レッド・メモリアル Episode06 第2章



「ねえ!ねえ!まだ怒ってるの?シャーリ?」
 走行するジープの中で、シャーリは人形のような容姿をした少女、レーシーに話しかけられて
いた。
 彼女はその大きな緑色の瞳をシャーリへと向け、困ったような表情を向けてくる。
 ジープを運転していたのはシャーリだった。だが彼女は運転に集中しているかのように、レー
シーの方へは何の注意も払わない。
 むしろ彼女はジープの荷台に乗せた女、ミッシェル・ロックハートの存在を気にしていた。
 彼女を連れてくる事こそが、シャーリ達テロリストの目的だった。彼女を連れて帰る事で、計
画は一歩前進するし、何より、“お父様”に認めてもらう事ができるのだ。
 シャーリはジープを運転しながら、自分にそう言い聞かせていた。
「ねえ!怒っているんでしょう?ねえ!」
 シャーリはバックミラーを見やった。バックミラーには、《ボルベルブイリ》郊外の光景しか見る
事は出来ない。前方には仲間のテロリスト達を乗せたジープが走っているが、後方にはなにも
走っていない。
 《ボルベルブイリ》も郊外になってくると、車ともほとんどすれ違わないし、建物も集落もまばら
になって来る。
 だから、今、テロリスト達の背後には誰もやって来ていない。車も走行していないし、尾行して
くる車両もない。誰しもがそう思うだろう。
 だが、シャーリには分かっていた。
 絶対、あの子はわたし達を追ってきていると。
 だが、助け出した事ができたとしてももう遅い。アリエルは、いずれ、変わり果てた母の姿を
見る事になるのだ。
 シャーリはそ思うと、口元がにやりとしている自分に気づいた。だが、それを下卑た自分の姿
だとは思わない。むしろ、今の生きがいを楽しんでいる。そう思った。
 だから、アクセルを踏み込んで、ジープをもっと加速させてやった。



 シャーリ達は《ボルベルブイリ》の《チャコフ港》から、車で2時間も走行すると、森の中へと入
っていった。
 すでに周囲は針葉樹林に囲まれた森となっており、付近に住宅は見当たらない。シャーリ達
が走っていた国道に車さえも走っていなかったのだ。
 だからアリエルは尾行に細心の用心を払っていた。
 だが、尾行のプロからしてみれば、素人の女子高生がする尾行など、相手にはバレてしまっ
ていたかもしれない。
 アリエルはアリエルなりに、母を連れ去ったシャーリ達を追わなければならなかったのだ。
 シャーリ達は舗装されていない道路へとジープを走らせていく。
 アリエルはバイクのヘルメットの内部に表示されている画面をチェックし、現在位置を確認し
た。
 《ボルベルブイリ》から北西へ150kmの距離にある。この辺りには誰も住んでいないという
から、アジトなんかを作るのだったらうってつけなのかもしれない。
 しかしアリエルは、シャーリをテロリストなどとは信じたくなかった。
 あの国家安全保安局を襲撃した連中や、母を襲った連中とシャーリは行動していた。それ
も、一テロリストとしてではなく、まるで彼らのリーダーであるかのような姿で。
 シャーリは、一体何者なのか。
 小学生の頃から一緒にいた友達としての仲。だけれども、彼女の正体をアリエルは知らな
い。
 アリエルは今の彼女の事をよく知らなかった。
 だからアリエルは、シャーリの事も知りたくてここまでやってきていたのだ。
 ジープを走らせ、シャーリ達は森に設けられた狭い道を走っていく。どんどん道が険しくなって
いくが、ジープは走行していった。たぶん、普通の車では入っていく事が出来ないだろう。
 アリエルのバイクは小回りが利くし、カスタマイズで馬力も出せるようになっているから、悪路
でもしっかりと走行できる。
 だが、アリエルのヘルメット内に表示されている地図には、今走る道は登録されていない。普
通の車が通れるような道ではないからなのだろう。もしくは、誰かが勝手に作った道なのか?
 そんな悪路を車は10分も走行すると、フェンスに覆われた敷地が広がっていた。
 そこは森に覆われた場所だったが、きちんとフェンスが囲っており、しかもそのフェンスは有
刺鉄線までも巻きつけられている。
 しかもフェンスはごく最近建てられたものであるらしく、錆なども全くなかった。
 シャーリ達を乗せたジープは、道に設けられたゲートを通過していく。一見すれば、ゲートなど
無いかのようだったが、ジープが近づくと、フェンスに設置されていたゲートが開いた。
 そしてジープが入っていくとゲートは閉まる。アリエルは離れた場所からそれを観察して警戒
した。
 もしかしたら、センサーか監視カメラか何か、が設置されていて、シャーリ達が来た事を確認
して、フェンスのゲートが開き、閉まったのだろう。そう思った。
 だからゲートに近づけば、アリエルもその姿を見られてしまうはずだ。
 ジープはすぐにゲートの向こうに消えてしまう。この先に何があるのか、アリエルは分からな
かった。だが、シャーリ達を追わなければならない。
 アリエルは自分のバイクを、道から外れた場所に停車させて降りた。この先は別の道もなさ
そうだし、歩いていくしかない。
 このフェンスに覆われた土地が何なのかは分からないけれども、とにかく行かなければなら
なかった。
 アリエルはヘルメット内に表示されている衛星映像を、更に広域に調整する。ここは、ずっと
針葉樹林に囲まれた森で、木が並んでいる以外は、何も見る事が出来ない。フェンスの存在さ
え確認できなかった。
 だから、敷地に何があるか分からない。
 もしかしたらテロリスト達の本拠地なのかも。
 この敷地の向こうにあるものが、アリエルにとっては怖くてたまらなかった。この場にいるだけ
でも、いつ、誰が背中から忍び寄ってくるのか分からない怖さもあった。
 でも、頼れる人はいない。
 このまま逃げ帰っても、母と慕う養母がテロリスト達に拘束されたまま、何をされるかも分か
らない。
 進むしかなかった。
 養母を取り返す事は出来なくても、何かを見つけられる。そうすれば、誰かに頼る事ができる
かもしれない。
 アリエルはヘルメットを脱ぐと、それをバイクの座席下に収納し、目立たないように大きな木
の陰に隠した。
 真っ赤な色のバイクは森の中でも目立ってしまう存在だったが、大きな木が隠してくれるだろ
う。
 アリエルは徒歩で、森の中を進んでいった。フェンスは森の中に延々と続いていっていて、ま
るで切れ目を見つける事が出来ない。どこかの敷地を一周して囲っているフェンスであるなら
ば、おそらくさっきのゲート以外のような入口はない。
 ゲートはおそらく中にいる誰かによって見張られているはずだし、アリエルはそこからは侵入
できない。
 だったら、このフェンスを乗り越えるしかなかった。
 フェンスを登って有刺鉄線を乗り越えていく事も出来たが、アリエルはもっと楽な方法によっ
てフェンスを越える手段を持っている。
 彼女は自分の腕から、刃を出した。彼女の肉体の一部が高質化したというその刃は、柵をい
とも簡単に切り裂いてしまった。
 森の中にある柵自体は、簡単に切断ができるようなものではない。おそらくワイヤーペンチな
どがなければ切る事ができないだろう。
 だが、アリエルはそれをいとも簡単に切り裂いてしまった。切り裂いた時、心なしか体がしび
れたような気がしたが、それは緊張からくる気のせいだと思うのだった。
 アリエルは、柵に高圧電流がかけられているということに気が付いていなかった。一部柵が
切断された事で、彼女が通り抜けた部位の電流は停止したが、高圧電流が一部切断された事
は、内部にいるシャーリ達にもすぐに知られる事になってしまうのだった。



「何?侵入者?」
 シャーリは、ジープから降りるなり、仲間が言ってきた言葉を耳にしていた。
「ええ。北西部の柵の電流が停止しています。これは、明らかに柵が切断された事によるもの
です」
 ジープから降りてきたシャーリにそう言ってきたのは、大柄な男だったが、彼はシャーリを目
上に見てそう話してきていた。
「ふふふ。やっぱり追いかけてきたんだ。馬鹿ねぇ。自分から罠の中に飛び込んでくるなんて。
まるで単純な小動物みたいだわ。まったく面白い子だこと」
 と、シャールは呟くなり、ジープの荷台へと向かった。
 ここは、シャーリがそのリーダーを務める、テロ組織(と言っても、シャーリは自分の事を、テ
ロリストとは言わない。だからテロ組織というのは不適切かもしれない)のアジトの一つだった。
《ボルベルブイリ》の北西部に位置しているこのアジトは、政府の飛ばしている衛星にも見つか
らないように深い針葉樹林地帯の奥地にある。広場のような場所を設ける事はなく、背の高い
木が密集している所にあるから、上空から見ただけではアジトがあるようには見えないだろう。
 そして、なによりもこのアジトは、捨て駒ではない。昨日にレーシーと共に吹っ飛ばしてやった
アジトはただの捨て駒でしかなかったわけだが、このアジトは、シャーリ達にとっては大切な中
継基地だったのだ。
 その役目を果たすための存在が、たった今、部下たちによって荷台から降ろされている。
 その存在は、あのアリエルの養母で、自分も昔から知っている、“ミッシェルおばさん”だっ
た。



 柵から内部に侵入したアリエルだったが、しばらくは柵の外と同じような光景が広がるばかり
で、本当にここが何かしら使われている施設なのかどうかは分からなかった。
 シャーリ達は何だって、こんなに森の奥深いところに向かっていったのか、アリエルにはさっ
ぱりわからない。
 だが、ある程度まで森を進んでいくと、森の木の向こうに、2人の男が歩いて来ているのを見
かけた。
 アリエルはそれを知ると、すかさず近くにあった木の陰に隠れる。
 男達はマシンガンをその手に持っていた。物々しい武装をしているようだったが、軍隊がする
ような武装ではない。
 ただマシンガンを持っているだけで、着ている衣服は目立たない色で、地味な姿ではあった
が普通に街中の人間が着ているようなものでしかないのだ。
 アリエルはその男達の隙を見て、さらに森の奥へと入っていった。
 獣道を10分ほどもいった頃だろうか、森の先に、ようやく建物らしくものが見えてきた。それ
は木で作られたロッジだった。
 木の状態からして、ロッジはごく最近に作られたものである事が分かる。母と一緒に住んでい
たロッジはこんなに木が綺麗な状態ではない。
 この何かの施設も、ロッジも、つい最近建てられたばかりなのだ。
 一体何のためなのだろう?そして、母をこんなところに連れて来て、一体何をしようとしている
のだろう。
 アリエルはロッジの中を覗き込んだ。さっき男2人をやり過ごしてから、誰とも出会っていな
い。
 このロッジの中にも誰にもいなさそうだった。窓があったので、アリエルはその窓から中を覗
き込む。
 すると見えてきたロッジの中の光景に、アリエルは思わず息を呑んだ。
 黒い姿をした筒状の塊が沢山並んでいる。それは銃だった。あまりに数が多いせいで、銃が
銃だと見えなかったのだ。
 懐に隠すことができるような小型の銃もあるが、ほとんどが大口径のライフルや、マシンガン
ばかり。中にはミサイルを発射できるロケットランチャーまであった。
 こんな山奥に隠れるようにある施設。軍隊の施設だと考えても不自然だ。
 私は、テロリストのアジトの中に入ってきてしまったのだと、アリエルは痛感した。
 その時、アリエルは森の中に設けられた狭い道の向こうから、ジープが走ってくるのを知っ
た。武器庫となっているロッジから素早く離れ、アリエルは急いで森の木の中に身を隠す。
 ジープには3人の武装した、たぶんテロリストが乗っていた。アリエルの姿には気が付いてい
なかったが、誰かと携帯無線で話している。
「こちらには誰の姿も見当たりません。ええ、誰かが侵入した様子もありません」
 と、ジープの助手席に座っている男が言っていたので、アリエルはほっと胸をなでおろそうと
するが、
「まったくあのガキ!ミサイルを3発も使いやがって!少しは限度ってものを知りやがれ!」
 突然、耳元で響いてきた声に、アリエルはびくっとした。自分が背にしている木のすぐ後ろを
男2人が歩いていく。そしてロッジの中へと入っていった。
(そっちの方の柵を破って、女の子が一人入ったのよ。真っ赤な髪をしている子がいたら、必
ず生けどりにしてこっちに連れて来なさい)
 アリエルははっとした。無線から聞こえてきた声は、シャーリのものだったからだ。
「ええ、分かっています」
(こっちは、お父様と連絡を取るわ。この女のテストが済むまでは、絶対に誰も中へと入れない
ようにしなさい)
「はい。分かりました」
 テロリストがそのように答え、無線は切れた。
 シャーリの声。間違いない。シャーリはテロリストと行動を共にしている。シャーリ自身もテロリ
スト何だろう。
 決定的だった。親友とは言えないまでも、小学生の頃から友達だったシャーリが、テロリスト
として、人を傷つけ、母を連れ去っただなんて。
 アリエルは、がっくりとその場に膝を付いてしまいたかった。あまりにショックが大きすぎて、
動く気力さえも湧いて来なさそうだ。
 お父様?テスト?シャーリは一体何を言っているのだろう?分からない事があまりに多すぎ
たのだ。
「おい!お前!」
 と、突然耳元に響いた声に、アリエルは思わずびくりとした。
 髭を生やした大男が、マシンガンを構え、アリエルへと迫って来ている。
「シャーリ様が言っていたガキだな?」
 思わず、アリエルは悲鳴を上げた。あっと言う間に、3人の男がアリエルの周りにやってきて
取り囲む。
「いや、違、その、私!」
 周囲を囲まれてしまっていては逃れようもない。アリエルは自分でも分からないうちに、作り
笑いを浮かべてそう言うしかなかった。
「生けどりにしておけ、との命令だ。いいか?動くな、動くなよ!」
 と、テロリストは銃をアリエルに突き付けつつ迫る。もうどうしようもなかった。こうなったらやる
しかない。
 アリエルはすかさず、蹴りを放って、そのテロリストの持っているマシンガンをはじき落とし
た。
 相手にはどのように映っただろうか、おそらく、アリエルの動きは超高速で動いているように
見えていただろう。
 あっと言う間に男の銃を弾き落としたアリエルは、続けざまに、もう片方の脚を繰り出し、その
男の体を蹴り倒していた。
 大柄な男に蹴りを繰り出したアリエルの脚は、しなやかで鋭かったが、本来ならそんな男を倒
すことができるほど、屈強なものではない。
 だがアリエルは、まるで丸太でも叩きつけたかのようにその男を打ち倒していた。首にめり込
んだアリエルの脚は、その男をいとも簡単になぎ倒す。
 次いで、森の中に響き渡ってきた発砲音。続けざまに何発も、まるでエンジンの用に響き渡
る音。
 別の男が、アリエルに向かって銃を発砲してきていた。それもマシンガンだった。
 ほんの数メートルも離れていない位置からの銃撃だった。だがアリエルは素早くその銃撃を
飛び上がる事で避けていた。
 アリエルがどこに飛び上がったのか、地上にいる男たちは、一瞬、その姿を見失ったようだっ
た。
(何よ!今の音は?言ったでしょう!生かして連れて来なさいって!)
 ジープの方の無線機から声が響き渡ってきている。それはシャーリの声だった。
「おい、銃を撃つな。生かしておけと言われている」
「ああ、だが今のガキはどこに行った?飛び上がったのは見た気がするんだが。銃弾を避け
やがったぞ!」
 男たちが口ぐちに言っている。彼らは銃を下に向け、森の木々を見上げた。飛び上がって身
を隠すならば、木の上。そう考えているのだろう。
 男たちが顔を上げた瞬間、アリエルは、木から飛び降りてきた。
 男たちは、木の枝か何かにつかまっているアリエルを警戒していたのだろうが、アリエルは確
かに木の枝の上へと飛び上がっていた。
 しかし彼女は落下のスピードと合わせ、地面の方向へとまるでダイブするかのように落下して
きており、その勢いを使って、自分の腕から突き出した刃を、一人の男へと向けていた。
 男が絶叫するような暇もなかった。アリエルは、その男の背中に向かって刃を突き出して、そ
のまま押し倒す。落下の勢いとあいまって、その男は地面へと崩れた。アリエルの方は地面を
前転しながら転がり、落下の衝撃を散らした。
 普通の人間ならばとてもできないような曲芸師のような芸当。だが、アリエルはやってのけて
いた。
 昔から運動が苦手だったわけではない。時として周りを驚かせるような身体的能力を発揮し
た事はある。
 だが、銃弾をかわした上に、5メートルほどの高さから地面にダイブしたことなど初めてだっ
た。
 それでも、今のアリエルにはできた。本能が、体の機能を一気に発揮させ、潜在能力を引き
出したかのようだった。
(応答しなさい!どうなっているの!)
 無線からシャーリの声が聞こえてきている。残る一人の男は、銃をアリエルの方へと向けて
きているが、彼女の身体能力に驚いているのか、銃を発砲してこようとはしない。
「それ以上近づくな。大人しくしていろ」
 怖気づいたかのようにその男はそう言ってくるだけだった。脅しが脅しに聞こえてこない。
 アリエルは銃口を目の前にしていたが、もう恐れるつもりはなかった。今、銃弾を避けること
ができたことで、自信がついていたのだ。
「あなた達。私を生けどりにしろって言われているんでしょう?だったら、その銃は撃てないは
ず!」
 アリエルは相手に接近した。耐えられなくなったのか、男は銃の引き金を引いた。だが足元
を狙っているだけだ。銃声が響いたが、アリエルの足元の地面の土が飛ぶだけだ。
「こっちは本気だ!」
 と男は言ってくるが、
「不利だよね、こういうのって。私はあなたを殺したっていいのに、あなたは私を生けどりにしな
きゃいけない、なんて」
 それはアリエルが頭の中で、即座に考えた脅し文句だった。自分にしてはよくできたな、など
と彼女は思うが、
 どうやら逆に相手を挑発してしまったらしく、男はアリエルに向かって銃を放つ。今度は足元
を狙ってなどいない。
 だがアリエルには、相手の銃から放たれてくる弾丸の姿が見えた。はっきりと見えたわけで
はないし、体が頭で認識するよりも速く付いてこれなかったから、かなりぎりぎりだったが、素早
く身をかわすことができた。
 一発だけ肩をかすって、ライダースジャケットを切り裂いたが、アリエルは相手の男のマシン
ガンから放たれた弾丸を避けきった。
 銃弾を避けきったアリエルは、素早く相手の背後に回り込んだ。相手の男が、反応するより
も前にアリエルは男の首を背後から掴みかかる。
 そして言い放った。
「私のお母さんはどこ!どこにいるの!?」
 元々、大の男を押さえ込めるような力など、アリエルには無い事は分かっていた。だが、今は
男の喉元を押さえ相手の息を止める事ができている。
 今、アリエルはその体から発揮することができる以上の力を発揮していた。しかもそれは、追
い詰められ、母を救い出したい、必死さから出ている力ではない。
 男は、アリエルの力にどうすることもできず、投げやりな言い方で言い放った。
「知るか!言ったらおれは裏切り者になるだろうが!」
「そんな事!私の知ったことじゃあない!」
 すかさずアリエルは言い放つ。
 しかしその時、アリエルは男が懐からもう一つ銃を取り出したのを見た。
「ふん!答えはこれだ!」
 と、男が言い放つのが早いか、アリエルは素早くその男から手を離し、距離を置く。男は、自
分ごとアリエルを銃で撃つつもりだったのか、銃声が響きわたった直後、体をくの字にしてその
場に倒れた。
 生暖かいものが、アリエルの頬を流れていく。
 それは血だった。アリエルがグローブをはめたままの手で触れると、黒に近い色をした赤色
の血である事が分かる。
 今、自分ごとアリエルを撃とうとした男の血だった。
 自分たちの持つ目的のために、いとも簡単に自分の命を絶ってしまった男の姿を見て、アリ
エルは目の前で起きている事が、あまりにも現実離れしている事のように感じていた。
(どうしたのよ!さっさと応答しなさい!)
 男たちの乗ってきたジープから、シャーリの声が無線で響き渡っている。
 今のアリエルにとっては、それさえも現実離れしたものとして聞こえていた。
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