コスモス・システムズ Episode02 第5章



「いつまで待たせるんですかねえ。いい加減、お会いさせて頂きたいのですが。シモンズさん
と」
 苛立った声、というよりも挑発するかのような声で、人権保護団体を名乗るクォンは、軍基地
の入り口の警備兵に向かって言っていた。
「まだ待ってください。ここは軍の基地ですよ。現在は厳戒態勢です」
 警備兵はクォンに向かってそう言っていた。
「私達だって、厳戒態勢ですよ。人権が侵害されているんですよ」
 とクォンは言っていた。まるで悪徳弁護士がやるような口調だ。軍にしてみれば、人権など、
非常時にはあって無きものなのに。
 だが、彼らを追い払えば、人権保護団体は軍をファシズムの象徴としてやり玉に上げ、マス
コミの力を使って民衆を扇動する。
 彼らにとっては過剰なまでの人権さえも武器なのだし、それが正義なのだ。
 軍の警備兵にはそれが分からなく、ただ苛立つ相手、上官の命令だから追い払わないでお
いてやっている、というだけの相手。
 だが、ベテラン軍人であるアーサーは、その扱いが、決していい加減なものにしてはならない
事を心得ていた。
 警備兵は通信が入ったのを確認する。何かを思いついたようなアーサーの顔が光学画面に
現れた。
(通してやっていいぞ。本部まで丁重にお連れしろ)
「了解」
 その命令に警備兵は即座に従った。

 厳戒態勢の『南アフリカ国防軍』《ケープ州基地本部》には、一般人の出入りなど決して出来
ない。
 だが、上官の命令があれば別だ。例えテロリストであっても、基地の中へ入れることができ
る。しかし、基地での動きは全て監視をされ、護衛と言う名の見張りが常につく。
 30年前の、『イギリス』で起きた『ヘイスティングス陸軍基地』への中性子爆弾による核攻撃テ
ロは、忘れ去られていた東西冷戦を復活させた。
 結局その冷戦は現在も続いているとされているし、両陣営の兵力が拮抗していることからも、
20世紀の冷戦よりも長期化する事が望まれる。
 軍事基地に民間人を用意に出入りさせられることができる、そうなったら、この世界に軍隊な
どいらなくなる。その平和への道程はまだ遠い。
 基地の入り口で、アーサーはクォンと、形式だけの握手を交わした。
「すぐに、シモンズさんを開放してもらうように来ましたよ」
 握手の代わりに返ってきた返事がそれだ。敵対心むき出しの外交辞令よりもたちが悪い。
 だが、アーサーは今、お互いの仕事をせねばならないと感じていた。
「分かっている。シモンズさんは、保護してあるよ。焦らないで、コーヒーでも一杯…」
「軍用レーションのコーヒーですか?止めてくださいよ。コンビニで売っているコーヒーだってう
まい時代に、わざわざたんぽぽの根を使っていると噂のコーヒーだ」
 少しアーサーはむっとする。いや結構。そう言えばいいだけなのに、皮肉を言う。自分の知識
を見せびらかすかのように。
 アーサーは、その190cmの身長を、まるでクォンの前に立ちふさがる壁であるかのように、近
寄らせて言った。
「これは言っておく。私も人権は無ければならないものだと思っている。何しろ、今の我々の敵
は、民の人権など全て剥奪しているような連中だ。そして、人権などよりももっと大切なものが
ある」
 すると、クォンは呆れたかのように、
「そんなものありませんよ、だからあなたのような人は…」
「あのティッド・シモンズの命を守ってやったっていうことさ。死んだら人権も何もないだろう?」
 アーサーは感情を籠めない声でそう言った。それが彼にとっての皮肉であるし、今、この社会
にある皮肉でもあった。
 クォンへのティッド・シモンズの引渡しはあっという間に終わった。ティッドはどうやら安心した
ような表情を見せていた。
「これで大丈夫ですよ。これからは、私達があなたを保護します」
 韓国人を名乗るクォンは、西洋人の顔立ちのティッドをそのように迎え入れた。
「すぐにでも、弁護士を通じて、あなた方に賠償請求をさせてもらいますよ」
 釘を打ち込むかのように、クォンはそう言ってきた。
「ああ、分かった分かった。いくらでも賠償請求してくれ」
 どうせ払うのは自分じゃあない、国防費という税金から払われ、それがまた税金で戻ってくる
わけだ。
 アーサーとしては、クォンなど、さっさと厄介払いをしたい存在だ。軍事と人権は相反する。任
務の遂行のためには、人権が邪魔になるという例はいくらでも見てきた。
 再び車に乗り、さっさと軍施設から離れていくティッドとクォンだったが、アーサーはじっとその
車を後ろから見つめていた。
 そのアーサーの背後から、一人の、Yシャツをはだけさせて着こなした、サングラス姿の男が
現れる。その姿は軍の基地には似つかわしくない。オフィス街の、それもよりカジュアルなカフ
ェなどでするような格好だ。
「つけてきたか?」
 アーサーはそのようにサングラスの男に尋ねた。
「ええ、つけましたよ。しっかり聞こえています。本人は、まさか自分の体内にまで盗聴器が仕
掛けられたなんて、気がついていないでしょう」
 そうサングラス姿の男は言った。

 一方、軍の車で基地の出口まで案内され、さらにそこからクォンの車に乗り換えたティッド。
彼の車に乗るまで。そして、しばらくクォンの運転で走り、路肩で停車してからあるものを見つ
けるまでは、ティッドも安心しきれなかった。
 先にそれを見つけたのはクォンだった。
「あったぞ。これだ」
 座席シートの下。あまりにもそれは簡単に見つかってしまったが、クォンはそれを、その場に
広がる荒野へと投げ入れる。
「怪しまれないか?」
 そのようにティッドは言う。
「ああ、あと、あんたの服にもついているはずだ。軍は用意周到に二つはつける」
 スティック状の金属探知機を出したクォンは、それでティッドの服を探り、シャツの部分から指
の上にも乗せられるほどの何かを見つけた。
「ほら?もう一つあった」
 そのようにクォンは言うなり、その盗聴器を、まるで虫でもつぶすかのように潰した。
「そんなことをして大丈夫か?」
 と、ティッド。
「大丈夫だ。どうせ人権侵害なんだからな」
 クォンは言った。その彼の言葉は、すでに人権保護団体から派遣された者ではなく、まるでテ
ィッドの事を以前から知っている、友人であるかのような口調になっていた。
「他にも無いかどうか探そう」
「車全体をスキャンしてみたが、他に盗聴器はない。君にも私にも付けられていない」
 クォンはそう言ったが、ティッドはまだ安心しきれていない様子で、
「もう一度検索してくれ」
 不安げな声でそのように言うのだった。
「大丈夫だ。それにもしまずい事を言っても、軍はそれを証拠に逮捕なんてできない。不当に
盗聴をしているんだからな」
「それに妻のことだって…、娘とも早く会いたいんだ」
 またしてもティッドが不安げな声でそのように言うと、
「あんたの奥さんとはまだ会えない。まずは《ヨハネスブルグ》に行ってもらう。それから…」

 そのように交わされたティッドとクォンの会話だったが、全てはアーサーら軍の者達に筒抜け
だった。
 クォンが発見した盗聴器だけではない、ティッドの体内に、微生物のようなものが取り付いて
いる。それは何の害もないし、不快感もなく、生物の声、音を全て聞くことができる。音だけだ
が、物音から何をしているか、どこへと向かっているかという事を推測するのは造作も無いこと
だ。
 その音を、読心術者がするかのように口に出し、一字一句残らず言葉を言うのは、アーサー
と共にクォンらを見送ったサングラスの男だった。
「“《ヨハネスブルグ》にいる同志ならば、妻達を無事に保護してくれるのか?”」
 機械が言葉を発するかのように、そのサングラスの男は言う。アーサーはそれを聞き取っ
て、更に正確に録音記録をさせていた。
「《ヨハネスブルグ》にいる不穏分子のデータを挙げろ。ティッド・シモンズとつながりがある組
織。どんな細かな組織でもいい。または、極東系の人種とつながりがある組織だ。全てリストア
ップをし、《ヨハネスブルグ》の治安維持部隊にも連絡を取らせろ。監視レベルを挙げろ」
 即座に判断をして命令を下すアーサー。国内が不安に陥り、治安が乱れればこのような出来
事は日常茶飯事だった。
 だが、極東系の、『南アフリカ共和国』に対しての不穏分子など、わずかな組織でもいるのだ
ろうか。彼らのナワバリは、アジアかロシア、そしてアメリカぐらいのものだ。ここが東南アジア
なら、中国のマフィアや、日本の伝統的なヤクザなどが、内乱で荒れる国々から金品や人身を
奪い取る。
 だが、北村梓の存在は、ヤクザとの関係とはあまりにもかけ離れている。彼らは日本国内の
事と、自分たちの利益を重視する。また、いわゆるガイジンを嫌う。ティッドのようなアメリカ人と
結婚した梓とは関係がない。
 北村梓の経歴を見ても、ヤクザとは一切関係がない。中国や韓国とも関係がなさそうだっ
た。彼女は生まれは日本で、アメリカ、そしてこの『南アフリカ』としか関係がない。
 極東系の組織とアーサーは言ったが、一体、どこと関係があるというのだ。組織の洗い出し
をしたところでヒットするものがあるのか。
 しかも彼らは“干渉”をして、この基地から北村梓を逃している。小規模な組織にそんなことが
できるものだろうか。
「少佐。ヒットしました。126件です。この内、国に大きな被害を与えられると思われるのは、《ヨ
ハネスブルグ》のマジソン・ファミリーを始めとした7つの組織。それ以外は、小規模組織で、情
報機器さえまともなものを持っているかどうか…」
 アーサーは、そう言ってきた情報官の元へと身を乗り出し、言葉を遮る。
「極東系の組織はどうだ?」
「28件です。日本からは、近年海外へと勢力を伸ばしている組織が一件…、あくまで疑いです
が」
 そこじゃあない。そうではない。アーサーは自分でそう言っていた。これはあきらかに小規模
な組織ができる仕業ではないのだ。
「《ヨハネスブルグ》に警戒態勢を取らせろ。徹底的な組織の洗い出しだ。北村梓は兵器だ。そ
んなものはどこかの組織に流れてしまっても脅威になる。彼女の行動からして、恐らく操られて
いる」
「《ヨハネスブルグ》まで行けば、細い位置まで分かるはずなんですがね。車で行くにしろ、指示
を出すはずだし、奴らはまだ我々が盗聴を続けていると気がついていない」
 場違いな口調で、サングラスの男は言った。
「S-100.ティッド・シモンズの方は任せたが、こちらとしては北村梓を捕らえることを優先して考
えている。いくらあの街とはいえ、銃撃戦などしたくはないからな」
 S-100と呼ばれたサングラスの男は、手を振って、アーサーに分かっていると伝えていた。
 アーサーは眼の前にある光学画面、《ヨハネスブルグ》とこの基地周辺までを写している地図
をじっと見つめた。
 幾つかの赤いラインが、二つの地点を結んでいる。そこが主要道路で、軍が衛星で追跡する
事ができる。しかしながら、その衛星追跡にヒットする道を梓が車で走るだろうか。
 もし相手が完璧に北村梓を逃そうとするならば、それは軍の偵察衛星などには引っかからな
い。
 ならば、《ヨハネスブルグ》での捜査網を広げるか、もしくは。
 アーサーが取る手段はひとつだった。
「S-100、一緒に来い」
 そのように言ってアーサーはサングラスの男連れて動き出す。
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