コスモス・システムズ Episode01 第7章



『南アフリカ共和国連合軍』本部 『イギリス連邦軍』部隊
ケープ・タウンから100km
5:18 P.M.

 『イギリス連邦軍』という名称で知られているアーサー達の部隊は、『WNUA』としてかつては
知られていた、西側諸国の連合に属する。
 静戦と呼ばれていた、共産主義圏との戦争が本格化した後、7つの先進国の連合は、幾度
かの政変と経済的混乱によって、南北に分裂をしてしまった。『WNUA』といえば、7という数字
を象徴するほどの結束だった国々だが、現在北側の『N-WNUA』といえば、4カ国だけだ。それ
以上の国が加入できる見込みもない。
 世界トップクラスの勢力が分裂したことによって、世の中はまさしく群雄割拠となっている。ど
この国でも自国の領土を守ろうとし、緊迫した国境線が網の目のように広がっている。
 『南アフリカ共和国』に『連邦軍』と呼ばれる軍事連合が介入するのものその理由だ。資本主
義国家の勢力が支配され、『民族解放軍』が絶大な力を得ていくのを防ぐためだ。
 アーサーに与えられた任務は、首都周辺の治安維持にある。そのためには、テロリストや不
穏分子、スパイを徹底的に洗い出す必要があった。
 この国の警察や、政府には、貴金属やエネルギー鉱石による汚職と腐敗が広がり、任せる
ことができない。彼らが、ようやく『N-WNUA』側に、軍事介入を望んだのは、大陸中央部から
『解放軍』が北上してきてからだった。
 アーサーの目の前を、さっき、保護した北村梓の体を乗せた担架が走っていく。軍部の中に
は先端の医療施設もあり、そこへと彼女は運ばれていく。
 しかし彼女の治療をするのが全ての目的ではない、彼女の体を徹底的に調べる必要があっ
たのだ。
「おい、梓は、妻は大丈夫なのか?」
 そのように言ってくるティッドの姿があった。彼の背後には屈強なアーサーの部下二人を付け
てある。負傷した妻を心配する夫。それを彼は演じているのか。アーサーにとっては彼はもは
や、不審者だ。
「奥さんは重体だ。最善は尽くそう。だが、あんたの事を調べさせてもらおうか?」
 そう言って、彼はティッドの目を見た。そうすれば、歴戦の軍人であるアーサーにとっては、嘘
をついているかどうかを見ぬくこともできる。
「何を、言っているんだ、あんたは?」
 彼の目は案の定、泳いでいる。妻の身を案じて気が気でないのだろうか。いや違う。
「すまないが、奥さんがあんの状態で見つかった以上、我々も調べなければならないのだ。あ
んたは何かを隠しているだろう?」
 そうアーサーは言い、彼の背後につけた二人の部下に目で合図をする。すると、ティッドの体
は厳重に拘束された。
「パパ、パパ!」
 何も知らないであろう娘が、わけも分からず、不安そうな顔を見せている。だからといって止
めるつもりはなかった。
「おい、娘の前でこんな事をするな!」
 ティッドはそのように言ってくるが、アーサーは構わなかった。娘であるアリアという少女が、じ
っと父親を拘束したアーサーの方を見てきていた。果たして彼女は、アーサーの事をどう見て
いるのか。
「ねえ?パパは悪いことをしたの?」
 10歳くらいの年ごろだろうか。見知らぬ大柄な軍人を前にして、しっかりと意志の通った声を
発するものだ。
「いいや。だが、君はパパやママを向こうの部屋で待っていなさい。心配はいらない、いい子に
していればすぐさ」
 と、アーサーは気休めにしかならない事を言うのだった。
「ワールド少佐。捕らえた極東系の男はいかがしましょう?拘束してありますが?」
 そのように言ってくる部下の一人。もちろんアーサーは、彼のことを忘れているわけではなか
った。
「そのまま拘束して、手順通りの取り調べを進めろ。私が行くまでは手を出すんじゃあ無いぞ。
大使館にでも逃げ込まれたら厄介だからな」
 そうアーサーは言うのだった。



「今回の作戦につきましては、おそらく、外部からの“干渉”があったものと思われます。ですの
で、武器弾薬などの倉庫は発見出来ませんでした」
 アーサーは、そのように光学電子画面に大きく映しだされた、軍の高官達の前で、作戦の報
告をしていた。
 彼は元々エリートコースで軍を登って来たわけではなく、一兵卒から登ってきた叩き上げ軍人
だった。そして、現在の少佐の立場になってみて分かる。
 軍の世界も、肉体だけではやっていけない。アーサーも肉体には自信があった。実戦格闘技
の指導官としての資格も持っているし、学生時代から格闘術でその身を鍛え、現場においては
勇敢とさえ言われてきた。
 だが、それだけでは少佐の地位には就けなかっただろう。この光学画面に写っている、綺麗
すぎるまでの軍服姿の者達の、ほとんどが現場の経験が無い者ばかりだ。
「では、君たちは虚報に惑わされ、無関係の住人たちに危害を加えたのかね?」
 そのように言ってくるのが、カリスト参謀長官だった。『N-WNUA』軍の実質的な最高司令官で
あり、祖父はかつて『タレス公国』の大統領であった人物だ。つまり、祖父がいてこそ、今の彼
がある。
 つまり政治の世界から、軍を司る地位へと移ってきた人物だ。それは、アーサーにとって、一
番やり辛い相手でもある。
 何しろ彼らは、現場に出たことなど無いし、銃声さえ聞いたことがないだろう。
「我々は十分に、情報に干渉がないかどうかを検討し、その上で、作戦の計画を本部へと提出
しました。その上で、作戦を了承したのは本部側の方ですが?」
 アーサーは怖気づきもせずにそう言った。すると、『N-WNUA』軍の、『南アフリカ共和国』部隊
の指揮官、セメスト大将は面食らったような表情をしてみせる。彼は確か、『南アフリカ共和国』
を射程に収めた大型空母にいるはずだった。
「確かに検討はしたがね。実際に現場に出向いて、目視すれば分かっただろう。それに衛星の
情報の管轄は、君の方だ、ワールド少佐」
 と言って、彼は自分の責任を押し付けてくる。管轄が違うと言ってしまえば、それで済むの
だ。
 それが、修羅場と化した戦場であろうと彼らにとっては構わない。彼らにとっては、戦地はた
だの座標であり、犠牲者はただの数字でしか無い。
 そして、自分達の保身のためならば、いかなることもするし、その責任の逃れ方をいくつも熟
知している。
 そうした軍部のやり方は、大昔から存在してきたが、特に国際紛争が多発している現在で
は、多くの軍部役人に浸透していた。
 このままでは埒があかないとアーサーが思い出していた時、
「この件の後始末はワールド少佐、君がするのだ。それ以上責任は問わんが、幾つか、深く調
査しなければならないことが出てきたようだな?」
 カリストは前の話をとっとと終わらせてしまって、そのように言った。彼らの関心事はすでにそ
ちらへと移っているらしい。確かにアーサーに責任を負わせるかどうかという議論よりも、そち
らの方が大切なことだ。
 アーサーは一呼吸を置くと、すでに用意されていた、光学画面化させておいた資料をその場
に展開する。そこには、一人の人物、あの北村梓の戸籍表や、身体をスキャンした画像などが
展開した。
「作戦の過程で、極東系の女性、北村梓という女性が負傷をしました。戸籍や出生を調べまし
たが、我々が向かった集落の住人です。彼女は、民間人のはずですが、体の一部、いえ、調
べたところ、脳と脊髄以外すべてを、機械化されていました」
 そのようにアーサーは説明しながら画面を展開させていく。
「これは、軍の兵器開発の一環の、例のあれではないのかね?」
 当たり前の事を言うかのように、一人の軍事高官が言ってくる。
「いえ、重要な点は、北村梓はあくまで民間人ということです。今まで軍はおろか警察にさえ所
属していた記録はありません」
 そうアーサーが説明すると、
「馬鹿な。そんなはずはない。そこまで機械化された人間が民間にいるはずがないだろう?情
報の隠蔽や、干渉があったのではないかね?」
 とカリストが言ってくる。
「現在調査中です。北村梓が収容されてから1時間ほどが経ちますが、検査結果では、我々の
軍以外の機関で処置を施されたという可能性が強いようです」
 カリストがそう言うと、その場にいた軍部の者達はどよめいた。彼らにとっても衝撃が大きい
ことだろう。
「馬鹿な、そんな事があろうか?」
「調査ミスではあろうかね?」
「いや、『S-WNUA』ならば可能か」
「しかし、何のために?」
 身体を機械化された人間、それはこの時代において、極めて珍しい事ではない。交通事故や
なにらかの形で、手足を失った人物、内臓器官や筋肉に重大な損失をしてしまった人物を、代
替的に機械で補うことによって、先進国の医療はまた新たな姿を見せてきている。
 現在では、脳と神経系の一部を除いて、理論的には全ての器官を機械化することが可能に
なっている。
 だがそれはまだ隠された技術であり、民間には知られていない。先進国の中でもごく一部し
か知られていないものだ。
「思うに、我々に当てられた情報、兵器類というのは、彼女ではないかと思います。軍によれ
ば、機械化がされた人間は、兵器としても扱うとのこと。私は彼女自身が兵器であろうと思って
います」
 そう言って、彼らは、送り届けられた密告情報についてもそこに表示をした。その情報量は膨
大な数に及ぶ。
「君達の軍に捕らえられた男というのは、極東系と言ったな?極東系のテロリストが関与してい
るというのかね?」
「捕らえた男は現在尋問中ですが、この『南アフリカ共和国』に、極東系のテロリストが手を伸
ばすのは考えにくいでしょう」
「ゼロ危機以来、彼らは、外の世界との関係を経っている。しかしそこら中に諜報員を配置して
いるともな。それかもしれん」
 そのようにカリストは言ってきた。



「ワールド少佐。尋問の準備ができています」
 上官達との、しばしば不愉快な報告の後、アーサーは部下にそう呼ばれた。
「身元は全て調べたか?」
 すでにせわしなく彼は次の行動に移りつつ、部下から電子パットを受け取る。人類が大昔か
ら、字で書いて記録をして、それを他の人間に渡すという行為は変わっていない。ただそれ
が、光を使った光学画面に進化をしている。もはや紙は不要とも言われているほど進歩をした
技術だが、それは先進国だけの話で、発展途上国では未だに紙媒体が使われている。
 だが、アーサー達『連邦軍』は、時代遅れの技術を使っていては戦争に負ける。積極的に最
先端の技術を取り入れていた。
 歩いて行くアーサーの前に一つの画面から、次々と別の画面が展開していく。
 そこには三名の身元情報が現れていた。軍の技術ならば、一般人の情報などすぐに手に入
れることができる。
 住所、年齢、経歴。血縁関係、もちろん逮捕歴があるかどうか、指名手配犯かどうかも分か
る。
 三人の人物。北村梓、ティッド・スミス夫妻、そしてその娘、アリア・スミスについての情報だ。
 北村梓は、年齢30歳。極東系、近年大きくその経済勢力を取り戻してきた『紅来国』出身で、
『タレス公国』の大学に留学をしている。親元をその頃から離れだし、ティッド・スミスと大学で知
り合いそのまま結婚。大学卒業に一児を出産。それがアリアだ。
 『南アフリカ共和国』へは、ティッドの父親が、かつての経済最盛期に《ケープ・タウン》郊外に
広い土地を購入したことから、夫婦は6年前に居心地のよい土地を求めて渡ってきたらしい。
当時、『WNUA』は分裂による混乱期にあり、経済的にも軍事的にも緊迫していた。
 あくまで移民として渡ってきている。『WNUA』は、この『南アフリカ共和国』に経済協力をして、
多くの企業が進出してきており、彼らが保有している土地も多くある。ティッド・スミスは梓と同い
年で、夫婦間のトラブルも全くないらしい。大学の専攻は外国文化であり、同じ研究室だったよ
うだ。
 『南アフリカ共和国』には、アリアが生まれた時に渡ってきている。どうやら彼女を将来に不安
がある自分達の国ではなく、この広い土地で育てようとしていたようだ。
 そしてあの集落は、ティッドの父親のものだ。ティッドの父親は、『南アフリカ共和国』にも支部
のある、エネルギー鉱石採掘企業、『エレメンタル・テクノロジー』の重役。世界が戦争や紛争
を続けている中で、莫大な利益を上げている会社の一つ。
 北村梓の両親は平凡な一家であるようだったが、ティッドの親にアーサーは注目をした。何
か、梓の、そしてあの極東系の者達と関係があるかもしれない。このような家系の持ち主に対
して、軍は、一般人としては扱わないのだ。
 そして驚かされたが、あの娘のアリアはまだ7歳なのか。確かに10歳ほどの子供にしては小
柄に見えたが、母親が重体であるというのに、あの落ち着き方はあまりに大人びているし、父
親に話す言葉も舌足らずではない、正しい発音の仕方をしていた。
 あの一家は只者ではない。それだけは分かった。後はティッドに直接聞けばいい。
 アーサーは取調室に来るまでに、電子パットの内容を要約して頭に入れ、ティッドを拘束して
いる取調室に入った。
 屈強な軍人が入口を固めており、もはや彼の扱いは平和的ではなかった。
「妻は、妻は大丈夫なのか?」
 アーサーが入って行くなり、ティッドは身を乗り出してそう言ってきた。いてもたってもいられな
いという様子だ。
「まあ、落ち着け。今は絶対安静だ。だがな。あの身体では助かるだろう」
 そのようにアーサーが、梓の身体の特異的な点をちらつかせる。やはりティッドは目線を外し
て、そのことを知られたくないかのような動揺を見せた。
「あの身体って、何のことだ?」
 ティッドがうそぶくので、アーサーは黙って彼に椅子に座るように促した。
 そして彼の目の前にずらりと光学画面を並べてみせる。頭が混乱してしまいそうなぐらい、ず
らりと並べる。
 もちろんわざとそうして揺さぶりをかけているのだ。
「あんたの奥さんの身体は脳と脊髄以外、全て人工のものだそうだ。どんどん医療処置室から
情報が送られてくるが、驚いたよ。ここまで精巧にできているとはね」
「あんた、私の妻がロボットだったとかそう言うのか!」
 ティッドは怒ったような態度を取る。だがそれもどこか芝居くさいところがあった。
「ロボットじゃあない。あくまで人間ではある。今の時代、先進の技術では、脳と脊髄さえ残って
いれば命は助かるそうだ。もちろん、そんな治療は、実際に行ったら何百億という金がかかる
がね。もちろん記録にも残る。
 しかしだ。あんたの奥さんの記録を見ると、事故にあったことも、実験手術を行った記録も全
くない」
 光学画面を指さし、アーサーはそのように言った。
「あんた。人の生活に土足で踏み入って、今ではテロリスト扱いなのか?」
 急に被害者になったかのような口調でティッドは言ってくる。
 これは簡単には話さないな、と思ったアーサーは、自分の態度を変えた。
 話の矛先を変えて、うまく誘導するようにする。
「あのな、私達は現実主義だ。戦争反対なんて騒ぎ立てている理想主義者どもとは違う。我々
には敵がいる。民族浄化の元に、大量虐殺をやるような連中さ。それに比べれば、あんたらの
生活なんて、軽いものだと思うがね」
 アーサーはあえて、そのように冷徹な声で言った。例え、目の前の男にどう思われたって構
わない。
 それが今、この世界が直面している現実なのだから。そして新たに彼らに向けられた事実も
ある。
「ああ、テレビを見ていても分かるさ。あなた達が戦っている者達が、何者かをね。だが、それ
を倒すために、何をしてもいいのか?」
「戦場では理想は通用せんよ」
 そうアーサーは言った。一般人にそんな事を言って通じるかどうか。そんな事は今、どうでも
いいことだが。
「戦争が無くならないわけだ。そんなんじゃあ」
「ああ、無くならんよ」
 という言葉を残し、アーサーは立ち上がろうとする。
「頼む。妻に会わせてくれ。今の私の望みはそれだけだ」
「一つ助言をするならば、あんたと、あの奥さんが解放されるには、何故、奥さんがあのような
機械化された肉体を持っているかを説明することだ。きちんと、嘘をつかず、そして何故、記録
にそれが残っていないのかも、洗いざらいだ」
 結局のところ、アーサーが聞き出したい事はそれだった。軍の脅威になる事、それを聞き出
せればそれでいいのだ。
 だが、ティッドは何も答えない。話そうとしても、話題を別に変えようとしてしまう。
「別に、一晩中、いや、2,3日、あんたを拘束しておいてもいい。話すまではずっと拘留しておく
事ができる」
「人権ってのは無いのか?私はテロリストじゃあないんだぞ」
 ティッドは言ってくるが、
「ああ、そうじゃあないと思っているさ。弁護士でも呼んだほうがいいのか?」
 アーサーはひたすら揺さぶった。テロリストや反社会勢力の人間相手に、この程度ことならば
慣れている。
「いやいい、私は何もしていないんだからな。それと、娘はどうしているんだ?きちんと安全なの
か?」
「心配はいらん、だが、娘さんも待っているぞ。あんたと会えるのを。あんたがだんまりを決め
れば決めるほど、娘さんは不安になる。父親として罪の意識はないのか?」
「うるさい。私は何もしていないんだ」
 と、そう発したティッドの言葉は、ようやく本心を発したかのように聞こえていた。
「ああ、じゃあずっとそう言っていろよ」
 そのようにアーサーは言い残し、取調室から出て行く。捕らえたのはこの男だけではない。も
う一人、極東系の明らかに怪しげな人間も調べなければならない。
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