンジンを入れた。
「奴らです!奴らに襲われてしまって!」
 ハリソンの車は、ミッシェルのすぐそばまでやってくると急停車した。
 彼はすぐにウィンドウを開き、ミッシェルへと言葉を投げかけてくる。もう携帯電話は必要なか
った。
「襲われたって?誰によ?」
 数年ぶりの再会だったがあまりに唐突だった。ハリソンは肩に怪我をしており、その応急処
置もできていないらしい、上着は血で真っ赤だった。
 何者かに襲われたに違いないと、ミッシェルはすぐに判断する。
「テロリスト共。奴らです!あいつらが、私を!」
 必死の形相で、ハリソンは言ってきた。彼は痛めた肩で顔をしかめる。
「ちょ、ちょっとあなた、大丈夫なの?」
「ええ、あなたに会いに来て、撃たれただけです。大丈夫、致命傷じゃありません!あいつら、
すぐにここにも来ますよ!早く逃げないと!」
 ハリソンはエンジンをふかし、今にも、その場から車で飛び出して行きそうな勢いだった。
「ところで、あなたの娘さんは、どうなさったんです?彼女も危険だ!一緒に逃げないと!」
「安全な場所にいるわ。後で落ち合う事になっている」
 すかさずミッシェルが言った。
「ええ、じゃあその場所まで急ぎましょう、ああ、奴らだ!奴らがきました!急いで逃げましょ
う!こちらです!」
 ハリソンは車を飛び出させ、一気に、ミッシェルとは、反対方向へと港の敷地を走っていく。
「ちょっと!待ちなさい!奴らって?」
 ミッシェルは車を急いでUターンさせながら、待ち合わせ場所であった倉庫の向こう側からや
ってくる数台の車を見つけた。
 その車も、猛スピードでミッシェルのもとへと迫って来ている。
「ちょっと!テロリストが、あなたを狙っている?なんでよ?」
 ミッシェルはハリソンと通話しながら、車を一気に発進させる。
(あなたと、あなたの娘さんを狙っているのですよ!)
 耳元で叫んでくる男は、ミッシェルの車のすぐ向こうを走っていた。
「それで、あなたを襲ったというの?なぜ、あなたと私達との繋がりが分かったのよ?」
(国家安全保安局のデータに侵入したとしか考えられません!)
 と、その男が言ったとき、ミッシェルとハリソンを乗せた車は、港の敷地を飛び出した。
 背後を振り返るミッシェル。アリエルは今の出来事に気がついただろうか?異常があればす
ぐに逃げ出すようにと言っておいた。だから、多分逃げたはずだ。
「どこに逃げるの?あいつら、追って来るわよ!」
 バックミラーを見て、2台の車が追いかけてきている事を、ミッシェルは確認する。
(もう少し!もう少しです!ここに来るときに、破棄された工場がありました。そこで凌ぎましょ
う!)
 港を出たミッシェル達は、海岸沿いの道を走っていく。周辺には、古びた倉庫や、使われてい
ないような工場、建物ばかりだ。
 ハリソンを乗せた車は、急カーブを曲がるとさらに曲がり、一つの捨てられた工場の敷地の
中に入っていった。
 ミッシェルもそれに続く。
「ここなら、安全だって言うの?」
 工場の敷地の中に入っていきつつ、ミッシェルが電話で尋ねた。
(ええ、あのまま逃げていっても、どうせ捕まるだけです。ここで凌ぎましょう)
 と言う通話の後、ハリソンは入り組んだ工場の敷地の目立たない位置に車を止め、外へと出
てきた。
 ミッシェルも車を停車させ、その場で下車する。
「どういう事よ!あなたテロリストの連中に襲われたって!いつの事?何故、連絡を入れなかっ
たの!撃たれたのはその時?」
 車から肩の傷を押さえつつ降りてきたハリソンに、ミッシェルは尋ねた。
「今朝、襲われたばかりです。逃げるのに必死で、どうしても。連絡できなくて」
 ハリソンは、ミッシェルと目線を外してそのように言ってくる。
 どうもしゃべり方が不審だった。もっと必死になっていても良いはずなのに、今のハリソンは、
まるでミッシェルと会話がしたくないように思える。
 警戒心を絶やしていないミッシェルにとっては、ハリソンの不審な目線を見逃さないわけには
いかなかった。
「ねえ、何でも答えてくれるかしら?」
「え、ええ、もちろんです」
 驚いたようにハリソンは顔を上げた。
「じゃあ聞くわ、ハリソン。何故あなたは、“昨晩”襲われたのに、私に何も連絡を入れなかった
の?」
「何を、言っているんです?」
 ミッシェルは、ハリソンが来ているシャツを乱暴に破った。
「この傷と出血は、1時間や2時間前に付いたものじゃあない。明らかに、半日は経っているわ
よ。それなりの止血と傷の処理はしているけど、あなたのその顔の蒼白からして、かなり血が
抜けているわね」
 ハリソンは何も言ってこない。代わりにミッシェルから目線を反らした。
「何故、嘘をついているの!」
 ミッシェルは素早く自分の猟銃を取り出し、それを、ハリソンへと突きつけた。
「し、信じてください!ロックハート将軍。私は」
「いいえ、信じられないわよ。娘の命がかかっているんだからね。言っておくけど、あの子のた
めだったら、私は人殺しだってするわよ!」
 ミッシェルは、猟銃の引き金に指をかけている。まるで突き刺すような視線でハリソンを見抜
こうとする。
「分かりました。ですが、私は、あなた達を救おうと考えています。それだけは本当のことなんで
す!」
「前置きはいい!さっさと話しなさい!」
 ミッシェルは、ハリソンの体を背中から、車の屋根の上に押し付け、さらに猟銃を押し込ん
だ。
 怪我をしている彼にとっては、かなりの激痛を伴う行為だったかもしれない。だが、ミッシェル
は構わなかった。
 ハリソンは恐れをなしたように、屋根にたたきつけられた姿勢のまま話し出した。
「私がテロリストに捕まったのは、2日前です。あなた達の居場所を教えろと脅されましたが、
私は口を割っていません。ですが、昨晩に、撃たれて。それでその後、何故か、あなた達の居
場所を話してもいないのに解放されたんです。それが、ついさっきの事です」
 ハリソンは必死になってミッシェルに話したが、彼女は認めなかった。猟銃の銃口をねじ込む
ようにしてハリソンに言い放つ。
「要求に応えてもいないのに、どこのテロリストがあなたを解放するの?言い訳はもっと考えて
言いなさい!」
「本当の事なんです!でも、私を解放したからには、何か目的があるのかもしれません。だか
ら、逃げようと!」
「目的って、まさか?」
 と、ミッシェルが言ったときだった、突然、空気を切り裂くようにして、何かが飛んでくるのを、
ミッシェルはいち早く気がついた。
 素早く、その場から離れようとするが、ハリソンは傷ついていた上、車の屋根に押さえつけら
れていたため遅れてしまう。
 ミッシェルが、飛んできたのは、ロケットランチャーから発射されたミサイルだと気がついたと
きには、ハリソンとミッシェルが乗ってきた車は粉々に吹き飛び、炎を撒き散らしていた。
 ミッシェルは吹き飛ばされた後、地面に叩きつけられた。
 すぐに身を起こそうとしたミッシェルだったが、突然起きた爆発のショックと、地面に叩きつけ
られた時の痛みから起き上がる事が出来ない。
 ハリソンはどうなったのか、それだけ確認をしようとした。
 彼の体は炎に包まれたものとなって、ミッシェルよりもさらに遠くに倒れていた。ミッシェルは
素早く車から離れたが、彼は間に合わなかった。
 車に飛び込んできたのは、ロケットランチャーからのミサイル。爆発の致死半径にいればま
ず助からない。
 ミッシェルは、信頼のおける部下を失ってしまったのだ。
 いや、失ってしまったのは、とうの昔なのかもしれない。ハリソンはすでに自分を裏切ってお
り、テロリストの手中に自分達を誘い込んだのだ。
 素早く現実を理解したミッシェルはその場から立ち上がろうとする。
 手にした猟銃を支えにしてやっと立ち上がったミッシェルは、工場の敷地の向こう側から、何
者かが近づいてくるのを知った。
 爆発の時に頭も打ったのか、どうしてもぼうっとしてしまって、目の焦点も定まらない。だが、
危機は近づいているようだった。
 ミッシェルは、震える手で猟銃を構えて、それを迫ってくる者達へと向けた。
 その中心にいる、一人の女がミッシェルの目に留まった。
 迫ってくる者たちには大柄な男が多い中でも、その女だけは奇妙な存在だ。それも年頃だっ
て、養女のアリエルと同じぐらいの年頃。まだ、17、8にしかならないような少女でしかなかっ
た。
 背はアリエルよりも高く、オレンジ色に近い色の髪をしている。それで片目を隠しているのが
印象的だった。顔立ちと体格からして、おそらくスザム系の人種だ。
 ミッシェルはその少女へとまっすぐに猟銃を向けた。
「そ、それ以上近寄るのを止めなさい」
 うまく回らない舌のまま、ミッシェルはその少女に言い放った。
「嫌よ。わたし達はあなたに用があって来たんだから。今のも、死なないって分かっていた。だ
から、わざと、ギリギリに外させたの。気絶するくらいすると思っていたけれども?」
 少女は、自分の声をわざと低くし、迫力を持たせて喋った。確かに、ただの年頃の少女には
無いような威圧感がある。
「わたし達に用?あなた達は一体何者よ!」
 幾分か焦点が定まってきた目を女へと向け、ミッシェルは言い放った。銃は指をかけ、いつで
もそれを発砲できる姿勢にあった。
「あなた達の家を襲った奴はね。携帯電話をしっかりと持っていたでしょう?だからその携帯電
話が出している電波ではっきりと、あなた達の位置は分かっていた。この《ボルベルブイリ》に
来るだろうって事もね。
 まあ、そのくらいあなた達もお見通しだったようで、あなたの前の携帯電話は捨てられちゃっ
たみたいだけれども。今持っているのは。新しい携帯電話?プリペイド式?」
 その少女は、ゆっくりとミッシェルへと近づいてくる。いつでも、銃を撃つ事は出来た。
 だが、目の前の少女が、自分の養女と変わらない年頃の娘だという事がわかってしまうと、ど
うしてもその引き金を引くのが一瞬を遅れてしまった。
 相手の少女も、自分の背後から、ショットガンを抜き放った。
 ミッシェルは、猟銃の引き金をとっさに引いた。
 しかし、猟銃から放たれた弾は、目の前の少女の体にぶつかると弾けとび、まるで鋼鉄の塊
にでも当たったかのように、その軌道を大きくそらされてしまったのだ。
 ミッシェルは眼を見開いた。
 この娘は、ただの人間じゃあない。しかも、どこか見覚えがある。遠い昔に会った事があるよ
うな気がする。
 しかも『能力者』だ。そうミッシェルの頭に言葉がよぎった時、彼女は、自分の背後に回られ
たその少女に腕を掴まれてしまっていた。両腕を押さえ込まれ、その握りしめる力に、ミッシェ
ルは猟銃を落としてしまう。
「あなたの部下も下手な役者ね。
 ハリソンだっけ東側の人間が、この土地で一体何をしているって言うのよ?おとなしく、平和
な国で年金生活でもしていれば良いのに。
 どうせ、下手な役者でも何でも構わなかったんだけれども、解放すれば、すぐにあなたの元
へと飛び込んでいくだろうって、思っていたしね。あなたを探すんだったら、あいつを解放してや
れば、わたし達はただそのあとを付けていくだけで良いってことよ。策を張っておいて正解だっ
たわ」
 耳元で長々と言ってくる少女。この少女は、見た目こそアリエルとそれほど変わらなかった
が、話し方と言い、物腰と言い、どこかただの少女には感じられない所があった。
 親の元で裕福に暮らしているだけの、普通の若者とは違う。
 どこか、恐ろしげな印象さえ言葉の端から聞こえてくる。
 だが、ミッシェルは相手の言葉など鵜呑みにしなかった。
「あなた。おしゃべりは良いけれども、長々と話なんかしたら、私に逃げる隙を与えるだけよ!」
 と言い放つと、すかさずミッシェルは、相手の少女の腕を振りほどく。そして、すかさず彼女へ
と向けて蹴りを放った。
 相手の少女は吹き飛ばされて地面に転がる。ミッシェルの放った蹴りは、鋭く相手へと突き
刺さった。
 ミッシェルは50歳を過ぎていたが、娘のアリエルと同じく『能力者』だった。それとも常人の身
体能力を遥かに上回る『高能力者』だったから、『能力』を発揮すれさえすれば、たとえ若者相
手でも負ける事はなかった。
 それも、アリエルのような生半可な『能力』だけのものではない。ミッシェルには軍で訓練され
た、確かな実践術があったのだ。
 ミッシェルは次々と蹴りを繰り出し、少女を打ちのめした。
 背後から、テロリストが銃を向けてくる事も分かっていた。彼女は背後からやってきた銃弾を
もかわし、少女へと攻撃を加える。
 しかし、幾度目かの蹴りを少女にはなった時、彼女とミッシェルの間に飛び込んでくる者がい
た。
 それは、非常に小柄な者だった。まるで人形でも落ちてきたのかとミッシェルは思ったがそう
ではない。
 落ちてきたのは、まだ人間のような容姿をした、幼い少女だった。
「そーれ、登場!」
 少女はそのように言い放つと、ミッシェルに向けて、大きな筒状のようなものを向ける。
 それが、ロケットランチャーだと知ると、すかさずミッシェルは、身を伏せた。
 小柄な少女、それも人形のような衣服を身に付けた少女がするには、あまりにも不釣り合い
な行為だった。
 小柄な少女の体からはあまりに大きすぎるロケットランチャーからは、ミサイルが放たれ、そ
れは、ミッシェルの背後にいたテロリスト達の目の前を通過して行くと、廃工場の中へと飛び込
んでいく。
 直後、猛烈な爆発音が響き渡った。
「オバちゃんにしては、やるじゃない?」
 人形のような容姿の少女はそのようにミッシェルに向って言い放ち、得意げな姿をして見せ
た。
 その時、ミッシェルは気がついた。この少女の手に“持っている”ロケットランチャーは、この
少女の腕と、一体化していたのだ。
 腕と一体化してしまっているロケットランチャーから、この少女はミサイルを放っていた。それ
も何のためらいもなく。
 少女が浮かべている表情は、まるで子供たちが無邪気に遊んでいるような姿そのものだっ
た。
 この少女も『能力者』。ミッシェルはすぐに理解した。なぜ、こんなに小さな子供がテロリストな
どに手を貸しているのかは分からない。だが、『能力者』であるならば、この子供の『力』をテロ
リストが利用していると、そう考える事ができるだろう。
 そしてこの少女は、ロケットランチャーを発射することに、何のためらいも見せていない。まる
で、子供が水鉄砲を発射するかのようにやってのけたのだ。
「誰が、オバちゃんよ、こう見えてもね、わたしは若いときは」
 と、ミッシェルは言いかけたが、
「ちょっと、レーシー!お父様には生け捕りにしろと言われているのよ!粉々に吹き飛ばすつも
りだったの?」
 その小柄な少女の背後から、アリエルほどの年頃の少女が言い放った。
「だって、シャーリ!やられっぱなしじゃあない!何でこんなオバちゃんにやられたいようにやら
れちゃってんのよ!」
「オバちゃんですって、お譲ちゃんが、こんなところで何をやっているのよ!」
 と、ミッシェルは言い放つと、小柄な少女に向かって蹴りを放った。
 ミッシェルが放った蹴りは、あくまで『能力者』としての蹴りだ。それは、どんな武器よりも強力
なものとなり、鉄骨さえも打ち砕いてしまうだろう。ミッシェルほどの歳になっても、その強烈な
蹴りは健在だった。
 しかし、ミッシェルの蹴りは、小柄な少女によって受け止められてしまう。大の男さえもなぎ倒
すことができるミッシェルの蹴りだったが、少女はその小さな手で受け止めてしまったのだ。
「もう歳の事を考えたら?オバちゃんなんだから、あんまり走り回ると、いつコロっていっちゃう
か分からないわよ?」
「うるさい!」
 ミッシェルはその少女に向けても蹴りを放った。この少女は危険な存在だ。子供だと思っては
いけない。非常に危険な存在だ。今この場で始末してしまっても良いだろう。
 だが、その少女は軽やかな足取りで、ミッシェルの蹴りをかわしてしまう。
 そして、ミッシェルの背後へと彼女の体を飛び越えてしまうと、ミッシェルの背中に、自分も強
烈な蹴りを入れた。
 いや、蹴りだったのか、ミッシェルには分からなかった。だが彼女はその一撃によって意識を
失い、その場に倒れてしまうのだった。



 その光景を離れたところで見ている、一人の少女の姿があった。
「シャーリ、お母さんを、一体どこへ!」
 アリエルはバイクに跨り、母を連れて行こうとするシャーリ達の姿を目の当たりにしていた。
 シャーリ達の周りにいる人物は、皆、マシンガンを手にしている。只者ではない者たち。あれ
はテロリストだ。そうとしか考えられない。
 何故、シャーリがテロリストと行動を共にしているのか、アリエルには理解できなかった。
 だが、母を連れ去ろうとしているのは事実だ。アリエルは、彼女たちを追跡しなくてはならな
い。
 そして、母を取り戻さなければならない。そう自分に言い聞かせた。
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