レッド・メモリアル Episode07 第2章



『タレス公国』《プロタゴラス空軍基地》
4月9日 3:12A.M.



「どうした?マクルエム?その姿は?」
 《プロタゴラス空軍基地》で、リーとセリアの作戦のバックアップを見守っていた、ゴードン将軍
は、そこに現れたデールズの姿に驚いた。
 デールズは、半分焼け落ちてしまったスーツと、もともと縮れ毛だった髪を更に爆発させてい
た。顔にところどころ火傷を負っている。どうやら、爆発に巻き込まれて、ぎりぎり助かったらし
い。
「オットーの家の捜査中にやられました。一緒にいた、ウェルコムはおそらく爆発に巻き込まれ
て」
「ああ、それは連絡をさっき受けて知った。だが、お前は行方が分からなかったがな」
 ゴードン達、本部は、ちょうどデールズからの連絡を待っている最中だったのだ。
「すいません。携帯電話がやられてしまって。電話を見つからなかったので直接来ました」
「ああ、それは分かった。だが、爆破されたという事は、それは、オットーの家には何者かがい
たのか?」
 ゴードン将軍は、素早く判断できないといった様子で、デールズに言った。
「ええ。我々の知らない人間でした。たぶん30代、『タレス語』を話していましたが、『ジュール
連邦』。それも、『スザム共和国』方の訛りがありました」
 デールズは、額から流れ落ちてくる血をタオルで押さえながら言った。
「『スザム共和国』だと。何でそんな方面の人間が、オットーに興味を持つんだ?奴に興味を持
つのは、『グリーン・カバー』だと思っていたが」
「分かりませんが、とにかくそいつは、オットーの家を爆破しています。何かを探しているとも言
っていました」
「探している?」
 ゴードンがデールズの言葉に疑問を持つ。
「この家には何もないから、と言って、すぐに我々に攻撃を仕掛けてきたんです」
「ああ、それは分かった。お前はその傷を縫合してもらえ。他に怪我はしていないのか?」
 ゴードンがデールズを気遣う。だが、デールズは、彼を安心させるように手を前に出して言っ
た。
 デールズがその場を立ち去ろうとしたとき、対外諜報本部に置かれている一台の携帯電話
が鳴りだした。
 携帯電話はテーブルの上に置かれているだけで、誰も手に取ろうとはしない。
「この携帯電話は誰のですか?」
 デールズが携帯電話を指さして言った。
「ああ、それは確かセリアのものだ。ただ、軍用のではなく私用のものだと言っていた」
「出ても構いません?」
 デールズは携帯電話を取り上げて、その画面を見た。
「ここでは、私用電話は禁止なんだぞ。特に携帯電話はな。知っているだろ?」
「ええ、ですが、着信通知に、フェイリン・シャオランという名前が出ています。セリアさんは、こ
こからの電話は、捜査に必要な情報提供者からのものだから、必ず出るようにと言っていまし
た」
 デールズは、携帯電話の着信通知をゴードンに見せた。携帯電話はまだ鳴っている。
「何?フェイリン・シャオランだと?聞いた名前だな。情報提供者というのならば、私が出る」
 ゴードンは、デールズから携帯電話を受け取った。すぐに通話をオンにする。
「《プロタゴラス空軍基地》のゴードンだ。そちらは?」
 少し、ごそごそという音が聞こえた後、緊張感の無い女の声が、ゴードンの耳の中で響いた。
(私は、フェイリンって呼んでちょうだい。セリアに電話したつもりなんだけど、どこにいるのかし
ら?)
 この場にそぐわぬ緊張感の無い声に、ペースを乱されそうな女の声だ。ゴードンは自分がこ
の女を知っている事を思い出した。
「セリアなら捜査で出払っていてしばらく戻れない。そう言えば君はセリアが在任中に、何度か
協力してもらった、あのフェイリンだな?軍では民間の協力者でもあったとも聞いた。セリアは
君に協力を求めていたのか?」
(ええ、そうよ。多分、今、セリアは、この街の郊外にある《天然ガス供給センター》に向かった
んでしょう?)
 ゴードンは思わず相手への警戒心を強めた。セリアの行っている事は極秘任務のはずだ。
部外者が知っていてはならない。
「どこでそれを知った?」
(あらら、その場所が怪しいって、セリアに教えてあげたのは、他でもない、このあたしよ。あた
しが、セリアと、ええっと、彼女の今の上司に教えてあげたの)
 それがリーの事だとすぐに分かったゴードンは、多少警戒心を解いて話を続けた。
「そうか。では、今、こうして電話してきた理由は何だ?まだセリアに頼まれた事でもあるの
か?」
 ゴードンが尋ねると、すぐにフェイリンは、言葉を返してきた。
(『チェルノ財団』という団体をご存知?)
 ゴードンは即座に反応する。その『チェルノ財団』こそ、今まさにこの対策本部で最も注目さ
れている組織だったからだ。
「『チェルノ財団』について、何か掴んだのか?」
(ええっと、どこまで話は進んでいらっしゃるの?)
 確認するようにフェイリンは言ってくる。
「『チェルノ財団』が、『グリーン・カバー』に対して、巨額の資金提供をしていたということだ。再
開発地区を建設できるほどのな」
(それで、『チェルノ財団』についてはどこまで捜査が進んでいるのかしら?)
 電話先の女、フェイリンは、ゴードンが軍の将軍という立場にいるという事など、まるでお構い
なしに喋ってくる。
 軍にいたような人間でも無ければ、上司に従って仕事をするような人間ではない。それがゴ
ードンには、しゃべり方だけで分かった。
「それは機密事項だ。部外者には明かせん」
(あらそう?じゃあ、こういった事は知っているかしら?『チェルノ財団』は、ある人間のために、
旅券ビザを発行させているわよ。さらに、特別なチャーター便を飛ばしている。これ、1か月前
の話ね)
「何だと?その話は初耳だ。チャーター便?どこからだ?」
 ゴードンはフェイリンの言葉に食いついた。彼女の話すことは、まだゴードン達の知らないこと
だったからだ。
(どこから、って言う事は、あなた達にも見当が付くでしょう?『ジュール連邦』国内からは言うま
でもないわ。問題は着いた場所よ。この国の《プロタゴラス国際空港》になっているんだからね)
「どうやって、その情報を掴んだ?」
(セリアがくれたメモリーからね。『グリーン・カバー』の銀行口座の帳簿から、『チェルノ財団』に
飛んで、そこの帳簿の情報も手に入れたの。ほとんど暗号化までされていた企業秘密なんだ
けど、あたしにかかれば簡単なものよ)
「それの情報をこちらに送ってもらえないか?」
 ゴードンがフェイリンに尋ねるが、
(ええ、いいわよ。でも、まだ解析していないデータの暗号もあるの。だから、できれば、何だけ
れども)
 フェイリンが、ゴードンの口調を探るかのように尋ねてきた。
「何を言いたい?」
(その。この情報、もしかしたら、ヤバい情報かもしれないのよね?あなた達って、テロ対策本
部なんでしょう?だから、もしかして、あたしが調べちゃった情報って、テロリストと関係がある
んじゃあないかって)
「保護してほしいという事か?」
 ゴードンはフェイリンの口調から、彼女の申し出をすぐに見抜いた。
(ほら、あたし、そこで少しの間協力して働いた事もあるし、今も大事な情報を持っているのよ。
だから)
「言っておくが、今は厳戒態勢下だ。私の元に来るまでに、不愉快な思いをするかもしれない
ぞ。それに、君を再び協力させる事ができるとは限らん」
(それでも、OKだから。あと、できれば、迎えもよこしてくれればと)
「そこまでするのか?」
(だって!もしかしたら、あたしが持っている情報は、本当にヤバいのかもしれないよ?もし、
途中でテロリストに襲われでもしたら)
「分かった。分かったから。迎えをよこす。それまでに、我々に今までに解析した情報を転送し
てくれ。分かっているとは思うが、フィルタリングしてな」
(ありがとう。絶対、役に立って見せるから!)
 と、フェイリンが言い終わるのが早いか、ゴードンは通話をオフにしていた。
「何だったんですか?」
 通話が終わると、横からデールズが訪ねてきた。
「ある意味、売り込みだな。やれやれ。民間人の面倒を見てやらなければならない事になりそう
だ。もちろん、こいつの持っている情報が、役に立つ場合だけだけれどもな?」
 と、ゴードンが言った直後だった。
「ゴードン将軍!」
 彼のオフィスから見渡せる対策本部から、分析官の一人が声を上げた。
「どうした?」
「たった今、匿名の名前で情報提供がありました。ウイルスチェックをしましたが、特に問題が
ありませんので、開封したところ、旅券ビザと、入国記録の情報です」
 対策本部の分析官達は、基地内の大きな倉庫のような場所に詰めていて、吹き抜けとなって
いるゴードンのオフィスから見下ろせる位置にいた。
「モニターにそれを映し出してみろ」
 わざわざ匿名の名前だが、メールを送って来たのは今電話に出たフェイリンだろう。ゴードン
はすぐに理解した。
 ゴードンが分析官に言うと、テロ対策本部の大きなモニターの一つに、旅券ビザと、入国記録
の情報が流れる。
「『ジュール連邦』からの入国記録のようだが」
「何か、ありますね。『ジュール連邦』。『チェルノ財団』。それと、1か月前の入国だったら、それ
は、ちょうど首都へのテロ攻撃が始まった時じゃあないか」
「パスポートの写真が出ます」
 分析官がそう言った直後、そこに、パスポートの写真が大写しになった。
 そこに映ったのは、いかにも『ジュール連邦』、それも、『スザム共和国』地方の出身の男の
姿だ。
 髭を生やしており、年齢は30代ほどだろうか。頬や目元の堀が深く、鋭い眼光をしているた
めに、はっきりとは分からない。
 只者ではない。それは顔を見れば明らかだった。
「何者だ?まず犯罪者リストと照合してみろ。特に『ジュール連邦』の方を当たれ。テロリストが
最優先だ」
 ゴードンがすかさず分析官に指示を出した。だがその横で、デールズが目を見開いている。
 すぐそれに気がついたゴードンは彼に尋ねた。
「どうした?マクルエム」
「この男です」
 傷ついた額から、まだ流れ落ちている血を押さえるのも忘れ、デールズは言っていた。
「何だと?」
「オットーの家を爆破し、我々の目の前で攻撃を仕掛けてきた男は、正にこの男です」
 ゴードンがデールズの顔を覗き込んだ。そこでようやくデールズは自分の額から流れている
血に気づいてそれを拭いた。
「本当か?」
「ええ、間違いありません。この顔はそうに違いない。この髭は変装でしょう。ですが、目元と顔
は変わっていない」
 デールズの顔は、確かにこの男こそ、自分を襲った人物だと確信しているようだ。そう判断し
たゴードンは、即座に部下達に指示を出した。
「即座にこの男を指名手配に出せ。デールズが襲われたのが、ほんの1時間以内だとすれ
ば、《プロタゴラス市内》から外に出たという事はないだろう。それに、奴は何かを探していると
言った。
 捕えている、『グリーン・カバー』の幹部に聞き出せ。オットーは何を所持していたのかを。知
っていれば、この男の正体についても聞き出せ。それは、マクルエムに任せた」
「了解」
 そう言うなりデールズは、医務室ではなく、『グリーン・カバー』の幹部を捕えている勾留施設
へと走っていった。
 ゴードンのオフィスの吹き抜けの眼下では、分析官達が慌ただしく動き出した。
 どうやら、1か月前から起きているテロ事件は、今、リーとセリアが任務に当っている、ジョニ
ー・ウォーデンとスペンサーという男を捕らえただけでは終わらない。
 それは、このパスポートの写真が写されている男の眼を見るだけでも分かった。
 彼はまるで、爆弾のような危険な匂いを漂わせて、このテロ対策本部を見下ろしていた。



《天然ガス供給センター》
3:15A.M.



「セリア!てめーは!」
 口を塞がれて、パイプ類の陰に引きこまれたジョニーは、口を塞いでいる手がセリアのもの
だと知った。
「しーっ、静かにしなさい。私はあんたをここから助けに来たのよ」
 セリアは、静かな声でジョニーの背後から言ってくる。だがそんな彼女の言葉を、ジョニーは
鼻で笑った。
「助けにだと、冗談じゃあねえ。セリア。お前の事は調べたぜ。“潜入捜査用”の偽造した身分
じゃあねえ。きちんと軍でのキャリアを調べさせてもらったぜ」
 ジョニーはセリアの手の中でそう呟いていた。
「静かにしていなさい!あいつから、あんたを助けるためにここに来ているのよ。無駄口を叩か
ない!」
 セリアはそう言うと、ジョニーの体を無理矢理引っ張っていく。ジョニーはセリアよりもずっと大
柄だったが、そんな彼の体をひっぱってく事が出来るセリアの力は、一体どこから出てくるの
か。
 だが、セリアが『能力者』だとすれば、その力にも納得する。
 この女は普通じゃないんだ。それをジョニーは改めて思い知らされた。
「あのスペンサーという男との会話は、全部聞かせてもらっているわ。あんた達の取引が決裂
してしまっている事もね。それで、あんたは、今では命を狙われている」
 セリアが向かっているのは、この供給センターの古い建物の出口だ。
 このまま、セリアに従って、連れていかれて良いものか? ジョニーは考える。
「それで、オレを助けようっていう寸法かい?だが、お前達の軍が必要としているのは、オレの
命じゃあねえよな?証言か?それとも、オレの『能力』だってのかい?」
 ジョニーはそう言い放つなり、素早く手を伸ばして、供給センターの旧施設の建物を支えてい
る柱に触れた。
 すると、突然その柱はジョニーが触れた周囲のみが溶け出し、セリアの頭上に崩れてくる。
「ジョニー!」
 突然の出来事に動揺したセリアの手を振り払う。セリアは、崩れてくる柱から身を守らなけれ
ばならず、素早く飛びのいた。
 ジョニーは柱の向こう側に逃げてしまっている。セリアの目の前には、柱が立ちふさがってし
まっていた。
「あんたを助けるって言っているのよ!逃げたら命はないわよ!」
 と、ジョニーに向かって言い放つセリアだったが、その時、セリアは、何かが自分の方へと迫
ってくる音を聞いていた。
 耳の中の集音器が、施設内のパイプから音を集めている。
 その音は、何か、金属がパイプに当たる音だった。その音が迫って来ている。
 セリアは素早く警戒した。その音が、自分の元へと一気に接近してきているのだ。
 どこからやってくるかが分からない。姿が見えるのならば、とっくに見えている位置にまで近づ
いて来ているはずだった。
 直後その音が、パイプの中から聞こえてくる事に気がついた。
 パイプから、何かが迫って来ている。セリアは、パイプの出口になっている部分に対して身構
えた。
 突然、その口から銃口が飛び出して来て、すかさずセリアに向かって銃弾が発射された。
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