コスモス・システムズ Episode01 第4章



「連邦軍のヘリが来た。山道からはジープも来ているらしい」
 梓達の家族と同じく、集落に住んでいる近所のメイヤーが、彼らのログハウスにやってくるな
りそう言った。
 メイヤーは血相変えたという表情を見せており、とても緊迫している。しかも厚手の上着を羽
織っており、どうやら、この集落からさっさと逃げようと考えているようだった。
「だが、連邦軍は我々国民の味方だろう?」
 ティッドはメイヤーを落ち着かせるかのようにそう言ったが、彼は、自分のジープにすでに妻
と二人の子供を乗せており、家族ごと逃げようとしているらしかった。
「考えの甘い奴だな。連邦軍の連中は、戦争に勝つためなら、国民の命の事などどうでもいい
って考えている。現に、解放軍と繋がりのあるスパイを根こそぎ拷問しているって噂もあるんだ
ぞ」
「でも、私達は解放軍のスパイなんかじゃあないでしょう?」
 と、梓が声を上げた。
「無線を傍受できたんだ。連邦軍のな」
 そう言って、メイヤーは録音してきたらしい携帯端末を見せつける。そしてスイッチを入れた。
(解放軍のスパイの拠点と思われる集落には、まだ数人の住人が―)
(住民を巻き添えにしてしまう可能性もあります)
(いや、しかし、これらの兵器が使われるような事があれば、首都が攻撃される危険性さえあ
る。巻き添えはやむを得ん)
 そこまで音声が流れると、ティッドは荒々しくその携帯端末の電源をオフにした。
「聞いたか。連邦軍の連中は、一般人なんて巻き添えにしたっていいって考えているんだよ。
戦争に勝つためならな」
 と、感情も露わにして、ティッドはそのように言うのだが、
「ちょっとあなた。軍の無線を傍受したっていうこと?」
 そこで梓は身を乗り出した。そしてメイヤーの手から携帯端末を取り上げた。
「あ、ああ…」
「馬鹿な事をするのね!軍の無線を傍受なんかしたら、スパイだって勘違いされても、言い訳
はできないのよ!」
 そのように梓はメイヤーに迫る。彼は目線を外して、梓に言い訳をしてきた。
「た、たまたま傍受したんだよ。仕方が無いだろ。それに、家族を守るためだ。仕方が無い。あ
んたらも、さっさとここから逃げた方がいい!」
「ええ、私達の家族も危険にさらしておいて、よく言うわね。他の家にも伝えなさい」
 まるで我が子をしかるかのように梓はそう言い放つ。娘のアリアがあまりにもできた子だか
ら、滅多に梓はそのような姿を見せないのだが。
「そんな時間は無い!もうヘリで偵察されている!」
 そう言い放つなり、メイヤーはとっとと梓達の家を飛び出し、ジープに乗ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
 梓が飛び出して行っても、まるで他人のふりをするかのように、メイヤー達家族は、自分のジ
ープに乗って山道を走って行ってしまった。
 この世界の戦乱や混乱が収まらないのは、官僚や軍の高官たちの汚職が進んでいるからだ
けではない。自分は無関係だから関係がない。自分だけ助かればいいと思い、見て見ぬふり
をする者達がいる事もある。
「それ、どうするんだよ」
 そのようにティッドは言ってくる。梓の手には、軍の無線を傍受の録音がされた、携帯端末が
握られたままだった。
「こんなものを持っていたら、解放軍のスパイと勘違いされても言い訳できないわね。どこかに
隠しておいた方がいいわ」
 ログハウスの中をちらりと見返した梓は、そこでまだテレビに見入っているアリアが目につい
た。
 いつの間にか母の変えたチャンネルを元に戻して、緊迫した国境地帯のニュースを見てい
る。
 まるで、親たちの喧騒など、気にも掛けていない様子だった。
「全く。話は聞いていたでしょう?さっさとここを離れなければならなくなったわ」
 と、梓は、まだ幼い娘に、大人に話しかけるかのように言うのだった。
「うん、聞いていた。でも、まだ準備ができていないから」
 そのようにアリアは落ち着き払ったような口調で言って来る。何故、こんなに彼女は落ち着い
ていられるのか。
 戦争の火種、人々がもっとも忌み嫌うものが迫ってきているというのに。
「さっさと行くのよ。恐らく、もうこの家にはいられない」
 梓のその言葉に、アリアは彼女の方を振り向いてきた。悲しそうな顔をしているわけでもなけ
れば、落ち着いた顔をしているわけでもない。
 さっと、梓はアリアの身体を抱きかかえるようにした。
「おい、ヘリがこっちの方に来るぞ」
 そのように、すでに玄関口から外に出ようとしているティッドが叫ぶ。
 大型のヘリの大きな音が響き渡り、それが今、梓達のいるログハウスの目の前に着陸しよう
としていた。
「何だって言うのよ、全く」
 梓は吐き捨てるかのようにそう言った。そして、アリアを伴って、ティッドの横から、この集落
に着陸しようとしているヘリの姿を見上げた。
「これじゃあ、かえって逃げようとすると怪しまれてしまうな」
 ティッドの言う通りだった。この集落はいつの間にか軍に包囲されている。そこから逃げようと
すれば、敵対勢力と勘違いされても文句は言えないのだ。
「アリア。仕方ないわ。そのまま家の中に入っていなさい。何があっても出てくるんじゃあないわ
よ」
 そう言って梓は念を押すのだった。
「うん、分かった」
 アリアが背を向けて、ログハウスの奥の方へと向かって言った。その時、ヘリが着陸して、武
装した『イギリス連邦軍・南アフリカ駐屯部隊』の兵士達が現れる。
 重武装だった。マシンガンを持ち、最新型の戦闘スーツを装備している。このまま戦争へと向
かっていっても不思議ではないだろう。国境紛争が待ち構えていると言うのに、彼らはここで何
をしているのだろうか。
「何だ、何だ君達は?ここに住んでいるのは、ただの民間人だぞ!」
 ティッドは両手を上げ、無抵抗の姿勢を見せた。
 だが、ヘリは次々と集落へと降りてきて、あたかも戦場の一角であるかような様相と化す。
「武器庫は?武器庫はどこにある!?」
 そう真っ先に軍の兵士がティッドにマシンガンの銃口を突き付けて言って来る。
「何だ?何の事を言っている?」
 ヘリの音がうるさく、ティッドは聞き返した。
「武器庫はどこにあるんだ?」
 マシンガンの銃口を突きつけられて脅されているようにしか見えない。しかし、ティッドにそん
な心当たりがあるはずが無かった。
「知らない!何の事を言っているんだ?子供だっているんだぞ!」
 そのようにティッドは言いかえす。
「連れて行け!」
 兵士に言われティッドは無理矢理連れていかれてしまうのだった。そして、連邦軍の兵士達
はどんどん梓達の暮らすログハウスへと入って来てしまう。
「ちょっと、あんた達!人の家に土足で…!娘が家の中にいるのよ!」
 梓は連邦軍の兵士達にそのように言うのだが、彼らは聞く耳を持たなかった。物々しい様子
で、どんどん部屋の中に入ってくる彼ら。
「中を調べさせてもらう!」
 そう言い放つのは、部隊長らしき兵士だった。
「中には娘しかいないわよ!」
 と梓が言っても、兵士達は容赦しなかった。

 その頃、アーサーは軍のジープに乗って、ヘリの部隊よりも少し遅れて集落へとやって来て
いた。
 案の定、アーサーの任された部隊の隊員は容赦をしなかった。一般人には武力行使はしな
い、イギリス連邦軍・南アフリカ共和国軍はあくまで、民主主義側であり、非人道的行為を嫌
う。
 しかしながら、民族解放軍相手には、そのような事など言ってもいられなかった。
 見せしめに命を奪うような事はしないが、住民たちの生活の場に、土足で足を踏み込むこと
など、日常茶飯事だ。
世間の風当たりも強い。アーサーは兵士達に捕えられている住民達の怪訝な視線を浴びつ
つ、部隊を率いる者として、集落の中心の広場へとやってきた。
アーサーは割り切っている。住民達を捕えたのではない、あくまで保護しているのだ。
 もし、解放軍とここで交戦するような事態になれば、住民達は避難させるそのつもりだ。
 アーサーがジープから降りた時、そこに一人の女がつかつかとやって来る。
「おいお前」
 兵士は彼女を引き留めようとするが、
「構わん。丸腰のようだな?意見があれば、聞こう。私がこの部隊の指揮官だ」
 アーサーの前に現れたのは、極東方の人種の女だった。『南アフリカ共和国』は多民族国家
だから珍しい事ではないが、小柄と言われている極東方の女にしては珍しく、背も170cmほど
あり、190cm以上の身長がある体格のいいアーサーを睨みつけている。
 歳は30歳ほどか。気の強そうな女だった。
「ママ!ママ!」
 まだ幼い子の声が聞こえてくる。兵士の一人に無理矢理抱きかかえられて、ログハウスの一
つから連れ出されてくるところだった。
「アリア!」
 そのように叫ぶのは、アーサーの目の前の女だった。すぐに分かった。この女の娘だ。
「あんな小さい私の娘もここにいるのよ。一体、どうしてくれるのよ?」
 と毅然とした態度で、この女は言ってきた。屈強な重武装相手の軍人に対して、毅然とした態
度で迫ってくる。
「住民には手を出さんさ。ただ、『解放軍』と通じている連中は別だがな。我々は武器庫を探し
にここに来たんだ」
 すると女はため息をつく。
「そんな情報、確証があるっていうの?この集落の皆が毎日ここで生活しているって言うのに、
野蛮な連中の武器庫がここにあるわけがないでしょう?」
 確かにそうかもしれない。しかし命令がある以上、アーサーらはここの調査をしなければなら
ないのだ。
「武器庫が無ければ解放する。我々は、戦争をしにここに来たわけではないのだからな」
 と、アーサーは言うのだった。
「やれやれ。よくそんな口がきけたものだわ」
 呆れたようにその女は言った。
 武装したアーサーの部下達は次々と集落の人々をログハウスの外へと出していった。これで
また、『連邦軍』の、そも軍事介入に対しての反発が強まるな。そのようにアーサーは思う。
「肝心の武器庫は見つかったのか?」
 無線でアーサーは部下に尋ねた。武器庫さえ見つけることが出来れば、任務は完了したも同
然だ。ほぼ無血で任務を終えることができる。
(いえ、まだ発見できません)
 無線から帰ってきた言葉に、アーサーは顔をしかめる。
「衛星で場所は分かっているはずだ。何故まだ見つからない?」
 そう言ったものの、捜索班との無線にノイズが入る。砂嵐のような音が聞こえてきて、無線が
途絶える。
「おい、どうした?」
 だが、無線は砂嵐に包まれる。アーサーは違和感を覚えた。
「ちょっと、あんた達、いつまでいるのよ。目的の物がないんだったらさっさと帰って…」
 さっきの女がそう叫んできている。だが、アーサーの関心事はすでに任務に集中していた。
「全員の配置は確認できているか?」
「ええ、地形図に出ています」
 アーサーは、部下から地形図が表示された電子パットを受け取った。
 配置に異変はない。だが、何故無線が途切れたのか。アーサーには嫌な予感が走った。
 次いで、突然空を切手何かがこちらに迫ってくる音が聞こえた。あっという間の出来事だっ
た。ログハウスの一つが突然爆発し、その衝撃が彼らを直撃するのだった。
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