レッド・メモリアル Episode08 第1章



4月10日
6:25 A.M.
『ジュール連邦』 《ボルベルブイリ》から200kmの地点



「お父様が待っていらっしゃる。早く行動しなければ!」
 シャーリは携帯電話の通話をオフにするなりそう言った。
「お父様の所に行くの?」
 と、無邪気な顔でシャーリの姿を見上げていた、レーシーが言って来た。彼女の眼だけ見て
いると、シャーリの感じている気持など、まったく分からないといった様子だ。
「ええ、そうよ。あの親子を連れてね。さっさと行動するわよ!」
 シャーリはすぐに廊下を歩きだし、部下へと指示を出した。
「車を用意しなさい!あの二人をトラックへと連れ込むわ。あと、付近の衛星をすべてチェックし
て、誰にも追跡されないようにしなさい!」
 シャーリは言い放ち、部下達はすぐに行動し始めた。
「ねえ、シャーリ」
 シャーリの背後でレーシーが何かを渋りながら言ってくる。
 急がなければならなかったが、シャーリは彼女の方を振り向いた。
「何よ?どうしたの?」
「お父様は、あたしの事も褒めてくれるかなぁ?」
 と見上げたレーシーの顔は、とても心配そうな表情をしている。まるで親の顔色をうかがう子
供のように。
 レーシーは危険な子供だ。多分、善悪の区別もつかないどんな子供にも『能力』を持たせた
ら、このレーシーのようになってしまうだろう。
 そんな彼女も、お父様を思う気持ちだけは、シャーリと共通していた。シャーリもその気持ち
だけは分かる。
「褒めてくれるに決まっているじゃない。あんたがいなければ、ミッシェルとアリエルは捕らえら
れなかったんだから。お父様もご存知よ。きっと褒めてくださる」
 と、シャーリがレーシーの頭をなでながら言うと、彼女は満面の笑みで返してきた。
「本当?やったぁ!」
 この子が、普通の子だったら、自分も同じように喜んでやれるんだけれどもな。とシャーリは
思うのだった。
「さあ、お父様の元へと急ぐわよ」
 そう言うなり、シャーリ達は行動し出した。



 俄かに周りが騒がしくなっている。一体、何が起こっているのだろうか?アリエルは自分が閉
じ込められている、密閉された箱のような部屋から周囲の様子を知ろうとした。
 だが、アリエルが閉じ込められている場所からは周囲の様子はつかめない。ただばたばたと
した物音が聞こえてきているというだけで、他の様子は全くつかむことができない。
 アリエルの頭に襲いかかって来ていた頭痛も、だんだんと引いて来ている。だが、頭痛が引
いていくにしたがって、腕や足から突き出していた、刃もだんだんとその大きさを小さくしていっ
ていた。
 目覚めたばかりの時は、腕から現われていた刃を、自分の体の中へと収めることができない
でいたのだが、今はそれができる。
 刃はアリエルの腕の中におさまり、彼女の腕は、本当にそんな刃が突き出していたのかと、
疑ってしまうほど元通りになっていた。
 自分は、これからどこかへと連れていかれてしまうのだろうか?
 シャーリは、自分と母を、お父様の元へと連れていくと言っていた。お父様とは、一体どんな
人の事を言っているんだろう?
 だが、シャーリはテロリストだ。もうそれは疑いもない事実だとアリエルは自分に言い聞かせ
た。テロリストに誘拐され、更にどこかに連れて行かれるなんて、絶対に最悪の出来事が起こ
ってしまうに違いない。
 だが、彼女は母も一緒に連れて行くと言っていた。
 母もこのアジトか何かの中に一緒にいるに違いない。
 母を連れて、この場所から逃げるしかないのだ。多分そうしなければ、自分達は殺されてしま
う。
 アリエルは何としてでもこの場から脱出したかった。だが、鉄扉がふさがり、まるで自分は金
庫の中にいるかのようだった。
 腕から刃を突き出して、アリエルは、それを鉄扉に叩きつけた。だが、彼女の刃を持ってして
も、まったく傷つける事はできない。
 いくら人間離れした『能力』を持ってしても、刃は刃でしかなく。頑丈な鉄扉には対抗できな
い。
 錠も固く閉ざされているらしく、錠も硬かった。
 だけれども、何としてでもここから脱出しなければ。
 そう思ったアリエルは、急いで思考をめぐらせた。



「あんたに一緒に来てもらうわよ。無駄な抵抗をしなければ、あなたを傷つける事はしないし、
娘も無事。いい?」
 ミッシェルの元へとやってきたシャーリは、レーシーを後ろに立たせ、彼女に言い聞かせてい
た。
 ミッシェルは、黙ってシャーリの言う言葉を聞いていた。
 シャーリは、どうしても、相手を説得して言い聞かせるという事が得意ではなかった。無理矢
理相手に言い聞かせてしまった方が、ずっと楽だというのに。
 だから、さっさとミッシェルには言い聞かせて連れて行きたかった。
「私の娘、じゃあなくって、アリエルでしょう?あなたの大切な幼馴染で、同級生。忘れちゃっ
た?」
 恐れる様子も無しに、ミッシェルは言ってきた。
 シャーリにとっては、まるで幼い子供に言い聞かせるような言い方が気に入らなかった。自分
が年上だからと言って、優位に立たれている。
 これでは自分の癪に障るばかりではない。お父様にとっても害を及ぼす存在になってしまう。
「ええ、同級生で、幼馴染よ。でもあの子もあなたもジュール人。それは変わらないわ!」
 シャーリは自分を何とか押さえてそのように言った。
「だったらどうだって言うの?あなたが手に持っているショットガンで、私を脅す?それもいいわ
ね」
「いい加減にしな!あんたが優位に立っているんじゃあないわよ!あんたはただの人質!いい
わね?あんたが従わなければ、わたしが脅すのはあんたじゃあない!アリエルよ!いい?分
かってんの?」
 ショットガンの銃口を構え、シャーリは言い放った。
 背後ではレーシーが呑気で当り前のような顔で見ているが、シャーリとミッシェルの間には緊
張が走った。
「そう。やるんだったら、そのぐらいやるのね。じゃあなきゃ、私を脅すことなんてできない」
 と言うミッシェルの言葉に、シャーリは思わず鼻を鳴らした。
「さっさと立ちなさい。お父様のいる所へと案内するわ」
 シャーリはミッシェルをベッドから立たせた。ショットガンを背後から突きつけ彼女を歩かせ
る。
 シャーリは続いて、アリエルを連れ出さなければならなかった。あっちの子の方が簡単にいく
だろう。シャーリはそう踏んでいた。
 シャーリはミッシェルを歩かせたまま、レーシーとともにアリエルを閉じ込めている独房へと向
かう。
 ミッシェルは壁際に立たせたアリエルは、部下を呼んで、アリエルを閉じ込めている独房を開
かせた。
 すると驚いた事に、そこには誰もいなかった。空の独房がそこにあるだけだ。
「アリエルはどこに行ったの!」
 シャーリは思わず声を上げた。
「鍵はしっかりとかかっていたはずです」
 と、シャーリの背後から部下が言ってくる。
 シャーリはすかさず独房の中を覗き込んだ。どこかに隠れているのか?と思いショットガンを
天井へと向けようとした。その瞬間、シャーリの頭上から誰かが飛びかかってきた。
 シャーリの首元に刃が付きつけられる。飛びかかってきた何者かは、シャーリの背後に回り
込み、背後から彼女の首に刃を付きつけるのだった。
「シャーリ。もうこんな事はやめて。お母さんと私を解放して!」
 と背後から言ってきたのは、アリエルだった。
 彼女は天井に蜘蛛のように潜んでおり、そこから飛びかかって来たのだ。
 だが首元に刃を突き付けられても、シャーリは思わず微笑するだけだった。そして、
「いい度胸ねぇアリエル。可愛い脅しじゃあない」
 と言うだけだった。
 アリエルはすかさずシャーリと自分の体を、独房の入口へと向けさせ、独房の外にいるシャ
ーリの部下達に言い放った。
「お母さんを放して!さもないと、この子がどうなるか分からないよ!」
 シャーリに突きつけられた刃は、どんなナイフよりも長く、剣にも匹敵する長さを持っていた。
 アリエルがそれほど力をかけずに刃を引くだけで、シャーリの息の根を止める事ができただ
ろう。
 だが、シャーリの部下達はアリエルの母であるミッシェルを捕らえたままだ。
 特に一番前にいるレーシーなど、呑気な表情でこちらを見ているだけでしかない。
 それに、シャーリは首元に刃が当たっていても、まるで動じる事はなかった。むしろ、この状
況が面白い。
 何が何でも母と自分をここから脱出させたい、アリエルの必死にあがく姿が。
 見ていてとても、面白い。滑稽にしか感じられない。
「アリエル、あんた、ちっともわたし達の事を分かっていないねぇ。わたしの命だとか、そう言っ
た事は、わたし達の間じゃあ、どうでもいい事なんだよ」
 だが、シャーリの言葉を遮って、アリエルは言い放つ。
「そんな事はどうでも良いから!さっさと、私とお母さんを解放して!」
「あっはっは。解放なんてしないよ」
 今度はシャーリが言葉を遮って言う。
「そんな事をしたら」
「あたしを殺すんでしょう?いいじゃあない。そうしてみれば?あんたのママもただじゃあ済まな
いわよ!」
 と言い放つなり、シャーリは、アリエルの体に肘を突きだした。
 それはハンマーのように彼女の体に襲いかかり、アリエルは一瞬怯んだ。
 その隙に、シャーリは素早くアリエルの背後へと回り込む。彼女が怯んだ、一瞬の間の出来
事だった。
「ほ〜ら。あなたが、どうあがこうとも、結局はこうなっちゃうんだから、ねえ」
 シャーリは片手だけでアリエルの両腕を押さえ込み、締めあげる。刃には触れないように気
をつけつつも、しっかりと拘束した。
「は、放して!」
 アリエルは腕を強い力で締めあげられ、声を上げる。その声も、シャーリにとっては非常に楽
しかった。
「ほうら、もっと声を上げてごらんなさい」
 シャーリがアリエルの腕を締めあげると、アリエルは更に苦痛に声を上げた。
 すかさずシャーリはアリエルの腰に背後からひざ蹴りをくらわせて、その場に膝をつかせる。
そして、背後からショットガンの銃口を押し付けた。
 その時、
「止めなさい!」
 と、独房内に響き渡る声があった。
 シャーリの部下達に拘束されているミッシェルの声が響き渡ったのだ。
「もう良いでしょう?そこまでにしなさい。私も、アリエルも、あなた達に付いていくわ。大人しく従
うから、これ以上誰も傷つけない。いいわね?」
 ミッシェルがその場を仕切るかのように、周りの者達に言い聞かせる。彼女の言葉は鶴の一
声であるかのように、混乱するその場を粛した。
 アリエルを取り押さえるシャーリさえも彼女の方を向く。
「お、お母さん」
 アリエルは意外そうな顔をして、母の方を見た。
「アリエル。あなたもよ。大人しく従っていなさい」
 ミッシェルは臆することなくそのように言った。
「ふうん。物分かりが良いようね。まあ、いいわ。さっさと連れて行くけれども、もし抵抗するよう
ならば、あんたじゃあなくって、娘を傷つける。この娘が暴れ出せば、今度はあんたを傷つけ
る。お互いいいわね?」
 とアリエルとミッシェルにシャーリは言い聞かせた。
 ミッシェルは黙っている。おそらく了承したのだろう。シャーリは部下達に、彼女らを連れて行
くように指示した。
 そして、アリエルには背後から耳打ちでもするかのように言う。
「ママに感謝しなさい」
 そしてアリエルも独房から連れ出すのだった。
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