レッド・メモリアル Episode07 第8章



「“神の鉄槌”だと?そんな言葉を私は聴いた事も無いぞ」
 リーがジョニーの言っていた言葉をゴードン将軍に言うなり、彼はそのように言ってきた。
「ええ、しかし、ジョニーはスペンサー達が言っていたのを確かに聞いたと言います」
 リーは冷静にゴードン将軍に言った。
「なら、何かあるに違いない。暗号解読の線で進めていけ。もしかしたら奴らが使っている隠語
かもしれん。『スザム共和国』、もしくは『ジュール連邦』側の言葉で何かしらのつながりがある
かもしれんな」
 と、答えるゴードン将軍。するとその背後からこそこそと様子を伺う者の姿があった。それは
フェイリンで、彼女はどの間に入っていたらよいものかと、ゴードン達の様子をうかがっている
ようである。
「何だ?どうした?」
 それに気が付いたゴードン将軍が苛立ったように背後を振り向いた。第一、彼女はこの場に
呼ばれてきただけで、ゴードンからしてみれば、そのコンピュータ技術さえ無ければとっとと出
て行ってもらいたかったからだ。
「あのう。その“神の鉄槌”って言う言葉なんですけれども」
 おどおどとした様子でフェイリンが言ってくる。しかし彼女がかけている眼鏡の向こう側には鋭
い光が見え隠れし、何かを狙っているかのようにも見える。
「すぐにこの基地のデータと照合したところ、この基地でヒットがあったんですが」
「何だと?この基地で?」
 フェイリンの言葉にすぐにゴードンは反応した。
「こちらです」
 フェイリンはポータブルタイプのデッキを使って、ゴードンとリーの前に画面を表示する。そこ
には赤枠で囲まれた画面が表示されており、中心には、“最重要機密事項”という表示が現れ
ていた。
「『エンサイクロペディア計画』という項目で、“神の鉄槌”という言葉がヒットしましたが。これ以
上先の防壁が硬く、破る事ができません」
 フェイリンは画面を指示してそう言った。
「『エンサイクロペディア』(百科事典)だと?そんな計画を聞いた事などないぞ。私がこの基地
の司令官に就任する前の機密計画か?いや、だが、最後の更新が1週間前になっている。古
い計画ではないようだが」
 と、ゴードンが言った。
「つまり、この基地の最高司令官であるあなたも知らない、この基地で遂行中の計画を、スペ
ンサー達は知っていて話していた。そして、『エンサイクロペディア計画』というものは我々でも
入る事が許されない計画という事ですか」
 リーは現状をまとめるかのように答える。だがゴードンは納得がいかなかったようだ。
「この基地で計画中の任務や計画は、全てこの私や将軍達の許可が無ければできん!こんな
勝手な計画が何にせよ、あるなど知らないぞ!」
「あのぅ、最近アクセスした人物なら特定することができるんですけれども。このページにアクセ
スした人物でしたら、履歴が残っているはずですから」
 ゴードンの剣幕に、おどおどとした様子でフェイリンが言った。
「ああ、さっさと調べろ」
 ゴードンはそのようにフェイリンに言い放った。まるで厄介払いをするかのような口調だった。
 だがリーはフェイリンの座っているデスクに付いて行き、彼女と同じように画面に見入った。
 フェイリンはキーパットを素早く叩いて、ものの1分もかからずにそこに名前を表示させた。
 最重要機密事項と言う割には、アクセスはまばらで、アクセスすることができた人物も非常に
少ない。しかしそのほぼ全てが将軍職に就いている人物だった。
 そこに並べられている名前を素早く読み取り、リーは声を上げた
「将軍!狙われた高官達のつながりが分かりました!」
「何だと!」
 すぐにゴードン将軍がリーとフェイリンのいるデスクに駆け寄ってくる。
「この履歴。マティソン将軍、テイラー将軍。2人ともこの『エンサイクロペディア計画』にアクセス
しています」
「二人とも兵器開発部門に属している将軍だ。『エンサイクロペディア計画』とはもしかしたら兵
器開発関連の計画なのかもしれん。だが」
 と、ゴードン将軍は考え込むそぶりを見せつつ言った。
「ファラデー将軍、テイラー将軍もこのデータにアクセスしています。彼らも『キル・ボマー』に狙
われる危険性がありますよ。『キル・ボマー』はこの計画に関する何かを狙っているのかもしれ
ない」
 二人とも、この《プロタゴラス空軍基地》の高官だった。リーもゴードンも顔と名前が一致する
人物だった。
「大至急だ!ファラデー将軍、および、マティソン将軍の自宅に部隊を派遣しろ!二人の身を
守るように伝えるんだ。」
 ゴードンが命令を飛ばし、テロ対策センター内部は緊張感に包まれた。そんな中、
「リー。お前は、ファラデー将軍の部隊を指揮しろ」
 ゴードンはリーだけに命令を出すのだった。
「『キル・ボマー』は『能力者』であるとして動いた方が良いでしょう。この基地で『能力』を持って
いるのは、私と、デールズと、セリアだけだ。セリアの力を借りたいのですが」
 リーは命令を出したゴードンにそう言った。しかしゴードンはそれを断固として否定する。
「駄目だ。セリアは命令無視で拘束している。起訴されるかは分からんが、元々正規の任務で
はないんだからな。任務に戻すわけにはいかん。
 マティソン将軍の方にはデールズを行かせる」
 と、ゴードンははっきりと言うのだった。
 リーは慌ただしくなっているテロ対策センター内で、デールズの姿を見やった。彼は確かに有
能な人材だったが、現場指揮の経験はまだ少ないだった。
「デールズを?お言葉ですが」
「なら、非能力者を行かせて余計な犠牲を出すと言うのか?デールズはお前と違って、一度
『キル・ボマー』に遭遇しているのだぞ」
 ゴードンはリーにそう言い放ち、彼らをさっさと行動させるのだった。



 《プロタゴラス空軍基地》に戻ってくるなり、命令無視と職権乱用の罪で拘束されたセリアは、
周りの状況は全く分からない中にいた。
 外で何が起こっているのかもわからない。ここはあまりに隔離されてしまっていて、室内にセ
リアを放り込んだ兵士達が出て行ってしまった後、彼女は数時間も隔離されたままだった。
 セリアがこのような目に遭うのはこれが初めてではない。正式な任務についていた軍役時代
には何度か経験がある。
 行き過ぎた捜査。命令無視。それがセリアを退役へと追いやった。
 今もそうだ。だが、セリアは自分を改めようとはしなかったし、それはこれからも変わる事は
無いだろう。
 だから今はこの場に放り込まれても当然なのだ。
 そして、セリアに後悔も無かった。
 やがて拘束室の扉が開き、そこに一人の女が姿を見せた。それはフェイリンだった。
「あら?何しにやってきたのよ?」
 と、セリアは自分の目の前に現れた彼女に、少し拍子抜けしたかのような口調を見せた。
「あの、あなたはもうすぐ釈放されるそうだから、その、面会って言う事で」
 フェイリンはポータブルタイプのコンピュータを抱え、何やら不安げな様子だ。拘束されている
セリアに同情でもしているのだろうか?
「あらそう?あなたがここに残って、私が外に出る。何とも皮肉な話じゃあ無いの」
「でも、ゴードン将軍によれば、釈放はするけれども、あなたはここに残すそうで」
 セリアに対して答えにくそうにフェイリンは答えた。
「はあ?私は《天然ガス供給センター》を丸々吹き飛ばしているのよ?」
 苦笑いを見せながらセリアは言った。だが、フェイリンの方はと言うと、じっとセリアの顔を見
つめて言ってくる。
「それは、捜査の為には必要な事だったんでしょう?どうやらそれが上で認められたらしくっ
て、あなたを解任する事は無いんですって」
 そのようにフェイリンが言っても、セリアは嬉しいような表情を見せるつもりは毛頭ない。
「ふん。あらそう。随分コロコロ話が変わるものね。でも、わたしはこれ以上、軍の捜査に参加
する理由なんてないのよ。そう。ただ厄介事に巻き込まれるだけでしかないわ」
 と、セリアは言うのだが、フェイリンはじっと彼女の顔を見つめてから言った。
「あなたの娘さんの事は?まだ解決していないんでしょう?」
 フェイリンは気遣ってくる。だが、セリアは彼女から目線をそらして答えた。彼女に今更、娘の
話を持ち出してほしくなかったからだ。
 フェイリンを追い払いたいという気持ちが無かったわけではないが、彼女は答えた。
「リーの奴にはとっくに使わせてもらったわよ。国防省の身元不明者調査データベースって奴を
ね。それさえあれば、この世界のどこにいる人物をも、簡単に特定できるっていうものをね」
「それで、どうだったの?所在は分かったの?」
 フェイリンは尋ねてくるが、
「いいえ。生きていても死んでいても、正規のルートを介して里子になっていれば確実に。裏ル
ートを通ってきていたとしても、ある程度までなら所在は分かるそうだけれどもね。駄目だった。
 ただ、どの国に行っていたかと言う事は分ったわ。私の付き合っていた男、つまり、私の娘の
父親だけれども、そいつの出身国、『ジュール連邦』に向かった確率が、75%ほどだったわ
よ」
 セリアは事実を答えた。だが、フェイリンにはいちいち気遣われるようなつもりはなかった。こ
れは自分の問題だ。だから、いちいち彼女に追及されたくない。
「ねえ、セリア。あなたが付き合っていた男って言うのは」
 フェイリンが更に尋ねてくる。だが、もうセリアは彼女に答えるつもりはなかった。
「ねえ、フェイリン。あなたは、そんな話をするためにここに来たわけじゃあないんでしょ?きち
んと今起こっている大切な事を言いなさい」
 と、フェイリンにきっぱりとセリアは言うのだった。フェイリンは少しセリアに気押しされたよう
だった。
 大学時代からも彼女にはちらちらと見せていたが、セリアには強硬な所がある。彼女自身も
自分自身のそんな姿には気づいていたが、元から変えるつもりなどない。
 軍でもこの強硬な姿でやり通してきたのだ。これからだってこのスタイルを変えるつもりなど
無いのだ。
「あなたが拘束されてから、二人の将軍の名前が浮かび上がったの。ファラデー将軍とテイラ
ー将軍と言う人。それに狙われたマティソン将軍達との共通点が浮かび上がってきたのよ。そ
れが、『エンサイクロペディア計画』っていう計画らしいの。わたしが突き止めたわ」
 と言って、フェイリンはセリアに向けて『エンサイクロペディア計画』のトップ画面を表示した、
ポータブルパネルを見せた。
「聞いた事の無い作戦名ね」
「ゴードン将軍も、この作戦については何も知らないらしいの。でも、4人の将軍は確かにこの
作戦のページにアクセスして、ごく最近の履歴も残っている」
「それが、『キル・ボマー』とかいう奴に狙われている理由だとしたら、残りの3人の将軍を保護
しなければならないわね」
「実は、あの後、テイラー将軍が自宅ごと爆破されてしまったの。助からなかったわ。つまり残
った将軍は2人。今、急いで軍が保護と移動のための手配をしている」
「その作戦の指揮をしているのは?」
 すかさずセリアは尋ねた。
「あなたをここに連れてきた、あの男よ。あなたと同じで、まんまと任務に戻っているの」
 フェイリンは、リーの事は気に食わないと言った様子で答えた。多分、自分の娘の事を使って
利用しようとしている、リーの事が気に食わないのだなとセリアは思う。
「じゃあ、私もその保護の作戦に参加させてもらおうかしら?」
「もう、いいんじゃない?セリア。これ以上関わっていっても」
「いいえ、違うの」
 気遣うフェイリンを制止しながらセリアは言い、その場の椅子から立ち上がった。
「あのリーとか言う男だけれども、どうも私を捜査以外の目的で利用しようとしている気がしてな
らないのよね。わざわざ私なんかを指名して捜査をさせているのも、娘の追跡調査をさせるの
も、どう考えても不自然。
 もしかしたら、あいつは私の娘の事をもっと知っているんじゃあないかとも思えてくる。もしか
したらそれを関連して、あいつは私を利用しようとしているんじゃあないかと思うの」
 セリアがはっきりとそう言った事で、フェイリンは逆に心配してしまったようだ。
「そ、それは何で?」
「さあ?わたしにも分からないわよ。ただ、リーと言う奴から全てを聞きだすまでは、私は彼へ
の後を追うわ。この軍の本部にいさせてもらう事ができる限りわね」
 とセリアが答えた時、彼女を拘束している部屋の扉が開かれた。そこに一人の軍人に伴わ
れて、ゴードン将軍も姿を見せていた。
「セリア・ルーウェンス。お前を釈放する。理由はお前の捜査が正当なものだとみなされたため
だ。《天然ガス供給センター》の爆破は、全ては『チェルノ財団』の責任だ。我々軍は、彼らが一
連のテロ事件のバックにいると見ている」
 ゴードン将軍はぶっきらぼうな様子で言った。本当はセリアのしたことを認めたくは無いのか
もしれない。
「じゃあ、すぐにここから出していただけますか?」
 早速と言わんばかりにセリアは言った。彼女自身ずっとこの場に詰め込まれていて、いい加
減外の空気を吸いたい気分だったのだ。
「ああ、構わん。それと、お前に更に協力を頼みたい」
 と、ゴードンは言ってくる。
「協力?何の事です?」
 と言うセリアは、初めからゴードンの申し出を聞きたくは無かったのだが、とりあえず聞き返し
てみた。
「今、我々は人手不足だ。特に『能力者』のな。軍本部から特殊能力者を派遣して貰う事もでき
るが、この捜査に従事していた者は少ない。
 ファラデー将軍達の保護には、リーがすでに向かったが、同時に二人の将軍を保護しなけれ
ばならない。『キル・ボマー』がどちらも狙っていると言うのならば、『能力者』による保護は必須
だろう。
 デールズをテイラー将軍の保護に向かわせたが、奴は現場指揮官としての能力が不足して
いる」
「だからわたしに行って欲しいと。そう言うんですか?」
 と、セリアは尋ねた。
「ああ、そうだ。現在、この基地には3人しか『能力者』がいない。『キル・ボマー』の『能力』が具
体的に不明な以上はお前に協力してもらうしかないんだ」
 ゴードンに言われ、セリアは考えるようなそぶりを見せる。その態度にはどこか余裕さえも見
えた。
 今、現場で起こっている事など知らず、あくまで部外者としての態度を取ろうとするセリア。だ
が、決断はすでに決まっているようだった。
「ええ、いいでしょう。ですが、条件があります」
「何だ?言ってみろ」
「あの、リー・トルーマン少佐についてももっと深く御調べになって下さらない?彼はわたしを何
かに利用しようとしている気がしてならないんですよ」
 セリアがそう言うと、ゴードンはすぐに頷いた。
「ああ、そうか。では調べよう。あのリー・トルーマンには私もどこか腑に落ちない点が多くてな。
お前と一緒で私も調べようとしていたところだ」
 ゴードン将軍がそう言うと、セリアは彼と共に数時間拘束されていた部屋を後にするのだっ
た。
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―Ep#.08 『抽出』―

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