コスモス・システムズ Episode01 第2章



南アフリカ共和国 ケープ・タウンから150kmの山林地帯
西暦2135年6月25日
4:22 P.M.

 『南アフリカ共和国 南ケープ州』の内陸奥地は森林地帯が広がっている。気候はこの大陸の
国としては暑すぎもなく、寒すぎもなく、とても住みやすいものではあった。
 しかしながら、世界各地で頻発している紛争の足音は確実にこの地へも、その暗雲を広めて
きていた。相変わらず世界各地では紛争が続いているし、思想の対立も小競り合いからテロ
にまで発展する。
 アーサー・セント・ワールドも、そんな小競り合いから戦争、紛争の仲裁、協力のために向か
う、『イギリス連邦軍・南アフリカ駐屯部隊』の将校の一人だった。
 『連邦軍』という名ではあるが、彼が実際に属しているのは、70年にわたる同盟の歴史があ
る、世界にの西側の大陸、『EU』の一国『イギリス連邦軍』だ。
 だが彼は海外へ派遣される部隊として、この『南アフリカ共和国』に部隊とともに駐留してい
る。
 それも、かつては暗黒の大陸と言われていたほど、戦乱、紛争が続いた大陸で、最も平和と
される『南アフリカ共和国』の治安維持のためだ。
 この大陸は、世界でも最も貧困の層で生きる人が多い大陸だ。そして、戦争紛争なども非常
に多く、毎日、秒単位で人が死んでいる。
 世界各地はどんどん技術が進歩をし続けているというのに、この大陸の、特に内陸地域は何
百年も前の技術で、1日小銭程度の金額で生活をせざるを得ないでいる。
 そしてそれは、貴重な鉱石、エネルギー資源、麻薬などを掌握した、腐敗政権によって行わ
れている圧政からくるものだった。
 『南アフリカ共和国』は、そんな大陸な中でも特例的に平和ではあったが、近年、国境を脅か
すテロリスト、軍事政権も少なくない。
(ワールド大佐。状況はどうだ?)
 軍用ジープの中でアーサーに通信が入る。身長が190cmもあり、たくましい体格をした彼にと
っては狭いジープだった。その上、未だにガソリンで走る車だ。先進国では太陽光発電車など
が当たり前になっているというのに。
 さすがにアーサーも3年もこの国に駐留していれば、それには慣れてきてしまったのだが。
 アーサーはイヤホン式のヘッドセットに向かって答える。
「目標までは20km。現在森林地帯を進んでいるが、人の気配はない。目標とされる集落周辺
に警戒の姿勢もない」
 そのようにアーサーは答えた。まだ開発が進んでいないこの地域には、非常に多くの森林が
広がっていた。林業が盛んだとも言われている。
 世界各地で環境破壊が進んでいるというが、この国にはまだ森林が残っていたし、発見され
ていない貴重な鉱石がある。そしてその金に代わる貴重な資源を求めて、軍事政権の息がか
かったテロリスト達は国境を乗り越えてこようとしているのだ。
(了解。目標はそこの集落だ。兵器が隠されていると言う情報が諜報員から入っている)
 と、アーサーの耳には入った。
「ああ、了解した」
 そしアーサーは、この時代の技術としてすっかり定着した光学画面を開く。ペンライトほどの
大きさのデバイスから引き出せる、光だけで構築される画面。それを現代人は紙であるかのよ
うに使っている。
 紙と違うのは、その画面は実態を持たず、また立体的にも展開できるというところだ。現在で
は技術の進歩と簡略化により、最もシンプルな構造な光学画面ならば、紙と同等の値段で販
売されているほどだ。
 それはアーサーが子供の頃からあったものだった。
 その画面をネットワークにつなぎ、アーサーは集落の様子を探る。
 集落は、10軒ほどのログハウスが建っている様子が衛星からのリアルタイムの姿でわかる。
 テロリストの拠点とはされているが、一般人もいるのではないか。そうなると、一般人も巻き
込まれてしまう可能性がある。
 ここ最近、『南アフリカ』ではテロ事件や、政党同士の小競り合い、殺人事件、軽犯罪までさま
ざまな事件が起こっており、非常に情勢がデリケートだった。隣国では民族解放軍を名乗る軍
事政権によるクーデターまで起こりそうになっている。
 アーサーが所属しているのは、『連邦軍』と呼ばれる軍の連合であり、あくまで、民主主義に
より、これまでの『南アフリカ共和国』を保とうとしている。
 しかしながら、民族解放軍率いる黒人の民族至上主義者達はそれをよしとしない。自分たち
の人種至上主義で動いている。
 そんな小競り合いが世界各地で起きている。
 アーサーらの各地へ派遣された軍人の仕事はその鎮圧だった。
「具体的にどのような兵器が隠されているのだ?そのような施設は見当たらないが」
 光学画面を見ながらアーサーは答えていた。
(詳細は不明だが、武器弾薬との情報。その集落内の者からの連絡だ)
 武器弾薬。それがどのくらいの性能を持っているかは知らないが、都市近郊にそのようなも
のが隠されているなど、危険極まりない。
 もしそれが『解放軍』が所持するものであったら、首都《ケープタウン》をも巻き込んだ内戦に
発展しかねない。
 武器弾薬が本当にあるにせよ、ないにせよ、アーサー達はその集落を、強制的に操作する
必要があった。
 だが、こうしたことは別に珍しいことではない。
 現在の『南アフリカ共和国』では毎日のように起きている出来事だった。
(民間人を巻き添えにするわけには行かない。先日の暴動でも民間人に死者が出た。このこと
に、国際連盟は我々にひどく反発をしている)
 との命令が本部からやってきた。
「ああ、承知している。だが、やむを得ない場合もある」
 アーサーはそう答えた。もしそこが『解放軍』の息のかかったテロリスト達のアジトならば、交
戦する可能性もある。
 『連邦軍』は、民間人を巻き添えにすることを、極力避けている。
 それを知ったテロリスト達は、民間人のふりをして活動をしているのだ。
 容赦をしていては、この国を守ることはできないだろう。だからアーサーは、常に覚悟をして
いた。
 軍のジープは、迅速に、その集落へと向かっていた。

 その頃、近隣の地域で森林伐採の仕事に従事している、ティッド・スミスは今日の仕事を終
え、妻子が待つ家へとジープで戻ろうとしていた。
 『南アフリカ』のこの地域は、森林資源が非常に豊富であり、海外に輸出も行っている。
 ティッドは妻子のためにこの仕事に就いている。《ケープタウン》に行けば会社に入ることもで
きたが、近年増加している都市での犯罪と、都市型マフィアの活動を考えれば、愛する家族の
ためにも、平凡なところに住むのが一番だった。
 国のもっと南側に行けば、高給で、鉱石の採掘などの仕事もある。だが、それが、“汚れた資
源”であることは、この国に住む者なら誰でも知っている。
 それはマフィアの資金源になり、汚職に使われる。
 金に目がくらみ、その仕事に就く者たちもいるが、それは身の破滅に繋がる行為だ。そして
家族にも危害が及ぶ。
 ティッドにとってはそれは何よりも恐ろしく、避けなければならない事だった。
 森の山道を抜けていき、ジープは森の中にある集落へとやってきていた。この土地は、都市
からは自家用車でなければ来ることができないほど遠い。
 だが、ティッドはそれを不自由とは感じなかった。この混沌とした世で手に入れられる数少な
い平和。それを手に入れられるのだから。
 一つのこじんまりとしたログハウスにティッドはジープを止めた。今日も西日が強く暑い。これ
でも、森林地帯はかなり涼しいというのだが、温暖化の影響でますます気候が暑くなってしまっ
てきているようだった。
「パパ、おかえり」
 そのように言ってきたのは、日系人種とハーフの娘だった。今年で7歳になる。
 ちょうど、ヨーロッパ系人種のティッドと、日系人種の妻のそれぞれの良さが顔に現れてお
り、とても愛らしい。
 娘はまだ世の中も知らない、とても純粋無垢な子供だ。だからこそ守ってやりたいと思う。
 この世にはびこる邪な出来事からは遠ざけたかった。
「いい子にしていたかい?アリア?」
 そのようにティッドは尋ねていた。彼女を抱っこしてやりたかったが、材木伐採の仕事で汚れ
てしまっていた手で娘、アリアを抱えるのもどうかと思った。
「うん。でもね、ママがとても真剣そうな顔で、パパに相談事があるって言っていたの」
 と、アリアは答えた。
 彼女の顔は子供そのものだったが、結構口達者である。
 実のところ、国のこの情勢下、アリアは学校に通うことができていない。都市部では、子供に
対する誘拐犯罪も横行している。
 これは、まだ情勢が安定していた頃に移住してきたティッド達にとっては、頭を悩ませることだ
った。
 学校に通っていないという割には、ティッドの娘、アリアは随分と難しい言葉を並べたりする。
大人でさえ知らないような単語を話すこともあるし、すでに計算の方も、掛け算割り算などがで
きるらしい。頭のいい子だった。是非ともいい学校に通わせてやりたい。
「あら、おかえりなさい」
 アリアと共に、家族の住むログハウスの玄関口にやってくると、家庭菜園をしている妻の姿が
あった。
 北村梓。イーストレッド系人種の彼女。ティッドは彼女と国際大学で知り合った。歳は30歳で、
ティッドと同い年である。
 梓は、菜園の仕事に熱中していたせいか、ティッドよりも土で汚れている。しかしそれでも十
分に魅力的な姿を彼女はしていた。
 艶やかな黒髪と、20歳ほどにしか見えない顔立ち。実際、彼女は大学でも人気の的だった。
アジア系人種は、背も小柄で、鼻も高くないというが、梓は例外なのだろうか、ヨーロッパ系人
種にも引けを取らないようなプロポーションの持ち主であり、男たちは競って彼女にプロポーズ
をしようとしていたものだ。
 そんな、彼女は今、ティッドの妻となっている。
「今日の仕事は?」
「首尾は上々だよ。どんな世の中でも木は売れるからね。それよりも、何か話があるんだっ
て?」
「ええ、中に入って」
 例え世の中の情勢がどのようになっていこうとも、ティッドはこの幸せを大切にしていきたかっ
た。
 梓とアリアという宝物は、絶対に失いたくない。その気持ちは梓も同じだったはずだ。だから
何の話を持ち出してこられるのかは、ティッドにも良くわかっていた。

 テレビでは、今朝からひっきりなしに同じニュースが流れていた。それは、この国の北側の国
境地帯を報道しているニュースだった。
 緊迫した様子でナレーターがその場の様相を伝えている。
(現在、『南アフリカ共和国』『ナミビア』間国境では、連邦軍の軍による厳戒態勢が続いており
ます…、昨晩、『解放軍』こと、民族解放軍により、隣国、『ナミビア』北側の国境が破られ、戦
車兵器を初めとする多くの軍が国境を進軍してきており…)
 それは、この世界が抱えている火種の一つだった。
 荒涼とした国境地帯には、普段は、頼りないフェンスが国境を越えてくる者達を防ぐために張
り巡らされているが、今、この国境を乗り越えようとして来るのは、戦車のみならず、最新兵器
まで備えた民族解放軍だ。
 『南アフリカ』や、周辺の資本主義同盟国を守る『連邦軍』は、それを上回らんかの様相で迎
えている。
 大型の戦車や重厚なバリケードといったものが、今では国境地帯を固めていた。
 周辺を巡回する軍の兵士達の顔にも緊張が走っている。荒涼とした荒野の国境地帯の風景
ともあわせ、それはこの、平和な家族がいるログハウスの中にも伝わって来そうなばかりであ
った。
 それを一心不乱の様子で、まだ幼いアリアが、空間に浮かんでいる、光学画面のディスプレ
イを見上げていた。普通、アリアの年頃ならば、アニメや、憧れのアイドルが出てくるバラエティ
番組を見ていたりするものだ。
 このような現実を見せつけるような番組を、好んで見るはずがない。
 しかしながら不思議とアリアは、そういったニュース番組などを良く見ているようだった。
 まだ、7歳の彼女が、そんなものを見て理解できるのか?梓はそう疑問に思いつつも、テレビ
のチャンネルを変えた。何度かチャンネルを変えて、ようやく緊迫したニュースからは解放され
たが、それは、大学放送の教養番組だった。
 でも、これなら幾分か、アリアへの刺激も和らぐだろう。チャンネルを勝手に変えた事には、
アリアは何の反応も見せなかった。
 そんな妙に落ち着いている娘の姿を疑問に持つことも、だんだんと梓にはなくなってきていた
が。大人でさえ眠りたくなってきそうな、大学放送の番組を黙ってみていられる子供というのも
珍しい。
「この国も、もはや安全とは言えなさそうね。そろそろ別の国に行った方がいいんじゃあないか
しら?」
 梓はコーヒーカップを持ち、テーブルに座りながら、夫のティッドにそう言っていた。この言葉
はもう何度も彼へと向けられている。
「テレビは恐怖を煽っているだけさ。ここから国境からずっと離れているし、そこまでの都市も
全部、軍が守ってくれている。とても、民族解放軍の連中はここまでは来れないよ」
 そのように言って、ティッドは梓をなだめる。しかし、どこまで安心してよいものか。
「私は、アリアのためを思って言っているのよ。この子はとても優秀なんだから、いい学校に通
わせたい、こんな田舎にいさせたくないわ」
 梓も、確かにこの山奥のログハウスは気に入っていたし、世界の混乱から切り離されたかの
ような所に、平和も感じていた。だが、アリアが育ってくると、彼女のためにも、この土地を離れ
ることを考え出していたのだ。
「だけれども、都会や、まして他の国に行くとなったら、お金を貯めなきゃあならないし、アリアも
環境の変化に慣れさせなければならないから、簡単にはいかないだろう。新しい仕事も見つけ
なければならないし」
 冷静にティッドはそのように言って来るのだった。
 梓も落ち着いたふりこそしていたものの、内心は正直焦っている。落ち着いていられる夫とア
リアの事が信じられないくらいだった。
「だったら、準備を急いだ方が良いわね。あなたも新しい仕事を新天地で見つけないと」
「そう簡単にはいかないよ。お金だってかかるだろうし。うちにはそんなに貯金が無い」
 と、ティッドには言われてしまった。
 多発する紛争の影響で、世界経済は打撃を受け、慢性的な不況が続いている。仕事を見つ
けるのだって、そう簡単にはいかないことだった。
 そこまで言ってしまうと、梓は黙ってしまうしかなかった。
 この国のこの土地で生活しているのだって、元々は自分の選択によるものだ。アリアのため
に早急に離れる事が全てなのか。
 逆に言えば、アリアのためにも、住む環境を変えないほうがいいかもしれないのだ。いずれ、
この地で起きている戦乱も収まるのだろうし。
 その時、梓達は、突然迫ってきた何かの音を聞いていた。
 それは一定の音で聞こえてくる、それもかなり遠くから聞こえてくる音だった。
「ヘリか…?こんなところに、珍しいな?」
 と、ティッドは窓の外を見て言っていた、
「政府の規制で、軍以外のヘリは飛ばせないはずよ。こんなところに、軍が何故通るの?」
 そんな事はない。軍が警戒態勢を敷いているのは、ここよりもずっと離れたところのはずだ。
 だが、ここ最近の治安の悪化から、警戒心が高まっていた梓達は、その異変に少しずつ気
づいていた。
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