レッド・メモリアル Episode07 第5章


「やれやれ、全く君はとんでもない事をしてくれたな」
 ヘリからセリアを救出したリーは、操縦をしながら彼女へと言っていた。
 救出されたセリアは、特殊部隊の隊員達にヘリまで引っ張り上げられ、その煤だらけで、一
部が焦げた髪というひどい有様を見せていた。
「ああしなきゃあ、ジョニーは救出できなかったのよ。それにスペンサーとか言う奴が、ガスにな
れる『能力』を持っていたなんて言う事を、あなたは知らなかったでしょう?」
 とセリアに背後から言われ、リーはしばしの間黙った。
「このガスセンターの爆破は、軍の責任になる。と言いたいところだが、どうやらそうもならない
かもしれん」
「えっ」
 リーの皮肉めいた言葉を覚悟していたセリアだったが、意外な発言に思わず声を漏らした。
「この天然ガス供給センターは、我々が今注目している組織、『チェルノ財団』の出資によって
作られたものだ。君の派遣してくれた協力者のおかげで、『チェルノ財団』と『グリーン・カバー』
のリンクは明らかになりつつある。このガス供給センターがテロの目的で利用されたのならば、
これも捜査の一環さ」
 派遣してくれた協力者とは、フェイリンの事だな、とセリアは理解した。彼女が『チェルノ財団』
と『グリーン・カバー』をリンクさせてくれれば、それはセリアの助けともなってくれるのだろうか。
「どの程度まで判明したの?」
 セリアはすかさず操縦しているリーに話を聞いた。
「どうやら、何者かがこの国へと入国したようだ。その人物の素性は調査中だが、顔は分かっ
ている。端末を渡してやれ」
 リーが操縦しながら背後にいる隊員に命じると、隊員は煤だらけの様相のセリアに携帯端末
を渡した。
 端末には一人の男の姿が映っている。明らかな『ジュール系』の人種。しかも『スザム地方』
の人間だろう。
「こいつ、どこかで見たような?」
 セリアがそう呟くのを、リーは聞き逃さなかった。
「知っているのか?」
「ええ、多分知っているわ。でも思いだせないけれども。何かの事件の関係者だったような気が
するわ」



 スペンサーは全身にひどい火傷を負いながらも、何とか生き残っていた。
 まさかガス供給センターを丸ごと爆破されるとは思っていなかった彼は、ある場所を目指して
いた。
 自分自身もガスのような存在でなければ、おそらく爆発で死んでいただろう。空気よりも軽い
ガスに自分の肉体を変えてしまう『能力』が無ければ、上空に飛び上がって逃れる事もできな
かっただろう。
 だが、全身にダメージを負っていては『能力』の力も上手くは働かない。
 スペンサーは“あの方”に警告されていた。
 負傷した状態で『力』を使用し、自分の肉体を気体化しても、元通りになれなくなってしまう可
能性があると。
 だから今スペンサーは、身を守るために自分の『力』を使わなかった。
 いや、むしろ使う事が出来ないのだ、負傷している状態では気体になる事が出来ない。体力
を大きく失ってしまったせいかもしれない。
 だが命からがらスペンサーは、ブレイン・ウォッシャーが待っているはずの駐車場までやって
来る事が出来た。
 これで何とか逃げられる。
 あの方は、この自分の失態を許しはしないかもしれないが、それ以前に海外に逃れてしまえ
ばよいのだ。
 もう逃亡の手筈も立ててある。いつでも出発できるだろう。
 スペンサーは駐車場に停車している一台の車のドアノブを握り、素早く扉を開いた。
 全身が気体になったばかりで全裸と言う何とも情けない姿を、ブレイン・ウォッシャーにさらす
ことになるが、着替えをしている暇は無かった。
 車の中へと乗り込んだスペンサー。だがそこで彼は奇妙な事に気が付いた。
 車の中にいる人物が違う。ブレイン・ウォッシャーではない。男だ。彼女の姿はどこにもない。
 その人物が誰であるのか知った時、スペンサーは思わず口走っていた。
「お、お前は!」
 その直後、スペンサーの目の前にいた男はオレンジ色の光に包まれたかと思うと、次の瞬間
に大爆発を起こしていた。
 スペンサーは間近でその爆発に巻き込まれ、気体になどなっている暇もなく消失していた。
 車の屋根は上空何十メートルまで持ち上がり、轟音は周囲にまで響き渡る。オレンジ色の炎
が、ガス供給センターの火災とは別の場所でも舞い上がった。



「おい、何だ?どうした?」
 その爆発音は、離れた場所をヘリで航行中だったリー達の耳にも聞こえてきていた。
 ガス供給センターの爆発とは別の方向で起こった爆発音に、セリア達は素早く目を向けた。
 すると、山間部の道路の一角から炎が立ち上っていた。どうやら爆発が起こったらしく、その
規模もかなりのものだ。車数台は楽に吹き飛ばせるだろう。
「どうやら爆発が起こったようね。この距離ではいくらなんでも、ガス供給センターの火が引火し
たようには思えない」
「都合よく起こったガス爆発には思えんな。現場に部隊を派遣するように命じる」
 セリアは頷く。
 どうやら、事件は予想以上に進展してしまったようだぞ、とセリアは不安になっていた。
「基地に戻るの?」
 とセリアは尋ねる。
「ああ、そうだ。これ以上ここにいても仕方が無いし、別の場所で起こった爆発は部隊を送る。
ああ、そうそう。ジョニー・ウォーデンはしっかりと捕らえたから安心しろ。これから基地で尋問
だ。我々は彼の証言から、『チェルノ財団』と『グリーン・カバー』とのリンクを調べる」
「わたしも、捜査に参加させてもらうわよ」
 とセリアが言うと、リーは意外そうな声で答えた。
「君からその言葉を聴けるとはな。君の役目は、ジョニー・ウォーデンを捕らえた所で終わった
はずだが」
「いいえ、事件はちっとも終わっていないでしょう?むしろ、これから何かが起こる気がしてなら
ないわ。スペンサーの奴だって死んだかどうかわからないし、結局のところ、黒幕の正体さえつ
かめていないんだから」
 とセリアは感情を表さないような表情で答えていた。だが、リーはセリアの言葉から何かを察
しづけた。
「もしかしたら、君は何かの目的があるのではないか?だから私達の捜査に付いてこようとして
いる」
「あんたに何が分かるって言うのよ。協力してあげるのよ?文句でもあるっていうの?」
 セリアはリーに対して凄む。ヘリの中にも響き渡るような声に、皆の注目が彼女の方へと向
けられた。
「いいや、無い。だが隠している事があったらきちんと話しておけ。それだけは言っておく」
 と、リーは一言だけ言って、後はヘリの操縦に集中してしまったようだ。



 男は、スペンサーを爆発に巻き込ませて始末した後、何事もなかったかのように別の車を手
に入れて、《プロタゴラス》市街地に向かって進んでいた。
 男は、爆発を至近距離で巻き込まれていたはずだったが無事だった。火傷はおろか、爆発
による破片の散乱によって傷一つさえ負っていない。
 それこそ、男にとっては最大の武器であったし、あの方に信頼されている理由でもあった。
 男は携帯電話のイヤホンを取り出し、それを耳に取りつけた。さっそく報告だ。自分をこの場
所へと導いていただいた、あの方にすぐに報告をしなければ。
 あの方は、男の期待に応えるかのように、すぐに電話先に出てくれた。
「事は済んだか?」
 さっそく、あの方は自分に尋ねてくる。男はすぐに答えようとした。
「はい。全ては済みました。次のご指示を頂きたく、お電話をさせていただいています」
 もともと、ろくな教育を受けてこなかったから、敬語と言うものは苦手だったが、精一杯の敬
語を使って答えようとした。
 何しろあの方は、世界でただ一人、自分を認めてくださったお方なのだから。
「そうか。よくやった。やはりお前に任せて正解だった。スペンサーでは、駄目だ。奴はこちらの
世界で暮らした事はないし、何事も全て金勘定で済ませようとする。
 我々に、必要な武器を提供してはくれたがな。所詮はそこまでだ」
 あの方が言ってくる非常な言葉に、男は聞き入る。彼として見ても、スペンサーの事は同感だ
ったが、あの方にスペンサーのような扱いを受けないためにも、精一杯働いて、期待に応えな
くてはならない。
「後は、私にお任せを」
 少しの間をおいて、あの方は話し始める。
「まずは、リストに載っている者達から、鉄槌の情報の在処を探れ」
「ええ、このリスト分を回るだけでしたら、今日中に全てが整うでしょう」
 男は、車の中に画面を表示させ、名簿のようになっている名前を見つめていた。
「そのリストの人物達から、『神の鉄槌』と呼ばれているものの在処を聞き出せ。だが、鉄槌は
それだけでは機能しない。次に必要になって来るものが鍵だ。スペンサーの奴が一つの鍵は
入手しているが、それだけでは足りん。残りの鍵は、お前が直接リストの人物から聞き出すし
かない」
 リストに載っている人物達の名前をもう一度見返す。4人の名前がそこにはあった。
「承知いたしました」
「では、我々の目的が達成されるまでしばらくは連絡を絶つぞ。お前の報告は、“鉄槌”が下っ
た時に我々に知れる事になる」
「はい。わたくしにお任せください」
「では、武運を祈っているぞ」
「ありがとうございます」
 電話は、あの方から切られた。
 これで、二度とあの方と会話する事はないだろう。だが構わない。あの方へと自分の全ての
行動が知れ渡るのならば、電話による会話など不要だ。
 全ては行動によって示せばそれで良い。男には分かっていた。
 《プロタゴラス》市街地からはまだ距離があるが、今日の日が昇るまでには到着する事ができ
るだろう。
 そして今日中に、自らの手で“神の鉄槌”を動かす事ができるはずだ。
 その“鉄槌”こそが、今までの自分の人生の罪も、行動も、全てを清算してくれるに違いない。
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