レッド・メモリアル Episode07 第6章



『タレス公国』《プロタゴラス郊外》
6:13A.M.



 その男は、名前を『キル・ボマー』と言われていた。その言葉は彼にとっては良い響きを持っ
ていた。彼自身はもっと違う親に付けられた名前を持っていたが、それは大したものではなか
った。
 彼自身の本当の名前は、『スザム共和国』では所詮ありふれた名前でしかなかった。むしろ
『キル・ボマー』という名前の方が似合っているし、好きだった。
 ただ、マスコミに付けられた名前と言う点が気に入らなかった。
 今は、そうした細かい事はどうでもいい。今はただ車を運転して、目的を達成するだけだ。
 『キル・ボマー』がすべきことは昔やっていた時と同じでいい。ただ、あの時は、自分で標的を
決め、自分の利益のために動いていた。
 今は違う。
 『キル・ボマー』は、朝の《プロタゴラス》市内を走行し、ある場所へと向かっていた。朝の街の
郊外の空気はすがすがしく、しかも、人通りが少ない。どうやら行動がしやすいようだ。
 ただ、自分が2度も起こした爆弾テロの影響によって、軍によって厳戒態勢が敷かれてい
る。
 この国にやってきて1か月。いかに『スザム共和国』とは違う国であるかが、『キル・ボマー』に
も分かっていた。
 だが行動の仕方も、『キル・ボマー』には大体わかっていた。あの方が用意したマニュアルに
もしっかりと記載されていたが、彼自身の頭脳は、『ジュール連邦』側が思っているよりも鋭い。
 何しろ15年間も隠れ続けてきているのだ。そして今、またある行動に出る事が出来ている。



 『キル・ボマー』の運転する電気自動車は、電気駆動の静かな音を立てつつ、ある家の前ま
でやって来た。
 運が良いと言えるのだろうか?前の爆発からはまだ1時間も経過していない。軍が護衛を送
っている真っ最中なのか?
 あの方や、『グリーン・カバー』側が提供してくれる情報によって、《プロタゴラス市内》の軍の
動きは手に取るように分かっている。
 だから、どこから行動をしていけば良いのか、全て分かっている。
 この《プロタゴラス市内》だけで何人の軍関係者がいる?軍の高官だけでも相当な人数に及
ぶだろう。
 『キル・ボマー』は車を降りながら、これからの手順を確認するかのように動いていた。リモー
トコントロールで車にロックをかけ、堂々と正面から家に踏み込んでいく。
 その相当な人数の軍高官全てに護衛を送るだけでも、相当な時間がかかるに違いない。
 もし、軍が事の真相を掴めば別だが、それには『キル・ボマー』が狙った高官達のリンクが判
明しなければならない。
 それまでにはまだ時間的猶予があった。
 だから、『キル・ボマー』はなるべく自分を落ち着かせながら行動していた。目の前にある家に
押し入るのでさえ、自分を落ち着かせて行動した。
 彼はある家の中へと侵入していった。侵入と言えるのだろうか。『キル・ボマー』は広い屋敷
の門を開く。
 ロックは解除をする必要はなかった。『キル・ボマー』がゲートの鍵に手を触れると、そこで小
さな爆発が起こり、ロックは破壊された。
 多分、屋敷の内部と、警備会社に連絡が行っただろう。だが、警備会社の人間がやってくる
前に、『キル・ボマー』が行動すれば良いだけの話だ。
 屋敷の扉も簡単に開く事が出来た。多分、中では警報ブザーが鳴っているが構わない。それ
より以前に行動をすれば良いだけなのだから。
 彼は屋敷の中に入ると、書斎の中へと移動していった。書斎がどこにあるのかと言う事も、
“あの方”とその下にある組織がよこした図面が、ポータブルタイプの端末に送られてきていて
全て把握してある。
 そして、『キル・ボマー』はすでに別に用意していた携帯端末をチェックした。
 それは微弱な電波を発している、あるものを探し出すために必要な端末だった。ごく僅かに
触れているメーターがあり、それが一定値を超えた時、『キル・ボマー』が探しているものを見つ
けることができる。
 『グリーン・カバー』のオットーの家ではそのメーターが反応する事は無かったが、ここでは違
った。
 微弱な反応が確かにある。この携帯端末は、周辺からの電子機器の情報を受信しており、
あるものだけ、極端に反応するのだ。それだけ、データ量が存在するものを、『キル・ボマー』
は探している。
 家中に警報が鳴り響き始めた。警備会社の人間がやってくるまでは、おそらく5分もかからな
いだろう。
 いや、警備会社だろうか?今の首都の現状を考えると、軍の人間がやってくるかもしれな
い。だが、『キル・ボマー』にとってはそんな事はどうでもよかった。『ジュール連邦』でやってい
た時のように、軍の人間など巻いてしまう事ができる。
 やがて、『キル・ボマー』が持っている端末に大きな反応が現れた。かなり大きな反応だ。こ
れは間違いないと彼は判断した。
 案の定、その反応は金庫から発せられていた。この家の主である人物は、目的であるものを
金庫に隠している。
 それも備え付けの金庫で、開くにはそう簡単にはいかない。電子金庫になっているから、パス
ワードが必要だ。プロでも開くのには時間がかかってしまうだろう。
 その時、
「おい、お前!そこで何をしている?」
 と、一人の男が現れた。その男は銃を構えており、身につけているものと言えばナイトガウン
だけだ。
 今まで眠っていたが、この警報の音で叩き起こしてしまったのだろう。だが、そんな事は大し
た問題じゃあない。
「こりゃあ、悪かったな。ええっと、あんたは、テイラー将軍だっけか?」
 『キル・ボマー』は、自分に銃を向けてきている男の方を向き、そのように言った。相手は将
軍であるという話だったが、それは大した問題じゃあない。
 『キル・ボマー』は思った。こいつがいかに軍で偉い人間であろうとなかろうと、それはどうだっ
ていい事だ。
 こいつ自身よりも遥かに価値があるのは、こいつが持っているものであって、それは今、金
庫の中に置かれているものだ。
 こいつ自身には大した価値もないのだ。
「ああ、そうだ。お前は一体誰だ?」
 テイラー将軍という名で『キル・ボマー』が知っている男は、銃を突き出して、『キル・ボマー』に
接近してきた。
 相手は明らかに警戒している。だが、『キル・ボマー』の方はと言うと、全く警戒する必要など
なかった。
 銃など自分には通用しない。それは彼の強みだった。
 ただ、単純に銃弾のスピードに目がついていくとか、そういった事ではない。超スピードで動く
事ができる『能力者』もいるという事だったが、『キル・ボマー』は超スピードを発揮する事はでき
ない。
 だが、銃弾など彼にとっては怖くなかったのだ。それは、彼が『ジュール連邦』内でテロ事件を
起こしたころからそうだった。
「オレの名前なんてどうでもいいぜ。それよりも自分の心配をしておくんだな。その銃を下せよ。
危ないぜ」
 半ば挑発交じりに『キル・ボマー』は言った。
 その挑発に動じたのかどうかは分からなかったが、相手の将軍は何の前置きもなしに銃を
発砲してきた。おそらく足を狙ったのだろう。銃口が下を向いている。
 だが、将軍が銃を発砲した次の瞬間だった。突如、書斎の火気も何もない所で爆発が発生
し、将軍の体を吹き飛ばした。
 書斎の本棚は巨大な鉄球にでも押しつぶされたかのように潰され、本が紙の破片となって飛
び散った。
 炎が吹き荒れて、書斎の中にある木材の机、本棚、天井を一瞬にして焦がしていく。
 その光景が、『キル・ボマー』にははっきりと見えていた。火災報知機が鳴りだすのよりも早
く、『キル・ボマー』は目の前で起こっている光景をはっきりと視認し、黒こげのあり様となった書
斎にただ立っていた。
 爆発によって書斎は見る影もなく吹き飛ばされていたが、『キル・ボマー』自体は無事だった。
傷一つ負っていないし、火傷も何も彼の体には残っていない。
 だが、行動は急がなければならない。『キル・ボマー』は今の爆発でも金属が焦げただけだっ
た金庫を手にかけた。
 金庫が置かれていた本棚は崩れていて、金庫は重かったが手で取り出す事ができるように
なっていた。
 電子ロックがかかっているが問題ない。あの方の支援があれば、こんな電子ロックなど簡単
に解除することができるだろう。
 どこからともなくサイレンの音が聞こえてくる。屋敷に近づく人の気配もあるようだ。どうやら
警備会社が、表の門のロックが破壊された事に気が付き、この場にいち早く駆け付けたようだ
った。
 事を早く済まさなければならない。
 『キル・ボマー』はもう一度携帯端末を金庫に向けてかざしてみた。すると、確かに反応があ
る。
 金庫の中に目的のものがあるのは確かだ。
 だったら、もうこの屋敷には用は無かった。全て用済みだ。
 屋敷の中に踏み込んでくる物音が聞こえる。銃を突き出し、警備会社の人間が書斎の中へ
と踏み込んでくる。
 しかし、もう遅い。『キル・ボマー』は自分が持っている『能力』を発揮した。
 それは、今では歩く事のように簡単にすることができる。今、将軍が銃を放った時にやった方
法と同じだ。
 ただ、規模は少し大きいだろう。ちょうど、この屋敷の全てを跡形もなく吹き飛ばす事が出来
るほどに。
 『キル・ボマー』の体はオレンジ色の光に包まれる。そして、次の瞬間には、まるで破裂する
かのように彼の肉体から衝撃波が放出された。同時に炎も同じ勢いで放出される。
 爆風と、炎は一気に、屋敷を跡形もないほどに吹き飛ばしていく。彼自身の体は爆発の影響
を全く受けなかったが、周囲は跡形もないほどに吹き飛ばされていく。
 炎と爆風が生み出していく、強烈な爆音は『キル・ボマー』にとっては、さながら演奏会のよう
だった。
 彼は爆風と爆炎を生み出す自分自身が、まるで生まれ変わっていくかのように感じていた。
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