レッド・メモリアル Episode07 第7章



《プロタゴラス空軍基地》
5:49A.M.



 セリアが《プロタゴラス空軍基地》に戻った時、誰もが自分の方を向いてくる事に、彼女は不
快感を隠せなかった。
 自慢の金髪のロングヘアは一部が焦げていたし、服もところどころ破れて焦げついてしまっ
ている。顔も煤がくっついていた。まるで爆発から命からがら逃げてきてしまったかのようであ
る。
 実際そうだった。セリアは想像も絶するような大爆発から生還してきたばかりなのだった。
「セリア!」
 椅子を背後へと蹴り飛ばすかのようにして彼女の目の前に姿を見せたのは、フェイリンだっ
た。彼女は、とても心配そうな眼を眼鏡の奥に見せながらセリアに近づいてくる。
「フェイリン。この基地の中に入る事ができたのね?わたしは、大丈夫だって。このくらい」
 セリアは、フェイリンの心配を構わなかった。実際、セリアが負っている傷はかすり傷程度で
しかない。
「ゴードン将軍。それよりも、『グリーン・カバー』と『チェルノ財団』の関係は掴めましたか?」
 セリアは対策本部に入って10秒も経つ前に、ゴードン将軍へと言い放っていた。
 ゴードン将軍は、セリアの姿を見て思わず息を呑んだが、すぐにどもりながらも話し始めた。
「あ、ああ。かなり掴めている。今洗っているのがこの人物だ」
 と言ってゴードンは、テロ対策本部の中央画面に表示されている人物を指し示した。
 そこには、さっきセリアがリーに見せられた、ある男の姿が表示されている。まるで対策本部
を睨みつけるかのような顔でその男はこちらを向いていた。
「この人物。どこかで見た事がある気がするのよね」
「今、軍の記録を洗っている。特に『ジュール連邦』方面のな」
 と言ってきたのはリーだった。
「出ました!」
 誰かが口を開いて言った。それは対策本部内にいる、大型サーバと直結した画面に向かっ
ている捜査官の一人だった。
「どこのどいつだ?」
 ゴードン将軍が声をあげて尋ねる。
「本名不詳。通称を『キル・ボマー』と言われています」
 その声に、ゴードン将軍はすかさず大型サーバ直結の画面へと近づいた。
 画面は最優先事項を表示するべく、男の顔を最大アップで表示する。
 画面は、リーとセリアから見てもはっきりと見える位置に表示された。
「『ジュール連邦』で、γ0070年〜0075年にかけて、軍事関係者を狙い、爆弾テロを起こした人
物として知られています。『ジュール連邦』側に逮捕記録が無いことから、おそらく彼は未だに
野放しになっていると思われます」
「こんな奴が、我が国に入国したのか?1カ月も前の話だぞ。国内で起こっている爆弾テロも、
こいつの犯行なんじゃあないのか?」
 ゴードンが声を上げて尋ねる。
「そう決めるのは早計かと。ですが、『キル・ボマー』の手口は我が国内で起こっているテロと似
ています。
 彼が今まで逮捕されなかったのは、現場にほぼ証拠が残っていなかったためで、足取りがつ
かめなかったせいです。これは我が国でのテロと同じ」
「だったら、ほぼ決まりだろう」
 と、ゴードンはその場にいた皆に言った。室内にいる全ての者達に向かって声を張り上げ
る。
「『キル・ボマー』と『チェルノ財団』との関係は明白だ。今後はこの双方から捜査を進めてい
け。もちろん『キル・ボマー』逮捕に全力を注ぐのだ。奴をとらえれば、『チェルノ財団』の目的も
明らかになる」
「我々は、『キル・ボマー』の居所を突き止めたいと思います」
 と、リーがゴードンの横から言った。しかしその言葉にゴードンは顔をしかめた。
「何だと、ちょっと待て」
 上官の命令の前にリーが行動しようとしている。それはゴードンにとっては気に食わない事だ
し、上官、それも将軍の命令には絶対服従のはずなのだ。
 さらにセリアもリーの背後にいることから、ゴードンは二人に言った。
「セリア。お前も待て。リーの報告によると、《天然ガス供給センター》を爆破したそうだな?」
 セリアはゴードン将軍に背を向けたまま立ち止まった。
「捜査のために必要な事でした」
 少しゴードンの方を振り向いてセリアは言った。
「ああ、だが、供給センターを爆破しろなどという命令は下していない。たとえ、その供給センタ
ーが『チェルノ財団』の建設によって建てられたものだとしてもな。ガス供給センターは、この国
の会社の所有物なんだ。これがどういう事か分かっているだろうな?」
「兵舎送り?それとも逮捕でしょうか?」
 セリアはまるで面白いものを尋ねるかのようにゴードンに尋ねた。
「おい、トルーマン少佐。お前もだ。セリアをここに連れてきて、捜査に参加させたのはお前な
んだぞ。この責任はお前にもある」
 だがリーは、
「あの《ガス供給センター》は、この国の企業の所有物ではあるが、スペンサー達が自由に出
入りしているようだった。テロリストの活動拠点と考えて差し支えないでしょう?セリアはそれを
抑えただけです」
 リーはあくまで感情を見せずにそう言った。ゴードンの方が上官なのにも関わらず、彼の方が
言葉に威圧感があるほどだ。
 ゴードンとリーの間に空気が張り詰める。恐らく誰もその間に割入る事は出来ないだろう。し
かし、そんな空気の間に一つの声が響き渡り、緊張感は解けた。
「将軍!」
「何だ?」
 向こうから歩いてくる一人の軍服姿の人物に、ゴードンは苛立ったように尋ねた。
「緊急事態です。《プロタゴラス》市内にある、テイラー将軍の自宅が爆破されました。テイラー
将軍とその家族も巻き添えになり、生存者はいない模様」
「何!マティソンだと!」
 驚いたようにゴードン将軍は言い放った。
「テイラー将軍は、この基地の兵器管理部門の一人だ。これは暗殺と考えていいだろう」
 リーがセリアに耳打ちをするかのように言った。
「この『キル・ボマー』は、『ジュール連邦』内で、連続爆破テロを行った奴だ。そんな奴が、我が
国に入国してきた直後、この基地の将軍が暗殺されたんだぞ!これは必ず何か関係があるは
ずだ!」
 ゴードンは声を張り上げてもう一度言い放った。
「4つの班に分ける!1つは『キル・ボマー』を捜索する班。1つは『チェルノ財団』を更に追求す
る班。そして『グリーン・カバー』の情報を更に洗う班。最後は、マティソン将軍の事件と、『キ
ル・ボマー』との関係を洗う班だ!」
 そこまでゴードンが言い終えると、対策本部にいた者達は一斉に行動を始めるのだった。
 だがその中でリーとセリアだけは動く事が出来ないでいた。じっと傍から見つめるデールズと
フェイリンの前を、4人の軍服を着た者達が通り過ぎる。
「悪いなセリア。お前がした事は確かに必要な事だったかもしれん。だが、こうする事が軍なの
だ。私も逆らえん」
 セリアの背後から二人の軍人が彼女を拘束しようとする。リーも同様だった。
「将軍。あなたは何も悪くないですよ。悪いのはこの人。勝手に私を連れてきて、さんざん捜査
をさせて、挙句の果てに逮捕ですって?笑っちゃうわ」
 セリアは本当に半分笑いながらそのように言っていた。
「二人を拘置所へと連れていけ。尋問は後でやる」
 ゴードンはセリアとリーを拘束した二人の軍人にそのように言い放った。
 すると二人は物言わぬ軍人たちに背後を固められたまま、テロ対策本部から連れ出されて
いってしまった。



「全く。石頭な連中だな」
 コンピュータ画面上に表示していた画面から、《プロタゴラス空軍基地》のテロ対策本部の監
視カメラの映像を見ていた男が、一言そう言った。
 彼は油断のない眼をじっとコンピュータ画面へと注ぎ、どうしたものかと考える。
 しばし、指で机の上を叩いた後、彼は考えを出した。
 通信機はすでにセッティングされている。彼は耳にもすでに通信型のイヤホンをはめこんで
おり、これが彼の活動をサポートしていた。
 すぐに彼が求める場所へと通信は繋がる。
「ああ、俺だ。悪いんだがな。この電話を急いで『タレス公国』国防総省へとつないでくれ。あ
あ。そしたら、副長官へと緊急の用事だと伝えて欲しい。いいか?これは『組織』からの命令
だ。副長官に急いでつなげろ」
「副長官はただ今会議中です」
 電話先に出てきた副長官の秘書らしき人物は、非常にそっけない声で言ってきた。
 だが男は構わなかった。
「会議中でも何でもいい。俺からだという事を伝えろ。出る気になるだろ?」
「はい。ただ今」
 秘書はすぐに納得して、しばらく電話で男を待たせた後、電話先に“副長官”を出した。
 “副長官”が電話に出てくると、男はすぐに決めていた言葉を言い放った。
「リー・トルーマンの即時釈放命令を出す。これは『組織』からの命令だ」



《プロタゴラス空軍基地》
6:44 A.M.



 リー・トルーマンが拘束されている個室にゴードン将軍が現れ、彼の目の前のテーブルにい
きなり書類を差し出した。
「これは、どういう事だ?」
 突然言ってくるゴードン将軍。だが彼に対して、リーはいつもながらの感情を込めないサイボ
ーグのような顔で答えた。
「突然、何を言っているのか分かりませんが?」
 と、リーが答えると、今度はゴードンは差し出した書類を手に持ち上げて、見せつけるかのよ
うに言ってくる。
「これは、国防省の、副長官からのお前への即時釈放命令書だ!まだ日もろくに登っていない
この時間に発行された」
「ほう。では、私はこの場所からすぐに釈放されるわけですね」
 リーは敬語を使って答えたが、あくまで言葉づかいをそうしただけで、まるで敬意は払われて
いないように聞こえる。
「命令書によればだがな。だが、私はこんなものは認めん。お前が拘束されている事は他には
知られていないんだぞ。なのに、なぜ副長官はこの事を知って、しかも釈放命令書などと言うも
のを出すんだ?」
 苛立ったかのようにゴードン将軍は言ってくる。
「私に聞かれましても困りますね」
 と、リーは言ったが将軍は食い下がらなかった。
「手回しが良すぎる。もしかしたら、お前の背後には何者かがいるのではないのか?その何者
かが、将軍に釈放命令書を出させた。私はそう考えている」
 ゴードン将軍にそう言われても、リーは少しも表情を変えなかった。
「答えろ。トルーマン少佐。お前の背後には一体何者がいるんだ?」
「いいえ、どのような者もおりません。私はただ、国に仕えている軍人にすぎません」
 リーはそのように答えた。彼はまるで動じるような様子は見せず、ロボットが返答するかのよ
うに答えてくる。
「嘘はつかない方がいいぞ。トルーマン少佐。君の経歴を全てチェックした。完璧だったよ。も
う、作られたぐらいに完璧さ」
「だったら、問題ないのでは?それに、何故、今私の経歴の話を?」
 リーは答える。しかし、
「せめて、経歴の一つに抜けがあったなら、私も疑わなかったのにな、というくらいに君の経歴
は完璧すぎるな」
 ゴードンは食い下がらずに彼に更に言う。そして、顔をリーへと近付けて言った。
「そんな完璧な経歴を持つ君だ。しかし今回の釈放はどうしても腑に落ちん。何故、今、突然君
が釈放されなければならない?
 君がしでかした事は大きい。人命こそ失われていないのが幸いだが、強硬な捜査は軍では
禁じられている。それを国防省の副長官が許すとは到底思えないな。おそらく君の背後には何
らかの組織があると私は思う。それを突き止めたいのだが、君の経歴からして、国防省を動か
すほどの組織とのリンクは無い。
 君が、元国防省にいたという事を除けばだが?」
 ゴードンがそこまで言葉を並べても、リーは何も答えようとしなかった。ただじっとゴードンと目
線を合わせている。
「君が連れてきたセリアだが、彼女もこうしてここに捕らえられている。だが、君と違って釈放命
令書は出ていない。君だけだ。釈放されるのは。君だけが優遇されている」
 ゴードンは黙り込む事を決めてしまったのか?リーのそんな表情から、何かを見計らってい
るかのような気配を感じた。
 彼は表情も何も変えていないが、何かを待っているかのように見えたのだ。
「トルーマン少佐。お前は」
 と、ゴードンが言った時だった。突然、リーが拘束されている拘束室のブザーが鳴ったのだ。
 それはとても耳障りな音で、思わずゴードンは、
「何だ?どうした?まだ取り調べ中だ」
 と言い放っていた。
「申し訳ございません。ですがゴードン将軍。たった今、緊急事態が発生しました」
 半ば慌てたような声がアナウンスで聞こえてくる。その口調からして、本物の緊急事態だとゴ
ードンは悟った。
「分かった。今すぐに行く」
「緊急事態とは、またテロ事件ですか?」
 ゴードンが答えたのを見計らったかのようにリーは言った。まるで全てを知っているかのよう
にリーの声は落ち着いている。
「さあな?それを今確認するところだ」
 ゴードンはそのように答え、さっさと行動しようとした。が、
「私は、釈放されるのですか?」
 彼の背後からリーが言った。まるで彼を呼びとめ、再確認させるかのような声だ。
 ゴードンはリーが見せてきた強硬な捜査を許すわけにはいかなかったし、今まで見せてきた
彼の態度からもかなりの不審を抱いてきた。
 だから、本来ならばこの場から彼を釈放するつもりはなかった。
 しかし、自分に突きつけられてきたのは、国防省の副長官からの釈放命令書だ。従わなけれ
ば、この拘束室に入れられるのは、今度は自分と言う事になってしまう。いくらリーに疑わしい
所があるにせよ、それだけは御免だった。
「ああ、釈放する。だが覚えておけ。これ以上私の目の前で不審な事をするな。副長官もそう
何度も釈放命令書を出すわけにはいかないだろうからな」
 そうゴードンが答えると、リーは黙って表情も変えることなく拘束室の椅子から立ち上がった。



 ゴードンがテロ対策本部にリーを伴って来た時、まだ朝6時だと言うのに、昨日から勤めてい
る捜査官達は慌ただしい様相を見せていた。
 中央の大型モニターには、黒焦げになり、現在消防活動が続けられている一軒の建物が映
されている。規模からして住宅地にある屋敷だ。金持ちが住んでいた事は間違いないだろう。
 一人の軍人がゴードンの元へとやってきて、彼へとボードタイプのコンピュータを見せた。
「ゴードン将軍。これは、テイラー将軍のご自宅です。テイラー将軍は死亡。家族、現場にかけ
つけた警備会社の人間も巻き添えです」
 ボードタイプの画面にも、爆発して粉々になり、しかも黒焦げになった屋敷が映されていた。
明らかに生存者はいないだろう。
「爆発の原因は分かっているのか?」
 ゴードンは尋ねる。するとボードタイプを渡した軍人は続けて言った。
「いえ、爆発の原因自体は不明です。しかしながら、爆発の数分前に、テイラー将軍の屋敷の
門の鍵が壊されたという通報が警備会社にありました。何者かが侵入した形跡があります」
「付近に不審人物がいたかどうかを当たれ。爆発の原因も探れ」
 ゴードンはすかさず自分の部下にそう言った。
「了解」
 ゴードンの部下は即座に次の行動に移ろうとした。彼が去って行ってしまうと、ゴードンの背
後からリーが言ってくる。
「『キル・ボマー』のやり口ですよ」
「何だと?」
 一言発せられたリーの言葉に、ゴードンは背後を振り返る。
「国防省にいた時に見てきましたが、これは確かに『キル・ボマー』のやり口です。爆発の原因
は不明。しかしながら、堂々と門から中に入っていったという形跡がある。奴がこの国に入国し
てきているのならば、そのやり口に違いない」
 対策本部の中心にある大型モニターを見上げてリーが言う。
「だが、まだ決まったわけではないだろう?」
 と言うゴードンの言葉を聞いてか聞かずか、リーはさらに言葉を並べた。
「奴はほんの1時間前にも、軍の高官を狙った。それもこの基地のです。立て続けに狙われる
理由は?」
 リーはゴードンの方へと目を向けて言った。
「現在調査中だ。先ほど狙われたマティソン中将との関連を探しているが、二人ともこの基地
で、兵器開発部門を取り仕切っている事は知っているな?」
「じゃあ、兵器開発部門の高官へと即座に護衛を配備すべきでは?」
 リーがそう言うと、ゴードンは鼻を鳴らして答えた。
「それはすでに派遣した。だが、まだ全て派遣できたわけではない。今、他の高官達に大至急
警戒態勢を敷かせているが…」
 ゴードンが言い終わるよりも前に、リーはすでに行動していた。
 彼は手近にあった、コンピュータデッキを使い、そこにマティソン中将と、テイラー少将の写真
を表示、その略歴を出していた。
「二人の関連性はありますか? もしかしたら、狙われる理由があるかもしれない」
「おいトルーマン少佐!」
 ゴードンがさっさと行動しようとするリーをとがめる。
「お前にはもっと別の仕事があるだろう? 尋問だ」
 と、一言ゴードンは言い放つ。
「尋問?この私が?」
「ああ。ジョニー・ウォーデンのな。奴を捕らえたのはお前だ。セリアは今は拘留中だから、お前
が尋問するしかないんだよ」
 ゴードンはリーとコンピュータデッキの間に割り込むと彼を制止するかのような姿勢を見せ
た。
「別の者にやらせれば良いのでは?今は、この連続爆破事件の方が重要だ」
「ああ、その通りだ。だが、この連続爆破事件の最有力容疑者、『キル・ボマー』は、『グリーン・
カバー』から割り出された。『グリーン・カバー』はジョニー・ウォーデンとも取引を行おうとしてい
た。つまり、奴は何かを知っているに違いない。
 お前が尋問する価値はあるんだよ。それにファイルを見たぞ、リー」
 と、ゴードンはさらにリーに一歩歩み寄る。
「お前は尋問の経験があるな?国防省にいた時、何度も尋問をしている。記録に残っているの
だから、隠し通せるとでも思ったのか?」
「いいえ。そもそも隠すつもりなどはありませんでした」
 リーははっきりとゴードンに言った。すると彼は、即座にリーに命じる。
「だったら、さっさと、ジョニー・ウォーデンに尋問をしろ。言っておくが、取調室はカメラできちん
とチェックをしているからな。国防省のやり方と言う奴を見せてもらうが、何か問題があったら
すぐに尋問を辞めさせる」
 リーに言うなり、ゴードンは自分の仕事にとりかかった。
「承知しております」
 と言ったリーの言葉も、ゴードンは聞く耳を持っていないようだった。



 ジョニー・ウォーデンは取調室の中に連れ込まれ、尋問が始まるのを待たされていた。
 ジョニー自身は、自分の恩赦と引き換えに全てを話すと言ったはずだったが、恩赦が発行さ
れるような気配はまるでないし、まして釈放などという気配もまるでなかった。
 軍はどうやら取引をするつもりはないらしい。
 これが警察などだったらもっと事が簡単にいくはずだったが、どうも軍ともなってくると勝手が
違う。
 ジョニーは不快だった。せめて、弁護士さえ呼んでくれれば何とかなるというのに。
 ジョニーがそう思っていた矢先、突然、取調室の扉が開き、そこに一人の男が現れた。
 その男はジョニーの知らない男だったが、そう言えば、セリアの情報を調べていた時、彼女
の現在の上司として写真を見た記憶がある。
 あのサイボーグのように表情のない顔と、心が読めない目つきで分かった。
 セリアの上司であるこの男の名前は、確かリー・トルーマンと言ったはずだ。少佐で、この軍
の中ではテロ活動鎮圧や阻止の任務を任されている。
 リーはジョニーとは対照の位置にたった一人で座った。取調室には金属で無機質な扉があ
り、それがジョニーとリーの間に立ちふさがる。
「いいか、俺は何も話さねえ。弁護士が来るまでな」
 ジョニーはただ一言そう発した。そう言っておけば、リーも手出しして来れないだろう。そう思
ったからだ。
 だが、リーはじっとジョニーへと顔を向けたままだった。表情を変えることなく攻めてくる。
 これが、この男の尋問方法なのか?じっと顔を見つめられているだけでも不安になってくる。
さらには攻撃されているかのようにさえ感じられる。
「い、いいか!俺の知っている事は、すべてセリアの奴に話したんだ。これ以上、話す事はね
えからな!」
 ジョニーは声を上げた。弁護士がいる以上は、絶対に相手は手出しをしてくる事はできない
はずなのだ。そう、弁護士が全て味方してくれる。
 弁護士の前では、たとえ軍であろうと自分に尋問することはできない。
 だが、そんなジョニーの声を黙らせるかのように取調室が再び開き、そこから軍人が二人現
れた。
 彼らは何も言わないまま、ジョニーの座っている椅子の背後に回ると、彼の後ろ手に手錠を
かけようとする。
「お、おい!ふざけるな!俺には弁護士を呼ぶ権利がある!人権だってあるんだぞ!この扱
いは何だ!」
「外で待っていろ」
 と、リーは二人の軍人に対してそう命じた。ジョニーの方はと言うと両手に手錠をはめられ、し
かもそれを椅子に括りつけられてしまった。
 二人の軍人が出ていくと、部屋の中に残されたのは、ジョニーとリーだけになってしまった。
「おい!ふざけるなよ!軍がこんな事をやっているなんて知られたら、おめえらはただじゃあ済
まないだろうよ!人権団体だって黙ってちゃあいねえ!」
 と、ジョニーが言い放つのをまるで遮るようにして、突然、リーは何かを取り出してそれを自分
とジョニーの間にあるテーブルの上へと置いた。
 置かれたものは金属で、不気味なまでに鈍く、そして、大きな音が響き渡る。
 置かれたものは2本のペンチだった。
「そ、そんなもので一体、俺に何をしようってんだ!ふ、ふざけるな」
 ジョニーはそのペンチが意味するものを色々と想像し、リーに向かって言い放った。だが、相
手の男はじっとジョニーを見つめたまま、まるで表情を変えるつもりもない。
「歯っていうものは、抜かれても入れ歯をすれば、完全とは言えないまでも元通りにすることは
できる。だが、指は切断されたら、元通りにすることはできない。指っていうのは関節もあるし、
神経も通っていて感覚もある。
 それに、人間の指は他のどんな動物よりも複雑だから、現代の技術でも完全に元通りにはで
きない」
 ジョニーは冷や汗が出てくる自分を感じていた。この男が言っている言葉の意味は一体何だ
というのか?
 リーという男はテーブルの上に置かれたペンチを握ろうともせず、ただ、たんたんと言葉を述
べている。
「だが、歯ならいい。歯ならたとえ全て抜かれても、入れ歯をしておけば元通りにすることがで
きるだろう?それに、歯は抜かれた時は痛いが、歯の内部自体は複雑じゃあないから、入れ
歯で事足りるし、不自由もそんなにしない。お前も同じだよな?」
「ふ、ふざけるな!」
 と、ジョニーは言い放つなり、突然、彼の腕は手錠から解放された。手錠は頑丈な金属でで
きていたものの、彼はその手錠を自分が持つ『力』によって溶かしてしまい、素早くテーブルの
上のペンチに手を伸ばそうとした。
 だが、それよりも早く、リーによって二人の間にあったテーブルは蹴り飛ばされ、テーブルが
ジョニーの体を直撃した。
「弁護士に期待するなら、到着するまでおとなしくしていた方がいいぞ、ジョニー・ウォーデン。
そんなペンチを使うよりも、銃を使ってほしいか?
 こっちは国家の安全がかかっている。人権団体なぞの介入にビクついていられるか!」
 と言って、リーは銃をジョニーへと向けた。
「お前の物体を溶かすという『能力』も、銃の前では役に立たないだろう?」
 リーは銃口を向け、テーブルの下敷きになったジョニーに近づいてくる。
「お、俺は、セリアと取引をしたんだ!『グリーン・カバー』と、スペンサーって奴の事を話せば、
釈放する。恩赦を出すってな!」
 ジョニーは慌てて言い放った。手を前に向けて、撃たないでくれと言わんばかりの様子をみせ
る。
「ああそうか?だが、肝心のセリアはここにはいない」
 だがリーは更にジョニーに対して迫った。
「だが、お前が俺を撃てば、お前は俺以上にひどい目に遭うぜ!」
 ジョニーは最後の切り札のような言葉を言って見せる。だが、リーにはその言葉は全く通用し
なかったらしく、彼は更に迫って来た。
「ああそうか?そうかもな?だが私の今の興味はそんな事なんかじゃあない。お前が、『キル・
ボマー』という男について、何を知っているか、だ。そして、『チェルノ財団』についてもな」
 とリーは言って、更にジョニーに対して迫っていく。
「『キル・ボマー』、『チェルノ財団』だと?」
 ジョニーは聞き返すかのようにリーに尋ねる。リーは、ジョニーのすぐそばにキャスター付き
の椅子を引っ張っていき、その上に座った。
「お前達の雇い主だったんだからな。関連や目的を話せ」
 リーはその膝に銃を置いたままジョニーに話した。
「お、俺達は何も知らねえ。奴が、俺達と同じ雇われた奴だって事以外はな」
 とジョニーはリーから距離を取って話したいそぶりを見せつつ言う。だが、ジョニーがいくら距
離を取ろうとしても、彼の背後には壁があってそれ以上距離を取る事は出来ない。
「ほう、そうか。おめでたい奴だな。自分の置かれている立場も分かっていないとは」
 と言いつつ、リーは銃の引き金を引きかかる。
「お、おおい!ふざけるなよ!俺たちは本当に何も知らないんだ!あ、いや待て!スペンサー
の奴らが話していた言葉を聞いた。それなら知っている。それだったら話す!」
 スペンサーは両掌を前に出してリーに言った。
「それ、だったら、話すだと?」
 ジョニーの言葉に矛盾を感じ、リーは銃口をジョニーの方へと向ける。
「分かっている。全部話す。だが、恩赦も何も無いのか?テロリストの捜査に協力するんだ
ぞ!」
 と、ジョニーは焦って息切れさえしつつ言うのだが、リーは一歩も引きさがらない。
「我々からしてみれば、お前もテロリストだ。恩赦も何も出すつもりなどない」
 リーは一歩も引きさがる事無くそのように言い放った。
「分かった。分かったから撃つな!いいか、よく聴いておけよ?俺はスペンサー達からこんな言
葉を聞いたんだ。奴らがしきりに話していた。“神の鉄槌”って言葉だ。
 何かの暗号か、意味している言葉はさっぱりわからねえ。だが、奴らはしきりに“神の鉄槌”
って言葉を使っていたんだ」
「何?“神の鉄槌”だと?」
 リーはジョニーに再度確認するように尋ねた。
「ああ、そうさ。後は俺たちが手に入れている情報は、今のお前達とおなじだぜ。何せ、ここの
データをハッキングして手に入れたんだからよ」
 ジョニーはにやにやと笑っていたが、リーはまるで何かに突き動かされるように、椅子を背後
へと押し出し、立ち上がると取調室を後にした。
 後には、拍子ぬけたかのように茫然としたジョニー・ウォーデンの姿だけが残されていた。
Next→
8



トップへ
トップへ
戻る
戻る