コスモス・システムズ Episode01 第6章



「このような形しかなかったとは。自分でもつくづく無粋な真似をしたと思うわ。もっと平和的に
いきたかったものを」
 そう、静かで落ち着いた室内で、少女は呟いていた。
 ここは、『南アフリカ共和国』からは何千キロも離れた所にある。時差も異なり、今現在、同国
は昼過ぎくらいだった。しかし少女は、その出来事を、まるで目の前で起きているように体感し
ていた。
 ヘッドギアの内側につけられている画面からは、臨場感のある世界が広がり、匂いまでも感
じられるかのようだ。
 今回起こした出来事は、少女が、頭のなかで何度もシミュレーションと、検証を繰り返して来
たことだ。情報意外は、閉じられた世界で生きてきた彼女にとっては、卓上や画面上での計算
を何よりも信頼している。
 だが、想定通りには何事もいかないものだ。かと言って、少女は取り乱したりはしなかった
が。
「歴史を変えてきた者達は、常にこうした決断を下してきたのね。それがひしひしと感じられる
わ」
 現場が一段落したことを確認し、彼女はヘッドギアから頭を外した。
 すると、そこへ再び褐色肌の背の高い男が姿を現す。
「ですが、被害は最小限に食い止められました。肝心の人物は、向こうの方に渡ってしまいまし
たが」
「ええ、そこが問題よ。仕方がないけれども、彼女に目覚めてもらうしか無い。我々のために
も」
 少女はそう言って、新たな展開を想定していった。

 アーサーらは、負傷した北村梓の体をヘリに載せて搬送するところだった。
「梓、梓!」
 梓の夫、ティッドという男が血相を変えて迫ってこようとしていたが、兵士たちによって取り押
さえられている。
「一緒の病院に連れて行く。いいな?取り乱したり、余計なことはするなよ。輸血が必要になる
だろう。奥さんの血液型は?」
 そうアーサーがわざわざ自分でティッドに尋ねた。
「A型だ。Rh+の」
「よし、ならば問題無いだろう」
 輸血に問題のない血液型。すぐに判断し、そうアーサーは言った。そしてティッドと、彼と梓の
娘である、アリアという少女も戸惑い、何が起きたのかまだ理解できないといった様子だ。
 彼らを載せたヘリが飛び立っていく。しかし参ったことがあった。
 アーサーも梓の負傷した肉体を見た。確かに、地雷にやられた怪我だった。片足を失うどこ
ろか、半身を吹き飛ばされても不思議では無いほどの威力だっただろう。
 だが、この女は、大きな怪我を負い、相当量の出血をしているものの、生きている。それもア
ーサーにとっては意外な形でだ。
「見ましたか、ワールド少佐。これは一体」
「おい、声を小さくしろ。知られるわけにはいかない。あんた。ティッドといったな?奥さんは義足
だったのか?」
 すぐさま、ワールドは、ティッドという、この梓の夫を呼んだ。
「え?何のことだ。そんな事は?」
 動揺した様子のまま、ティッドは言ってきた。
「この奥さんの姿を見ろ」
 と、ティッドに、運ばれていく梓の体を見せた。戦場での救急訓練を受けている兵士たちによ
って運ばれていく姿は物々しい。
 しかし、アーサーが見せたかったものは、傷ついた梓の姿ではない。
 その梓の傷口から除く、光沢を持った金属のものだった。
「あれは義足などではない。脚だけじゃあない。下半身の一部、上半身の傷からも金属があ
る。見たところ、機械だ」
 と、アーサーはティッドに疑いの目を見せて言った。
 ティッドは目を泳がせている。そのことを知っていたのか?夫婦なのだから知っていて当然の
はずだ。
「い、いや、あれは怪我をした時に」
「怪我だと?彼女は半身どころか、ほぼ全身が機械だぞ。脳までそうなのかは分からないが、
あんなに精巧なメカを作れる技術、先進国にすら無い。あれは、どういう事だ?日本ででも受
けた手術なのか?」
 アーサーはティッドの言葉を遮ってその様に続ける。
「だから、怪我をした時に…」
「ママ、ママは大丈夫なの?」
 そのように梓、ティッド夫妻の娘のアリアが、父の服を引っ張っている。
 怯えた表情だ。しかし、どこか達観したような眼差しがある。母親が重傷なのに、落ち着いて
いられるのか。
「いいだろう。あんたたちも同じヘリに乗れ。事情を聞かせてもらう。重要参考人としてだ」
 アーサーはそう言って迫った。彼の目は、すでに一般人を守る軍人ではなく、敵を見る目にな
っていた。
 ティッドは娘を伴い、抵抗はしなかった。したくてもできないだろう。これだけ武装した軍人た
ちがいるのだ。
「目を離すな、取り調べの用意もしておけ。私が直接する」
 最後に乗り込んだアーサーの一つ下の地位の中尉に彼はそう付け加えた。
「了解」
 そして彼らを乗せたヘリは飛んでいく。アーサーには思い当たりがあった。機械化された人
間。つまりはサイボーグという事だろうか。
 そのようなものが、一般人の中にいるなど、この国の治安を任された軍人としては見逃すこと
ができない。軍部でも興味をもつだろう。
 そしてそのことを、あの夫は隠している。何故だ。
 飛び去っていくヘリを見ながら、まだ付近の安全を確認し、連絡を待っているアーサーに、言
ってくる兵士が一人。
「ワールド少佐。只今、付近の様子を探りましたが、『解放軍』もしくは、敵対勢力に関する痕跡
は見当たりませんでした」
「どういう事だ?確かに銃声や爆撃音も聞こえてきていた。間違いなく、何かしらの攻撃を我々
は受けたんだ」
 はっきりと、自分には一切間違いが無いということを断言できる口調で、アーサーは言うのだ
が、
「ですが、痕跡が一切ないのです。武装勢力はおろか、銃撃の痕跡、爆発の痕跡さえも一切な
いのです」
 どうしたらよいか分からないといった様子で、目の前の兵士は戸惑っている。
「ここにいる皆が見たはずだ!確かに爆撃があり、我々は何者かと交戦した!それはお前達
だけではない。住民も見ているはずだ!」
 兵士達だけではない、この場にいる住民達全てに向けても、アーサーはそのように言ってい
た。
「ワールド少佐」
「何だ?」
 アーサーの背後からそのように言って来る兵士の声。
「『解放軍』のものと思われる、武器庫ですが、何もありませんでした。小屋はおろか、空き地さ
えも、何もかもありません。きちんと座標も確認しました。しかし、そこには何もなかったので
す」
 そうだ、元々、アーサー達の部隊はそれを目当てにしてきたのだ。
「馬鹿な!地中探査もしたのか?金属の破片でも何でもいい」
 しかし武器は向きなおって言ってくる。
「金属の破片一つさえもありませんでした。ただ、森が広がっているだけなのです」
 アーサーは考える。軍での調査でもしっかりと、武器庫の姿は衛星に映っていた。それなの
に今はない。忽然と消え去った。しかも空き地などを残すのではなく、森の形で残っている。
 姿を消した。そう考えるならば、最初から無かったと考えるほうが妥当だ。
 それが、今の世の中、特に戦争や紛争の場面では当たり前になってきている。
「まて、一つ心当たりがある。だが、入念に注意はしていたはずだ。まさか、外部からの干渉が
あるとは―?一体、何の為だ?何故、我々にこの集落を攻撃させたんだ?」
「つまり、“干渉”されたという事ですか?先ほどの銃撃も、何もかもが?」
 アーサーと部下が言い合う、干渉とは、高度に発達した情報機器、ネットワークによって作ら
れる虚像だ。
 実際には何もないところに、建物一つ、軍事施設や、兵器類、戦闘機なども見せる事ができ
る。それが、一般対象相手ならばまだ良かった。
 しかし今では、軍部の誤認攻撃を引き起こすことができるほど、現実感のある、そして情報
機器に虚偽だと分かりづらい干渉技術が発達している。
「いや、あのログハウスは確かに爆発した。その他の銃撃は…、これだけ撃たれていて負傷者
がいない、か。まんまと騙されたが、何のためだ。こんな茶番をしたところで、我々が怯えると
でも思っていたのか?」
 『解放軍』にこのような技術力があっただろうか。いや、陰ながら彼らを支援している者達も多
い。
 とくに貴金属やエネルギー鉱石などで、政治家を操る影の組織も多い。そのような腐敗が軍
部にまで広がっており、資金提供をしている。黒い噂も耐えないのだ。
 アーサーは思案した。間違いなく、我々は干渉された。それも軍の最新の情報システムをも
騙すことができるような方法でだ。こんなことを、生半可な勢力ができるだろうか。
 そしてあの女、北村梓といったが、彼女がこの件に何らかの形で関係しているはずだ。あの
ような形での機械が埋め込まれている人間など、このような普段は静かな集落には、あまりに
も異質すぎている。
 そして、梓の夫、ティッドもそれを知っているはずだ。さらに、
「少佐。不審者を一人確保しました。住民の一人を連れ去ろうとしていた模様」
 アーサーの部下の一人が、一人の極東系の男を連行してきた。人種にしては背は高いが痩
せた男で、年齢は20代後半といったところだろうか、アーサーから見れば若造同然だ。
「お前は何者だ?子供を誘拐しようとしていたようだが?」
 アーサーは、その男の前にずいと出て言い放った。並の男ならば、自分よりもずっと大柄な
相手に対し、並大抵の男ならばそれに怯む。しかしこの男はまだ余裕のある評定をして見せて
いた。
「いや、そうじゃあない。俺はただの住人さ」
 男は言い訳をしてきた。少なくともアーサーはそのように思った。
「『民族解放軍』は子供を誘拐して、少年兵にしたり、奴隷のように売買をしていると聞く。お前
もその類いか?」
 うむを言わさずアーサーは詰め寄った。
「俺はそんな連中どもとは違う。民間人さ」
 すると、アーサーはいきなりその男の首に肘を当てた。そして近距離の目線で言い放つ。
「おい、ふざけているんじゃあないぞ。お前の素性など、軍で調べればすぐに分かる?それに
飛び立っていったヘリは?その行き先はどこだ?」
 脅しをかけるようにいったアーサー。しかし、その行為は部下によって咎められた。
「少佐。民間人の前です。抑えてください」
「ふん」
 アーサーが男から腕を離すと同時に、二人は同じような声を出した。ついムキになったもの、
反政府組織がいかに非人道的なことをしているか、彼がよく知っているからだ。
だが、アーサーは少し心を落ち着けて、部下に命じた。
「こいつの指紋をスキャンして送れ。軍部につくまでには洗いざらい素性が分かるようにとな」
 すでにアーサー達のヘリは飛び立とうとしていた。危険がないと分かり、また男も拘束した以
上、彼は数名の小隊を残して、すぐに軍部に戻る必要があった。
 部下は捕らえた男を半ば乱暴に連行していこうとする。ヘリはすでに起動音を立てていた。
「飛んでいったヘリの衛星での追跡はどうなっている?」
 休むまもなく通信機を使い、この現場の状況を衛星で見ているであろう本部と、アーサーは
連絡をとった。
(衛星の圏外へと逃れてしまいました)
 申し訳無さそうな声で本部の通信官から連絡が入った。
「そうか、分かった。今から本部へと戻る」
(了解)
 そんなことだろうと思った。アーサーはそう思った。
平和なひとときが一転して戦場のような有様となってしまった集落を眼下に、彼らは一時の嵐
のように去っていった。

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