レッド・メモリアル Episode07 第4章



 リー・トルーマンはいち早く天然ガス供給センターから脱出し、軍本部から遣ってきていた部
隊と合流していた。
 ジョニー・ウォーデンの事はセリアに任せ、彼らを保護する目的が彼らにはあったのだ。
「トルーマン少佐。本部より連絡が入っております」
 一人の部隊の隊員がリーに言ってくる。だが彼は、
「構わん、待たせておけ。今はこっちの方が重要だ」
 リーはいきなり隊員の言葉を遮ってそのように言い放つ。彼は目の前のモニターに集中して
いた。
「しかし。非常に重要な事であると、ゴードン将軍が言っています」
「『グリーン・カバー』と『チェルノ財団』の関係については、ジョニー達の会話から私も知ってい
る。新しい事柄でなければ別に聞く必要もなかろう」
 リーは隊員の方を見もせずにそう言った。彼の目前にあるモニターには、一台のヘリが表示
されていた。
 そこには製造番号から操縦マニュアルまで記載されている。
「このヘリを飛ばすことはできるか?」
 リーはその言葉を発した時、初めて隊員の方を振り向いた。
「え、私にはそのような権限は」
「では、権限のある奴に話をつけさせてもらおう」
 と言い、リーはそのモニターを持ってどこかへと行ってしまうのだった。
 あとに残されたのは、ゴードン将軍から繋がりっぱなしの無線機を持った隊員が一人だけだ
った。



 セリアは顔のすぐ横をかすめていく、空気を切り裂くような音と衝撃に思わず怯んでいた。彼
女は思わず顔をそむけ、地面に膝をついた。
「ジョニー!」
 セリアは思わず声を上げる。ジョニーが体を崩してその場に倒れ込んでいく。
 彼は右肩に被弾してしまったようだ。彼の肩から流れた血が地面に広がって行く。
「大丈夫だぜ、セリア。このぐらい何て言う事はねえ」
 肩を押さえつつも何とか立ちあがろうとするジョニー。だが膝をつくしかなかった。
「弾はあんたの背後から飛んできた。と言う事は、スペンサーは背後にいるというわけね」
 と独り言のように自分に言い聞かせたセリアは、弾が飛んできた方向を見つめる。
 直後、セリアの眼前に何発もの銃弾が飛び込んできていた。
 セリアはすかさず身を伏せる。銃弾の軌道は見る事が出来ていた。彼女の目のスピードは
銃弾のスピードに追い付き、十分にかわす事ができる。
 だがジョニーをかばった姿勢では、銃弾が手足をかすってしまった。スーツが切り裂かれてし
まい、血がにじむ。
「神出鬼没も良いところね!やっぱりスペンサーはここへと追いかけてきている。あいつは自
分の姿が見えない事を利用して、私たちを奇襲するつもりよ!」
 セリアはジョニーに肩を貸し、立ちあがらせる。
 周囲を見回したが、スペンサーの体はどこにも見えない。ガス供給センターのガスタンクの真
下は鉄骨が入り乱れており、それを盾にすることはできそうだった。
 代わりに鉄骨に遮られ、相手の姿を確認することは難しい。
 盾にすることができると言っても、ジョニーの体を抱えていては難しかった。
 何発かの銃弾が飛んできて、鉄骨に命中した。火花が飛び散って、銃弾が地面に転がる。
「セリア、奴は透明人間ってわけじゃあない。足跡なんかを探そうとしたって無理だ。奴は空気
になっちまったんだ。空気じゃあ、どこにいるかなんて分かりやしねえ」
 ジョニーが顔を蒼白にして言ってくる。だがセリアは、
「私が探しているのは、奴の足跡なんかじゃあない。銃よ。いくら自分の体を空気のようにする
ことができる『能力』を持っていたとしても、自分の体以外ならどうなの?武器にしている銃は見
えるはずだわ。そこに必ず奴はいる」
 とセリアが言った直後、銃弾が再び飛んできた。セリアはすかさず顔を鉄骨の影にひっこめ
る。
「見えた。確かに今、銃が顔を覗かせたわ」
 セリアは声をひそめるかのようにしてそう言った。
「どうだ?移動しているか?」
 とジョニーは言ってくるが、
「移動はしていないようよ。あんたが囮になっているうちに、私が回り込んで接近するわ」
 まるで当然のことのようにセリアが言うと、ジョニーは動揺する。
「囮だと。オレは怪我をしているんだぜ」
 だがセリアはジョニーを鉄骨の影に座らせると、自分はさっさと行動を始めてしまった。
 ジョニーの背後の鉄骨に銃弾が命中してくる。セリアはその隙に、目にもとまらないようなス
ピードでスペンサーがいるであろう場所へと走っていく。
「やれやれ」
 セリアがスペンサーがいると言う位置まで急接近していく。
 肩に被弾してしまったジョニーは、もはやセリアに全てを任せるしか方法が無かった。
 一方セリアは、目視した銃の位置まで接近していく。銃の位置は移動していないらしい。後は
果たして気体のような状態になっている敵を、どのように倒すかだ。
 だが、セリアにしてみれば、気体、つまりガスのような敵などその位置さえ分かれば、簡単に
倒すことができそうだった。
 セリアは、スペンサーが銃を向けている位置に突っ込んでいき、そこへと素早く拳を突き出
す。
 セリアの拳からは炎が吹き荒れ、それが、スペンサーの体を、たとえ気体であろうと何であろ
うと焼き尽くす。そのはずだった。
 セリアの体は防火製のスーツによって防備されており、服に火が燃え移って来るような心配
はない。
 セリアの拳には全く手ごたえがなかった。しかしながら、
 必ず相手は仕留めたはずだった。気体であろうと炎の熱からは逃れることはできない。
 しかし、スペンサーの絶叫も聞こえないばかりか、セリア自身にも彼を倒したという実感がわ
かなかった。
 自らの体を気体化してしまうと声まで出せなくなるのだろうか?
 そのときだった。セリアは、自分の口の中に何かが入り込んでくる事に気が付いた。それは
空気の塊のようなもので、どんどん口の中へと入り込んでくる。
「これは!」
 セリアは思わず口に出していたが、それはくぐもった声となっていた。
 空気の塊のようなものが、どんどん口の中から体内に入って行く事にセリアは気づく。それは
振り払おうと思っても振り払えない。
 目に見ることさえできなかった。
「その銃は、おとりですよ。私自身の体は見えないが、手掛かりになるものが見えるからこそ、
逆にそれに集中してしまい、私が自分の銃で誘っていた事に気が付かなかったのですか?
 お前達が『能力者』である以上、私もいつまでも銃になど頼りません。自分の『能力』で、あな
たとジョニーを始末するまでです」
 スペンサーの声が、セリアの口の中から響いてきていた。
 セリアは悟った。この口の中に入ってきている空気のようなものは、スペンサーの体そのもの
なのだ。
 セリアは、スペンサーの気体化した体を体内に入れてしまっている。
「しまった、セリア!」
 セリアの体内に次々と入りこんでいくガス。それは止める事もできない。セリアがいくら振り払
おうとも、
 ガスがセリアの口の中から体内に入った。それは、あのスペンサーの肉体が、セリアの肉体
の中へと入り込んでしまったことを意味していた。
「セリア!おい!」
 目を見開いたまま、ガスが体内に入っていくことを防ぎようもないセリア。彼女はスペンサー
の“肉体”を、体内に入れるがままにしてしまっていた。
「このまま、あなたの体を内部から破壊してしまう事もできるんですよ。それは実に残酷な事
だ。ええ、非常に残酷な事だと言えるでしょう。ですが、私は自分のビジネスのためならば、何
だってします。
 さて、ジョニー・ウォーデンを引き渡してもらいましょうか?いえ、彼は知りすぎてしまった上に
用済みですから、私どもからしてみても、さっさと始末がしたいのですよね」
 セリアの口の中から、スペンサーという男の声が響き渡る。それはあまりにも不思議な響き
を持っていた。
「いいえ。断るわ」
 だが、自分の身に起きている異常な出来事にも動じず、セリアはただ一言、くぐもったような
声と共に、そのように言い放っていた。
「ほう。そうですか、実に残念です。私は本当はこんな事はしたくはない。だがやるしかない!」
 スペンサーの声がセリアの口の中から響き渡る。だがその時、彼の声は突然絶叫に変わる
のだった。
 まるでセリアが発している言葉のようにも聞こえたが、そうではない。それはスペンサーの絶
叫だった。
「何だ?あ、熱い!一体なんだ!火!?火なのか?」
 セリアの口の中から、血相を変えたようなスペンサーの声が響き渡る。
「ええ、そうよ。火よ。あなたの体には今、火が点いている」
 まるで喉の中に何かを押し込まれているかのようにセリアは言っていた。
「火、火だと。なぜ体内で火が起こる!」
 スペンサーの声が響き渡る。
「わたしは、自分の体温を急激に上昇させることができるの。そういう『能力』よ。その気になれ
ば100度近くにまで上げることができる。
 そうすることでわたし自身には何も影響はないし、体が火傷するような事もない。そういう体
質なのよ」
 絶叫が響き渡るとともに、セリアの口の中から肌色をした気体が飛び出してくる。その気体に
はところどころ、火がともっていた。
「馬鹿な。100度程度で火を起こせるはずがない!しかも気体だぞ!」
 空中を彷徨いだす火。それがスペンサーの肉体だと、セリアははっきりと認識できた。さっき
まではよく見えなかった気体だったが、火がともっているせいでその姿ははっきりとわかる。
「現に火が点っているくせに。現実逃避をしているんじゃあないわよ。
 でもね、種明かしをするなら、“リン”よ。わたしは自分の『能力』を武器にするために、いつも
“リン”の粉末を使っている。手袋のなかにもそれが仕込んであってね。その粉末を空気中に
ばらまいた。
 あなたはそのリンの粉末を自分の体にべっとり付けたまま、私の体内に入ってきちゃったっ
て事よ。体内に入ってこなくても、あなたの体には可燃性物質が点いているから、もう決着はつ
いていたんだけれどもね」
 スペンサーの絶叫が、ガス供給センター内に響き渡る。
「おのれぇ、こうなったら!」
 スペンサーの声が響き渡る。彼の声は怒りに震えており、今までポーカーフェイスを絶やさな
かった彼の本性が明らかになるかのようだった。
「あなたの体に付いたリンは、周辺にもばらまいておいたわ。あなたが接触していそうな柱や地
面などにね。ジョニー、ここは危険よ。早く移動しないと!」
「移動だと?どういう事だ?」
 肩を押さえたままのジョニーが言った。
「リンは、50度くらいでも発火するのよ。奴に火を点けたから、ここはすぐにも火の海になる
わ」
 セリアの言葉にジョニーは絶句する。
「何だとセリア!ここは、天然ガス供給センターなんだぞ?どういう事を言っているのか分かっ
ているのか!」
 ジョニーがそう言いかけた時、突然、スペンサーの声が再び絶叫に変わり、周辺が明るい色
に包まれた。
「うおお!セリア!てめえ!」
 セリアに対してジョニーが叫びかける。それは悪態にも近いものだったがセリアは構わなかっ
た。どんどん先に逃げなければ、ガスタンクの下で燃え盛っている炎から逃れる事は出来な
い。
「スペンサーと言う奴を倒すにはこれしかないのよ!どうせ奴を捕らえたとしても、ガスになって
逃げられるだけ。ただあなたは違う!重要な証人よ!そんなあなたを殺そうっていう奴は生か
しちゃあおけない!」
 ガスタンクを支えている鉄骨が炎の熱によって溶け出している。セリア達の背後にある、《天
然ガス供給センター》のガスタンクの一つが大きく傾きだし、今にも崩れてしまいそうだった。
「だが、ガスタンクを爆破させるんだぜ?お前だってただじゃあすまねえ!怪我するって事じゃ
あない。お前は役人なんだろう?セリア?という事は!」
 ジョニーは撃たれた肩を押さえつつ全速力で走っている。どうやら痛みなど忘れ、この爆発か
ら一気に逃げ出したいようだ。
 セリアとしては、脱出する事を渋られるよりも、ジョニーには急いでここから脱出して貰った方
が好都合だった。
「ジョニー!あんたには話していなかったけれどもね!私はとっくの昔に軍は除隊されている
の!今は、一時的に呼び出されているだけにすぎないのよ!」
 セリアも全速力で逃げるジョニーの後を追っていく。
「それは知らなかったがな!お前はガス供給センターを爆破する事になる!人殺しもいいとこ
ろだぜ。オレだって部外者の殺しはやってねえ!だがてめーは!」
 ジョニーは背後で起きた爆発の衝撃によろめきつつも、足を前へと出していく。
「おあいにくさまね。すでにこの供給センターの職員は軍が避難させたわ!それに、あんたを
保護するため、あのスペンサーとかいう奴から私はあんたを救出している事になる。正当防衛
というやつよ」
 セリアも爆発の衝撃に身を守りながら言い放った。
 爆発は更に激しさを増していた。セリアが炎を放ったガスタンク下部へと巨大なガスタンクが
落下し、その衝撃は地震のように周囲にまき散らされる。
 更にガスタンク本体へと引火し、轟音とともにガスタンクが破裂して吹き飛んだ。その破片が
セリアやジョニー達にも襲いかかってくる。
 セリアはその時、肩の部分に破片がかすったが、それでも幸運と言ってよいだろう。周囲に
はもっと大きな破片も、超高速で突き刺さってきていたのだから。
 ガスタンクを焼き尽くした炎は、更に別のガスタンクへも引火していく。どうやらこのガスセンタ
ーは、その全てが焼き尽くされてしまうようだ。
「セリア!どっちに逃げればいい!」
 セリアとジョニーの前には、炎に包まれた瓦礫が飛散しており、右に逃げても、左に逃げても
逃げ場が存在していなかった。
「どきなさいジョニー!」
 セリアがそのように一括し、すかさず道をふさいでいる瓦礫に向かって拳を突き出す。瓦礫そ
れ自体に拳を突き出したのではない。
 セリアの拳から噴き出すようにして現れた炎が、爆風を周囲へとまき散らしながら瓦礫へと突
進していく。
 瓦礫に命中した爆風は、それらを粉々に破壊するかのごとく吹き飛ばし、ジョニーとセリアの
目の前に道を作り上げた。
「行くわよ、ジョニー!」
 たった今、セリアが成し遂げてしまった事に、思わず驚きを隠せないジョニー。だが、驚いた
ままでもいられないようだった。ジョニーとセリアの間には更に瓦礫が倒壊してきており、それ
がまた行く手を阻もうとしていたのだ。
「ジョニー、急ぎなさい!」
 セリアが叫ぶ。するとジョニーは、更に周囲から吹き荒れてくる炎に妨害されつつも、先へと
進もうとした、セリアもそれに続いて急ごうとする。
 しかしその時、更に瓦礫がセリアの前に降り注いできた。それは別のガスタンクから落下して
きた鉄骨で、炎が燃えている。
 セリアの前に巨大な柵となって立ち塞がった。
 ジョニーは何とか、その鉄骨が落下してくるよりも前に、先に進んでおり難を逃れたようだっ
た。
 だがセリアは自分の目の前に落ちてきた鉄骨により、行く手を阻まれる。背後にも燃え盛る
炎が迫ってきており、セリアには逃げ場が無い。
 ジョニーがセリアの方を振り向いてきた。
 彼は心配しているのだろうか、いやそんなはずはない。セリアが捕らえなければ、ジョニーは
逃げる事ができるからだ。
「ジョニー・ウォーデンを逃して、さぞくやしいでしょう?」
 突然、セリアの背後から聞こえてくる声。彼女は先に行ってしまったジョニーを追う事も出来
ず、背後を振り向いた。
 だがそこには誰もいない。燃え盛る炎がどんどん迫ってきているだけだ。
「ジョニー・ウォーデンを捕らえに来たあなたは軍の人間ですね。軍にはもっと『能力者』がいる
のか?」
 セリアの周囲を回り込むかのようにして移動しながら声が聞こえてくる。
 その距離はほんの数メートルも離れていない。おそらくこの声は自分の肉体を気体にするこ
とができる、あのスペンサーの声に違いない。セリアはすぐに理解した。
 セリアは何も答えず、声の位置を探った。そこにスペンサーはいるはずだ。
「あなたはもうすぐこの炎に呑み込まれるだけです。どうやら、あなたの体は炎には耐えられる
らしいようですがね、爆発せずに残っているガスタンクはまだ幾つもある。その爆風や飛んでく
る破片からは身をかわせるでしょうか?」
 声が聞こえてきた方向へとセリアは拳を繰り出した。空を切る拳は、何者も捕らえたような感
触はない。スペンサーの肉体は気体でできているらしいから、もともと感触はないのだろう。
 だがセリアは、自分の拳がスペンサーの肉体を捕らえなかった事をすぐに理解した。
「おっと、危ない危ない。さっきので学習したのでね。あなたの拳は炎を吐きだす。いくら気体で
ある私にとっても非常に危険だと」
「ジョニーを追わなくて良いの?あなた?」
 セリアは拳を繰り出したままの姿勢を解き、周囲から炎が迫ってきているのにも関わらず冷
静に答えた。
「もちろん追いますよ。ただ私ではなく、仲間がだがね。私はあなたをこの場から救ってやろう
かとも思っていてね」
 スペンサーの声がセリアの周りを取り巻きながら近づいてくる。
「残念ね、あなたもこの場所で炎とともに運命を共にするのよ」
 見えもしないスペンサーの姿に向かってセリアは言い放った。燃え盛る炎の中で、彼が鼻を
鳴らした事がセリアには分かった。
「せめて、私達の元に来れば、より手厚い報酬と共に仕事を差し上げたというのに。まあ仕方
ない。炎も迫ってきたし、あなたにさっきつけられた炎のせいでかなりダメージを受けましたか
らね、さっさとこの場から脱出しなくては」
 スペンサーの声が離れていく。だがセリアは、
「いちいち口達者な奴ね!」
 と言い、声が響いてくる場所に向かって拳を繰り出した。その時セリアの拳は何かを捕らえ
た。空気を殴りつけるかのような感触ではあったものの、確かに何かを捕らえていたのだ。
 直後、スペンサーのうめくような声が響き渡り、セリアの周囲を取り巻く炎をかき分けるかの
ようにして飛び込んでいく。
「馬鹿な!私の姿は見えないはず。声くらいで正確に当てられるものか!」
 スペンサーの声が響き渡った。だがセリアは静かに答える。
「熱よ。あんたの体、気体になっても体温は持っているようね。これだけ周囲が熱くなっている
んだから、あなたの体との温度差ははっきりと分かる。
 熱を操る『能力』を持つ私が、熱の位置をサーモグラフィーみたいに判断できないとでも思っ
たの?」
 と答えるセリアだったが、すでに彼女の手元にまで炎が広がってきている。すぐ近くではガス
タンクも崩れ落ちようとしていた。
 セリアの体を炎が取り巻き、彼女の体へと燃え移ろうとした時、セリアのすぐそばに何かが下
りてきた。
 それはワイヤーで作られた梯子で、見た目の細さに比べて非常に頑丈に作られているもの
だった。
 上空を見上げればかなり高い位置にヘリが飛んでいる。操縦しているのはリーだった。
「全く、遅いわね。わたしだってこんなに熱い炎と爆発に巻き込まれたら、ただじゃあすまない
んだからね!」
 セリアは素早く梯子を掴んだ。すると彼女の体は上空へと持ち上げられていく。
「そうそう、あなたが今言っていた潜入作戦の事ね。残念だけれども、私達にはそんな命令は
下っていないの。命令が下らないと行動することができないって辺りが、軍人の辛いところね」
 縄梯子を掴んだセリアは炎から救出されていく、その時、彼女は炎の中から何か見えないも
のが飛び出してくる事に気が付いた。
「おのれッ、逃がさん!」
 スペンサーの声がセリアに迫った。セリアはしっかりと縄梯子を掴み、迫って来るスペンサー
の方に向かって拳を繰り出す。
 すると彼女の拳からは炎が吐き出され、炎はスペンサーの体のあるであろう位置からは、絶
叫が響き渡った。
 セリアの放った炎が、スペンサーの肉体を捕らえたに違いない。彼の絶叫はやがて炎に包ま
れた。
 セリアはしっかりと梯子を握りしめる。ガス供給センターのガスタンクが一つ崩れ落ち、直後
爆発とともに炎と爆風、そしてタンクの破片を飛び散らしていた。
 セリアはしっかりと梯子を握りしめる。そうでないと簡単に吹き飛ばされてしまいそうだった。
 彼女は自分自身が火をつけたのにも関わらず、今起こっている出来事に閉口していた。
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