レッド・メモリアル Episode08 第2章



8:51 A.M.



 シャーリ達がトラックにアリエル達を乗せ、アジトから出発した時には、すでに日は大分登って
いた。
 アリエル達は目隠しをされて、歩かされてトラックに中に入れられた。だが、目隠し越しに、日
の光が入ってきているという事だけは分かる。おそらく、トラックに載せられたままどこかに連
れていかれるのだ。
 そのどこかがどこか、という事が分からない事が、アリエルにとっては不安だった。
 国内ならまだしも、海外へと連れられて行くんじゃあないだろうか?いや、シャーリは、自分た
ちが、『スザム共和国』の出身だと言っていた。
 お父様に言われて、こんな事をしているんだと言っている。お父様とは、『スザム共和国』で出
会ったと言っていた。
 もしかしたら、『スザム共和国』まで連れていかれるんじゃあないのか。
 『スザム共和国』。日々、『ジュール連邦』からの独立を目指し、紛争を繰り返している国だと
いう。考えただけでも恐ろしい。
 もしかしたら、自分も、シャーリと同じように、がらりと考え方も、心も変わってしまうんじゃあな
いのか?
 アリエルは身を震わせながら、しばらくトラックの荷台に揺られていた。かなり揺れている道
がしばらく続いたが、やがてその揺れも収まり、道路に出たんだという事が分かった。
 トラックのエンジン音にまぎれて、誰かの声が聞こえる。
「お父様、もう少しです。頑張ってください」
 シャーリの声だった。誰かと話している。
「お父様、いや!そんな事、そんな事、おっしゃらないで下さい!」
 かなり必死なシャーリの声だ。こんなシャーリの声は聞いた事がない。さっきまでの妖しいま
での姿をしたシャーリの声とは明らかに違う。
 本当にシャーリの声なのかと、疑ってしまうほどだ。
「シャーリ様」
 今度は運転席の方から声が聞こえてきた。
「お父様!気をしっかりと持って下さい!」
 再び必死な声でシャーリが言っている。
「シャーリ様!」
「何だ!」
 シャーリは半泣きの声で声を上げていた。トラックの運転席から聞こえてきていた声も、一瞬
それに怯んだ。
「検問です。検問が敷かれています」
 運転席からそう声が聞こえてくる。
「何ですって。普段ならこんな事しないくせに!随分と必死ね!」
「どうなさいます?相手は装甲車もいます。このトラックでは突破できません!」
 検問?装甲車?突破?何が自分の周りで起こっているのか、アリエルは必死に頭を回転さ
せて知ろうとする。
 目隠しをされていて視界は開けず、どんどん恐怖が募る。
「お父様が待っていらっしゃるのよ!このまま引き返すことなんてできない!」
 シャーリは声を上げた。
「し、しかし!」
 運転席の方からおびえたような声が聞こえてくる。だが、シャーリは全くそのようなことなど気
にせずに言い放った。
「レーシー!外に出るわよ、ここを突破する!」
 と、シャーリの声が響きわたり、彼女らは外へと出ていこうとする。さらにそれに続いて、トラッ
クの荷台の上を、シャーリより幾分も体重が軽い誰かが歩いていった。
「は〜い。シャーリぃ〜。本当にやっちゃうの?お父様の所にいくまでは、大騒ぎしちゃだめだ
よって、言われているんだよ」
 その声は、さっきシャーリと一緒にいた、あの小さな娘の声だ。そうに違いない。
 彼女もテロリストと一緒に行動をしているのだ。あんな小さな娘が。
「しかし、シャーリ様!」
 という声が聞こえるのが早いか遅いか、シャーリ達は外へと出ていってしまった。
「ここは検問所だ。車に戻って、検問を受けなさい!」
 というスピーカーからの声が聞こえてくる。アリエルは目隠しをされていたから、その声が余
計に頭に響き渡って聞こえてくる。
「おい!聞こえないのか?もし言う事を聞かないのだったら、発砲する許可が下りている。一般
人相手でも同様だ!分かったか?」
 乱暴な声が聞こえてくる。
 どうやら、外に出たシャーリ達は銃を向けられている。
 その時、突然、大きな発砲音が耳をつんざいた。何度か聞いた気がする。あれは、シャーリ
がショットガンから撃った発砲音だ。
 前に聞いた時はバイクに乗っていた時に発砲されたから、雑音も多かったが、今はアイドリン
グしているトラックの中だ。大分違う音のようにも聞こえる。
「銃器を持っている!発砲を許可する!」
 スピーカーからそのような音が聞こえ、激しい銃撃音が静かな山奥の国道に響き渡った。



 シャーリは何もためらわずに、検問を張っていた軍の人間を撃ち倒していた。人間なんて、シ
ョットガン一発撃てば簡単に倒すことができる。
 遠距離では大して効果のないという散弾銃だが、当たり所が悪ければ、銃は銃。ただの人間
にとっても致命的な一撃になる。
 だが、シャーリは違った。検問を張った軍の連中が、たとえ彼女に銃弾を当てることができた
としても、致命的なダメージにはならない。それが彼女の最大の強みだった。
「止まれ!止まらんと!」
 装甲車、トラックなどで物々しく検問を張っていた、ジュール連邦軍の連中。
 だが、所詮はただの人間達でしかない。《ボルベルブイリ》の市街地でやったように、彼らを
完膚なきまでに倒してしまえば、どうせ簡単に突破できる。
 お父様には、大騒ぎするな。可能な限り、軍に行先を突き止められるなと言われているけれ
ども、この際は仕方がないのだ。
 それにこっちには、レーシーもいる。軍の連中と同じように、ただの人間でしかないテロリスト
の部下達だけじゃあないのだ。
 シャーリとレーシーは、検問の兵士達の銃撃を、道路の両サイドに逃れる形でよけていく。
 銃弾は次々と、シャーリ達の脇をかすめて行った。
 シャーリは道路の真ん中に立っていたから、銃弾の嵐を受ける形になっていたし、現に何発
かは銃弾を受けていた。
 しかしそれはシャーリにとってダメージにはならない。すべて皮膚上で受け止められていた。
 レーシーの方も同じだ。彼女の持つ『能力』が、銃弾などただの豆鉄砲でしかない存在として
いる。
 道路脇は針葉樹林となっている。その隙間を切り開かれて作られた国道だからだ。
 シャーリとレーシーは森の中に入って、検問の兵士たちの攻撃をかわし、素早く相手の方へ
と近づいていく。
 シャーリはショットガンを使い、木を背にして、次々と兵士たちを打ち倒していった。
 シャーリ達が兵士たちを倒して行くと、その背後にあった装甲車から、巨大な重機関砲が出
現する。その重機関砲は、シャーリの方に向けられ、構えられた。
 シャーリは素早く飛び退る。激しい銃撃音とともに、重機関砲からは弾丸が吐き出され、それ
が、シャーリが背にしていた木々を打ち砕いていく。
 あの重機関砲の前では、木を背にしてしのいでいく事は出来ないだろう。あんなものをまとも
に食らったら、シャーリであってもひとたまりもないかも知れない。
 重機関砲は次々とシャーリを追い詰めていく。一方的にやられていくだけだが、シャーリに
は、頼りになる味方があった。
 道路の反対側の森を移動していたレーシーが、ロケットランチャーを構えている。
 シャーリが眼で合図をすると、レーシーは、ロケットランチャーからミサイルを発射した。ミサイ
ルは、シャーリに向けられている重機関砲に襲いかかり、爆発とともに粉々に破壊するのだっ
た。
 シャーリはにやりとする。国道に張られている検問など、この国の軍では、どうせこの程度の
ものだ。装甲車の中にも何人か兵士がいるようだったが、どうせ簡単に始末できるだろう。
 シャーリは重機関砲が、完全に破壊された事を確認して、道路へと出た。そして、装甲車の
周りにいた残りの兵士達をも次々に打ち倒して行く。
「シャーリぃ。本当はこんな事しちゃあまずいんじゃあないの?」
 シャーリと同じように森の中から姿を見せたレーシーが言ってくる。彼女は手とロケットランチ
ャーを一体化させたままだった。
「いいのよ。お父様には、邪魔する連中は全て始末するように言われているんだから」
 シャーリは、ショットガンを肩に担ぎながらそう言った。
「それはさておきなんだけど、あの子たちは部下に任せておいちゃって、平気だったの?シャー
リ?」
 レーシーがシャーリに大きな瞳を見せつけながら言ってくる。
「わたし達二人が出ていかないと、どうせ部下達じゃあ相手にならないのよ」
 と、シャーリは言い放ったが、そのとき、彼女たちは、自分たちがやってきた方向からも軍の
トラックがやって来ている事に気がついた。
「じゃあ、あっちから来るトラックはどうすれば良いの?」
 トラックは、アリエルとミッシェルを乗せたトラックの背後からやってくる。
「しまった。検問で挟み撃ちをする気だったのね!レーシー!急ぐわよ!」



 停車したトラックの荷台のすぐ近くにトラックが2台停車する。そして、誰かが荷台に近づいて
いくる。アリエルはそれを、物音を聞きつける事で感じ取った。
 アリエルの聴覚は鋭くなっており、その音をはっきりと聴き取る事ができていた。
「おい、お前たち!さっさと荷台から降りろ」
 攻撃的な声で誰かが言ってくる。トラックの荷台を見た時に、彼らは、目隠しをされて縛られ
ているアリエル達の姿を見ただろうか?
「助けて…!」
 アリエルが叫んだ。荷台に響き渡る声。
「おい!お前達!一体そこで何をしているんだ!荷台から降りろ!」
 そう行った刹那だった。突然、アリエルの耳をつんざくように、銃声が荷台の中に響き渡る。
荷台の中にいる誰かが発砲したのだろうか?それとも、外にいる誰かが発砲したのか?
 トラックの荷台の外で、誰かが倒れる音が聞こえる。
「早くトラックを出せ!」
 荷台の中で響き渡る声。
 トラックは急発進して、荷台の中でアリエル達は激しく揺さぶられた。
 今、誰かが助けてくれるかもしれないチャンスだったのに。アリエルは早くこの場から脱出し
たかったが、手を拘束されていては何もできそうにない。
 そうだ。もしかしたらと思い、アリエルは、手足から伸びる刃を突き出した。その刃を使い、ア
リエルは走行するトラックの中で、まずは自分の目隠しを切り落とそうとした。
 だが、目隠しはなかなか切り落とせない。手が背中側で縛られているせいで、刃を幾ら伸ば
そうとしても、顔の位置まで登ってこないのだ。しかも走行するトラックの中では、その刃で自分
の体をも傷つけそうになってしまう。
 数秒もした時、何とか刃を自分の顔の位置にまで持ってくる事ができた。そして、刃を使い、
アリエルは何とか、自分の顔から、目隠しを外すことができた。
「おい!おとなしくしていろ!」
 誰かが叫ぶ。両腕は拘束されていたままだったが、アリエルは、その場の状況をいち早く察
知できた。
 トラックの中には男が3人いる。そして母もいた。彼らは皆、走行するトラックの中でマシンガ
ンを持ち、アリエル達をトラックの中から逃さまいとしている。
 アリエルは走行するトラックの中で、立ち上がると、マシンガンを向けて来ていた者一人へ
と、素早く前蹴りを繰り出した。すると、彼の体は、トラックの幌を突き破って荷台の外へと飛び
出して行ってしまう。
「何、何が起こったの?アリエル!」
 ミッシェルが叫んでいる。
「さあ、お母さんも早く!この場から脱出しなきゃ」
 アリエルも叫んで、母の拘束を解こうとした。だが、一人の荷台にいるテロリストがアリエルへ
とその銃を突き出してくる。
「駄目。あなただけでも逃げて!」
 ミッシェルが声を上げる。
 だが、アリエルは、
「嫌!嫌だよ!絶対にお母さんもここから脱出させてあげるんだから!」
「おい!おとなしく座っていろ!」
 テロリストが、アリエルへと銃を突き出す。
 だが、アリエルは、銃を向けてくるテロリスト達に向けて言い放つのだった。
「撃つならば、好きに撃ってみれば!あなた達は私を必要としている!だから、撃つ事なんて
できないんでしょ?」
 と、アリエルは凄んで見せた。しかし、
「いいや。抵抗されれば話は別だ!さあ、さっさと座っていろ」
 だが、アリエルは、もうこれ以上彼らに従う事は出来なかった。このまま連れていかれるわけ
にはいかない。母も自分も。
 そう思った彼女は、体が素早く本能的に動き出していた。
 アリエルは素早く蹴りを繰り出して、目の前のテロリストの体を、荷台の奥側へと突き出した。
彼の体は、運転席の窓から中へと突っ込んでいってしまう。
 アリエルは、母、ミッシェルの言っていた言葉を思い出していた。
 “『能力者』は、人間では考えられないほどの身体能力を発揮する”
 それが、自分にも備わっているのだ。
 アリエルはそう判断すると、すでに行動を始めていた。
 残った一人のテロリストが、トラックの荷台の中で銃を発砲してくる。しかし、アリエルはその
銃弾をことごとくかわした。
 前にも何度かあったが、アリエルは、人の眼ではとても認識することができないものを、確か
に素早く認識することができる。
 アリエルは、さらに一人のテロリストの銃を蹴り払い、トラックの奥へと叩きつけた。
 荷台のテロリストは一掃した。今すぐこの場から、母とともに脱出しようとアリエルが行動しよ
うとしたその時、トラックは突然停車する。
 その急ブレーキのおかげでアリエルは体をトラックの荷台に投げ出され、ミッシェルの体も荷
台の上へと転がった。
 急ブレーキの衝撃からすぐに立ち直ろうとするアリエルだったが、まだ立ち上がらない彼女の
背後で、トラックの荷台に誰かが踏み込んでくる音が聞こえる。
「まったく、世話を焼かせてくれて!あんたがどうあがこうが、わたしから逃れる事はできないん
だよ!」
 という声と共に銃が自分へと向けられる音が聞こえた。アリエルはすかさず立ち上がり、声の
方を向く。
 シャーリがそこにいた。彼女は停車したトラックへと、ショットガンを構えて乗り込んできてお
り、銃口をアリエルへと向けてきている。
「お父様は、あんたなんか必要としていない。厄介もので、面倒ばかりかけるあんたを、お父様
のもとに連れていく事なんてできないね」
 アリエルが見るシャーリの顔は、脅しをしているようには見えなかった。彼女は何のためらい
もなく、銃の引き金を引くつもりだ。
「アリエル。大人しく従いなさい。この娘は本気よ」
 ミッシェルがそのように言ってくる。だが、アリエルは、
「あなたのお父さんが、一体だれなのか、それを知らないと、私はあなたに協力する事なんてで
きない!」
 と言うのだった。
 アリエルがそう言った瞬間、シャーリのショットガンの銃口が火を噴き、散弾が吐き出された。
「アリエル!」
 ミッシェルが銃声と共に叫ぶ。
 アリエルはとっさに、自分の刃が生えた腕で、そのショットガンの弾を防ごうとしたが、彼女の
体はトラックの荷台の幌を突き破って、外へと飛び出してしまう。
 アリエルの体は、停車したトラックから、幌を突き破って外のアスファルトの地面を転がった。
「死んだかどうか、確認しなさい。レーシー」
 煙が立ち上っているショットガンを構えた姿勢のまま、シャーリはレーシーに言う。
「あなた。何て事を!」
 目隠しをされたままの姿勢のまま、ミッシェルはシャーリ向って、怒りを込めた声を上げる。し
かし、
「無駄な抵抗をするなら、あんたも容赦しないよ。お父様は、危険な存在は自分には近づけな
いのよ。たとえそれが、自分にとって大切な相手だったとしてもね」
 シャーリはそのように言うと、今度はミッシェルへとショットガンを向けた。
「ねえシャーリ?」
 トラックの外から、レーシーが言ってきた。
「何よ?どうしたの?」
「あの子。いないよ。トラックの外に転がってなんていない」
 その時シャーリは眼をそらしてしまう。その瞬間、トラックの天井の幌を突き破って、アリエル
の刃が、シャーリに襲いかかってきた。
 シャーリは自分の頭上から襲いかかってきた刃に、目を見開く。それが自分の首筋へと走ら
された衝撃で、彼女は背後へと尻もちをついた。
 アリエルは頭上から、シャーリへと襲いかかっていた。彼女が振り下ろした刃は、間違い無く
シャーリの急所を走っていたし、いくらアリエルが、ナイフの名手とは言えずとも、それは致命
傷になるはずだった。
 だが、シャーリは自分の喉元を押さえたまま立ち上がる。
「ショットガンで、外に吹っ飛んでいったふりをして、素早くトラックの幌の上によじ登って、奇襲
を仕掛けようっていう考え。まあ、それなりに効果があるのかもしれないけれども、わたしには
通用しないわよ」
 シャーリが喉元を押さえていたのは、ただの確認のためでしかないようだった。彼女の喉に
は傷一つついていない。
 確かに刃はシャーリを傷つけたはずだった。しかし、アリエルは刃を下した瞬間、まるで硬い
金属へ叩きつけたかのような感覚を味わっていたのだ。
 更に、刃を通じて痛覚さえ感じる。刃が刃こぼれしているのだ。普通の人間には無いはずの
感覚だったが、腕と一体化しているアリエルの刃は、確かに感覚を持っていた。
 アリエルの刃が刃こぼれすることで、確かな痛みを感じる。
「分からず屋ねぇ、アリエル。あんたみたいな奴は、やっぱりお父様には会わせられないわぁ。
今ここで、殺してあげたいもの」
 シャーリは立ち上がると、再びショットガンの銃口を向けてきた。
 しかしその時、
「随分と、お痛が過ぎる子に育ってしまったようね。シャーリ。人質は丁重に扱えと、あなたのお
父様に習わなかったの?」
 荷台に後ろ手に座らされていたミッシェルが、一言放った。
「テロリストに成り下がった理由は何?」
 と、さらにミッシェルが言葉を続ける。
 その言葉が、シャーリの頭に血を上らせてしまったらしく、彼女はショットガンの銃口をミッシェ
ルへと向ける。
「また、テロリストと言ったな!わたし達はテロリストなんかじゃあ!」
 シャーリがショットガンをミッシェルへと向けてきた瞬間、後ろ手に縛られ、目隠しもされてい
たミッシェルが、突然、シャーリのショットガンを蹴り上げた。
 突然の蹴りに、シャーリはショットガンを握った腕をも、高く上げてしまい、そこに大きな隙を
作った。
 これは養母が考えた作戦なのだと、いち早く気づいたアリエルは、素早くシャーリの体へと体
当たりをしかけ、彼女の体をトラックの荷台から外へと押しやった。
 シャーリの体は、まるで金属の塊のように硬く、しかも重かったが、アリエルは全力でシャーリ
の体をトラックの車外へと突き落とす。
「運転手を!トラックを奪って!」
 ミッシェルから指示が飛ぶ。アリエルは、まるで押し倒すかのようにシャーリをトラックの荷台
から外へと突き落としていたから、急いで起き上がり、運転席へと飛び込んでいった。
 アリエルは、非常に危機感を感じている自分が、驚くほどのスピードで行動している事に気が
ついた。
 シャーリが起き上がって、再び荷台へと乗り込んでくるのよりも早く、
 アリエルは運転席の方へと飛び込んでいき、荷台と運転席を隔てている窓を突き破った。そ
して、運転手をトラックの扉を突き破りながら、車外へと蹴り出し、ほとんど飛び込むようにして
トラックのアクセルを踏み込む。
 エンジンがかけられたまま停車していたトラックは、急激にアクセルが踏みこまれた事によっ
て動き出した。
「駄目!私、トラックの運転なんてした事無い!」
 アリエルはアクセルが踏みこまれ、トラックが走りだした瞬間、我に返ったようにそう言った。
彼女は、わけも分からない様子だったが、
「バイクの運転と同じ感覚よ!あなた、バイクの免許は持っているでしょう?」
 と、ミッシェルは言ってくるのだが、アリエルは当惑して答えるしかなかった。
「実は、無免許で」
 そうアリエルが言った瞬間だった。突然、トラックに背後から空を切り裂くような音が響き渡
る。
 アリエルはバックミラーをサイドミラーを見たが、その時見えてきたものは、炎を後ろから噴
出させ、トラックへと突進してくるミサイルだった。
 ミサイルは、トラックの荷台に着弾し、爆発とともに、トラックの車体を吹き飛ばした。すでに
急発進していたトラックだったが、ミサイルの着弾によって、ロケットエンジンでも付けられたか
のように、再加速され、前部がつんのめる形になってしまう。
 アリエルは爆発の衝撃でハンドルを大きく切ってしまい、爆発時の加速もあいまってトラック
は横転する事になってしまった。
 まるで天地がひっくり返ったかのようにアリエルの体は、運転席内で揺さぶられ、やがてトラッ
クが停止した時には、彼女の体は運転席から投げ出されていた。
 頭を打ったのか、体を打ったのか、アリエルは自分でもよく分からなかったが、とりあえずま
だ生きている。それだけは分かった。
 すぐにアリエルは肝心な事に気が付く。今飛んできたミサイルは荷台に直撃していた。という
事は、荷台に乗っていた母はどうなってしまったのだろう?
 アリエルはとっさに自分が運転席から飛び込んできた、荷台への窓を覗き込む。
「お母さん!お母さん平気なの!?」
 横転したトラックの中はひどい有様だった。特に荷台など、原形を留めていないようだった。
「逃げなさい。アリエル」
 荷台の中から声が聞こえてくる。それは母の声だった。
「お母さん!お母さん!」
 アリエルは叫ぶ。
「大丈夫。私は大丈夫だから。ただ足が挟まって抜けないの。ここからは逃げられない」
 聞こえてきた母の声は決して瀕死の重傷を負っているような声ではない。しかし、トラックから
逃げられない。それはアリエルにとって残酷な言葉だった。
「そんな、嫌だよ!私、お母さんと一緒じゃあなきゃ逃げられない!」
 アリエルが運転席に向かって叫ぶ。
「何を言っているの。あなたはもう立派に生きられるのに。それとも、あのシャーリに捕まりたい
って言うの?」
 荷台からアリエルに向かって放たれてくる言葉は、痛烈な響きさえあった。
「そんなんじゃあ、そんなんじゃあないけれど。お母さんが捕まっちゃう!」
 アリエルは母に向かっていった。荷台を覗きこもうと思っても、中が原形をとどめていないの
で、どこに母がいるかも分からない。
 だが声だけは帰って来ていた。
「行きなさい!私は捕まったとしても、あなただけは逃げる事ができるでしょう?」
「そんな!私そんな事できない!」
 アリエルは必死になって言った。
「いいえ、行くのよ!行きなさい!そして、決して私を助けに戻ろうとしては駄目よ。シャーリ達
にも、その仲間にも見つからないように逃げるの。私からのお願いよ!逃げて!」
 母の痛烈な叫び声が響き渡った。
 アリエルにはすぐに決断することはできなかった。だが、シャーリ達はこのトラックへと近づい
て来ていたし、もはや迷ってなどいられなかった。
 アリエルはもう何も考えないようにした。
 母が言ったように、ここから逃げ出すしかない。後は体が動くままに任せた。
 横転したトラックの運転席から、無理やり体を引っ張り出し、あとはもう、猛獣から逃げ惑うウ
サギであるかのように逃げ出すしかなかった。
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