レッド・メモリアル Episode07 第1章



『タレス公国』《プロタゴラス郊外》《天然ガス供給センター》
4月9日 2:52A.M.



 ジョニー達から姿が見える位置に立ち、スペンサーはある人物へと電話連絡を入れていた。
 その人物はスペンサーが所属している組織の中でも、最も上の権力を持つ人物で、彼の指
示一つで、2000万レスどころか、数億レスの金額さえ動かす事ができる。そんな人物だ。
「彼が、要求しています。もう1000万レスを出せば協力すると」
 携帯電話を片手に、スペンサーは電話先の人物にそのように言った。
(ほう、ジョニー・ウォーデンも、ずいぶんと大胆な行為に出たものだ。こういった事をすること
で、自分にどのような災厄が招かれるのか、彼は知ってやっているのかね?)
 大分、年老いてしまったかのような声で、電話先の男はそのように言ってきた。
「ええ、知ってやっているんでしょう。ですが、彼はこちらの正体についてもすでに掴んでいるよ
うです」
 と、スペンサーは、ジョニー達に会話が聞かれている事を承知で、十分に口に出す言葉を選
びながら話していた。
(だが、私はウォーデンという男の、武器は必要としていたが、それ以上の『能力』に関しては
何も求めておらん。それを求めているのは、スペンサー。お前の勝手な独断だ。分かるか?)
「いえ、しかし、彼の『能力』…」
 スペンサーの顔に動揺が走った。どうにか、ジョニー達には聞かれないようにと、彼は必死に
なって顔の同様を抑えようとするが、どうしても抑えられない。
 どんな相手の前でも、どんなビジネスマンも顔負けのポーカーフェイスができるスペンサーだ
ったが、この男の前ではどうしても駄目だった。
(君が欲しているのは、彼の『能力』ではない。金だ。
 君は、1000万レス追加すると言ったが、3000万レス全てが、ウォーデン達に行くわけではな
いのだろう?そう。わたしの見立てでは、おそらく、1000万レスは君の手の中に行くはずだ)
 電話先の男の声は、まさに図星だった。
 どうしてこの男が、ここまでスペンサーの心中を見抜けるか分からない。確かに予想すれば
不可能ではないが、ここまで自分の思惑を当てられてしまうと、スペンサーの心中はさらに動
揺した。
「そのような事は決してありません。ジョニー・ウォーデン達はきっと役に立ちます!」
 まるで、上司を必死に説得する部下のような口調になって、スペンサーは言っていた。何とも
情けない口調だ。
 だが電話先の男は、
(それは、君が決める事ではない。この私が決めることだ。お前の勝手な独断など許さん。い
いか?我々は、金などというチャチなものでは動いているのではない。そんなものは、計画の
前では微々たる力しか持たない。お前もそうだ。
 1000万レスを持とうが、1億レスを持とうが、所詮君は、底の知れた人間だったという事だ)
 という男の言葉を聞き、スペンサーの顔は青ざめた。
 それ以上、この男が何か言葉を言って来てくれるのだったらよかったが、電話は突然切られ
てしまっていた。
 まるで、死刑執行の宣言を受けたかのような衝撃。スペンサーはそれを知り、顔を青ざめさ
せた。
「どうした?顔色が悪いぜ、スペンサーさんよ」
 ジョニーが言ってくる。まったく何様のつもりだ。と思い、彼はジョニーの方へと顔を向けた。
「何でもないさ。ジョニー君。だが、結論が出たんだ。きちんと、出資者と話をつけたんだ」
 と、スペンサーは言うなり、顔を上げた。電話の通話はオフにして、ジョニー達の方へと顔を
向ける。
 彼らは顔をこちら側へと向け、同時にスペンサーがいつ怪しい行動をしても対応できるよう
に、銃を抜き放てる状態でいる。
「そうか、それで、何だって?どっち道てめーには、俺達に金を渡すしか、手段は無いんだぜ?
それだけは分かっているよな?」
「ああ、もちろんだ。ジョニー君。そのくらいの事は分かっている。だが、私の出資者はこう言っ
て来たんだ」
 と言い放つなり、スペンサーは素早く、ある場所に隠しておいた銃を抜き放ち、それを、ジョニ
ー達の方へと向け発砲した。
 先程、ジョニーの部下によってボディチェックを受けたスペンサーだったが、銃はそのボディ
チェックでは分からない場所に隠してあったのだ。
 スペンサーが撃った銃の弾は、ジョニーのすぐ横にいた部下に命中して、その男の体を後ろ
へと押し倒していた。
「てめえ!」
 ジョニーは言い放ち、自分自らがスペンサーに向って銃を撃ち込む。
 ジョニーの撃った銃弾の弾は、スペンサーの額に命中し、間違い無く彼を始末した。そう彼も
思った。
 だが、スペンサーは銃弾を受けた時の衝撃を、一切受けておらず、顔を背後へとのけぞらせ
るような事も無かったばかりか、額には銃弾の弾痕さえもなかった。
「な、何なんだ。てめえは?」
 ジョニーは、依然として変わらない表情をこちらに見せてくるスペンサーに、恐れさえ感じて後
ずさった。
「ジョニー君。もう隠してもしょうがないだろうから教えてあげよう。
 私も『能力者』だ。だから君とこうして取引をする事が出来ている。『能力者』の事は、『能力
者』が一番理解できる。だからだ。違うかね?私は、自分自身の体を、気体に変える事が出来
る。もちろん私が、自分自身で、自分の体の形を保っているから、気体がどこかに流れていっ
てしまう。という事はないがね」
「何だと。てめえ、調子に乗りやがって」
 そう言い放ったジョニーは、スペンサーに向って次々と銃弾を撃ち込んだ。
 スペンサーの体に次々と命中して行く銃弾。しかし、スペンサーの体は、まったく動じる事もな
い。微動だにすることなく、ジョニーの放った銃弾を全て受け流してしまっていた。
「だから、無駄だと言っているだろう、ジョニー君。君ならばそれを十分に理解できたはずだ。
私の正体を明かしたのは、所詮君相手にはてこずらないからだ。そんな銃では私は殺せな
い。どうあがこうと無駄だから教えたのだ」
 スペンサーの体には傷一つついていない。ジョニーは、どうして良いのか分からないという表
情を見せた。
 スペンサーは、ジョニーに向けて銃を構えた。
「残念だがね。ジョニー君。君はもう用済みという事になった。実に残念な話なのだがね。君が
もしわれわれの味方になったとしても、そのような反抗的な態度を取られてしまっていては、
我々にとって不利益になる。そう判断したのだ」
「う、うるせえ、てめーいい気になりやがって」
「ああ、そうかね。だが、何とでも言いたまえ。君は、どうせ私にこの場で始末されるのだから
な」
 スペンサーは引き金を引こうとした。
 しかし、彼の背後から、ジョニーの部下が一人現れ、スペンサーに向って銃弾を撃ち込んだ。
 だがスペンサーの体はまたしても、銃弾を受けたという、衝撃さえ感じていないようだった。
 銃弾は、スペンサーの体を透過すると、反対側から次々と抜けていった。
 スペンサーは素早く背後を振り向き、たった今、自分に銃弾を撃ち込んできた者に向かって
銃で反撃する。銃弾を撃ち込まれた部下は、あっと言う間に倒され、スペンサーは再びジョニ
ーの方を振り向く。
 だが、ジョニーの姿はそこにはなかった。
 どうやら逃げられたようだな、とスペンサーはすぐに判断した。
「ジョニー君。逃げても無駄だ。ここは我々の施設なんだぞ。敵地の中で、お前はどのようにし
て逃げるというのだ?」
 スペンサーは施設内に響き渡るように、言い放つ。だが、反応はない。
「手間を取らせてくれたな、まったく」
 と言うなり、スペンサーは自分の肉体を急激に変化させていった。
 彼の肉体は、服だけを残してどんどん空気のような姿に変わっていく。細かい粒子が空中に
浮かんでいるかのような姿は、人の皮膚の色だけを残して、どんどん人が本来あるべき姿を変
えていった。
 やがて、スペンサーの体は服だけを残し、その場から消えうせた。
 正確には、スペンサーの体は消えたのではなく、確かにその場にあった。ただ、空気のような
ものとなり、人の目には、肌色の何かが空中を漂っている姿にしか見えなくなってしまったの
だ。
 その肌色の一部分だけが人の手の姿をして、銃を握っている事に気がつかなければ、スペ
ンサーの体には気がつく事はない。



「野郎め。オレ達をなめやがって。ただじゃあ済まないぜ」
 ジョニーは部下が気を引いた隙にスペンサーから逃げ出し、更に配備していた部下と合流す
るのだった。
「だ、だがよォ、ジョニー。どうするんだ。奴の組織は、全力で、オレ達を始末しに来るんじゃあ
ねえのか」
 スペンサーが同じ建物の中にいる。だが、ジョニーはいくら銃を撃ち込んでも始末することが
できない相手として、恐怖を感じていた。
「銃はしまっておけ。こいつ相手には何も役に立たないぜ。それだけは分かった」
 ジョニーがそう言った時だった。
 突然、施設内に銃声が響きわたり、ジョニーの部下が撃ち倒された。
 どこから撃ってきた?ジョニーは周囲を見渡し、スペンサーの姿を探そうとする。
 物陰から撃ってきているに違いない。この施設内は、今だけ電気を通されて一部が明るくな
っているだけで、物影だらけだ。
 とすぐに判断したジョニーは、即座に身を隠し、特に物影に注意を払った。
 再び銃声が響き渡る。だが、ジョニーが今いる通路は、突き当りになっていて、どこからも回
り込んでくる事は出来なくなっている。
 パイプ類が取り囲んでいて、スペンサーほどの男の体があっては、そのパイプ類の隙間を通
ってこなくてはならない。
 だが、ジョニーは、スペンサーがさっき見せた、彼の『能力』を思い出していた。
 すぐに判断したジョニーは、すかさず目の前にある太いパイプに自分の手を伸ばした。
 すると、一瞬にしてそのパイプの根元が融解し、ジョニーの目の前に盾となって落下した。直
後、銃弾が撃ち込まれてくる。
 ジョニーはすぐにその場から逃れようとした。
 スペンサーの奴がどこにいるか分からないが、奴が自分の体を気体にする事が出来るなら、
それは変幻自在だということだ。
 ジョニーは素早く身を伏せた。
 目の前に開いているパイプから、手が出ていた。その手は銃を握っている。銃はジョニーの
方へと向けられており、即座に火を噴いた。
 ジョニーはすかさずパイプを溶かして落下させ、自分の前の盾として行く手を塞がせる。
 すると、手から発砲してきた銃弾はそのパイプへと命中した。
 あれは、スペンサーの手に違いない。ジョニーは直感した。あいつが気体になることができる
というのならば、それはパイプ内を自由に移動することができるという事でもあるはずだ。
 つまりこの、供給ガスセンターのパイプ内を自在に移動することで、スペンサーはジョニーを
檻に追い込んだ事になる。
 ジョニーは、スペンサーを、自分の部下達の包囲の中に追い込んだつもりだった。だが、そう
ではなかったのだ。
 だが、ジョニーは更に広い包囲網の中に追い込まれていた。
 逃げ場があるのかどうかさえ分からない。
 ジョニーはただひた走った。
 だが、直後、ジョニーの口元を塞ぐ何者かが現れた。
Next→
2



トップへ
トップへ
戻る
戻る