コスモス・システムズ Episode03 第4章



「よし、《ヨハネスブルグ》の《サントン地区》だな?《プレトリア》の基地から一時間ほどで着くだ
ろう。私も現地へ向かっている。お前達が先に確保しておけ」
 アーサーは《喜望峰》でのリーベックとの対話の後、そのまま基地へと帰り、その足で軍用機
に乗り、《ヨハネスブルグ》へと向かっていた。《プレトリア》の空軍基地は彼の管轄外だった
が、今は再優先命令がある。彼は『南アフリカ』に駐屯している軍をすべて使えるわけではない
が、可能な限り北村梓を捜索するつもりだった。
 だから、S-300とS-400を向かわせた。S-200は『民族解放軍』の脅威に当たらせていたが、
今は仕方がない。
 S-300とS-400はすでに北村梓に接近している。上手く行けば、そのまま確保をすることもで
きる。ならば問題はないのだが。
 アーサーは幾多の紛争の戦地で、事が上手くいっていたものの、最後はそれを覆される、と
いう事態にも多く遭遇してきた。
 彼女を確保するまでは油断ならない。
 そんなアーサーの元へ、また無線の連絡が入った。
「少佐。『民族解放軍』の方で動きです。『ナミビア』の方で動きがあったのだとか」
 また油断ならぬ話だ。あの人種至上主義の侵略者達は、民主主義の感覚で考えてはならな
い。少なくともこの国は守る使命がアーサーにはある。
 国境警備隊が死守できれば、アーサーが出る幕はないのだが。
 だが無線機を持ってきた兵士は、並々ならぬ顔をしていた。
「どうした?動きがあったか?」
 相手は国境警備隊の指揮官だった。光学画面に彼の顔が現れる。
(ワールド少佐。こちらは緊急事態だ。『民族解放軍』が『ナミビア』の都市で大量破壊兵器を使
用した。VXガスによる攻撃で、街が混乱している)
 アーサーは息を呑む。VXガスは少しでも吸ったら即死するほどの危険なガスだ。国連が提
示している、脅威の兵器にも指定され、保有している国はその詳細なガスの容量まで国連に
公開しなければならない。少なくとも、先進国の軍はそうしているが、長年の紛争を続けるアフ
リカ大陸内部には、どれだけの破壊兵器が潜んでいるかわからない。
 民主主義国家の大統領は、戦争は命じられても、大量破壊兵器の使用は決断できないと言
われており、世界のバランスはそれで保たれてきた。
 だが、奴らは民主主義などの言葉は知らない。
 自分と同じ民族以外は、全て死んで当然の敵と考えている。
 そんな奴らが、アーサー達の敵だった。彼らがアフリカ中央部で行ってきた、様々な非人道
的行為は、必ずや民主主義国家に対して大きな敵になると言われてきたが、まさしくそれが今
だった。
 しかしながら、アーサーの眼の前にいる人物、ジェットの座席の向かいにいる人物は、まるで
そんな事など、あってしかりといった顔を見せた。
「ワールド少佐。子供の戦争ごっこ程度のことしかできない野蛮人共に振り回される必要がど
こにある?いずれこの国の大統領は、『民族解放軍』を掃討する作戦を下すだろう。
 向こうの指揮官は馬鹿者だ。VXガスを都市で使用するということは、全世界を敵に回してい
るも同然。滅ぼしてくれと言っているようなものだ」
 軍事力を持つ民主主義国家に、攻撃を仕掛ける、または脅威を見せるということは、そのま
ま報復されるということを意味する。歴史的に何度も繰り返されてきた戦争の動機だ。この男、
『イギリス連邦軍』の軍事顧問のリーベックはそのようなことなど、指を躍らせるように簡単なこ
とといった様子だった。
「その命令を下すのは、あなたでは?リーベックさん」
 と、アーサーは言う。
「私に命令を下すのは、イギリス首相だよ」
 リーベックはそのスキンヘッドに貫禄のある表情を変えずに答えた。
 だがどうだろう?イギリス首相が全てを判断できるわけではない。リーベックのような軍事顧
問は、あくまでアドバイザーであるが、首相への大きな判断材料になる。
 最終的に軍事攻撃を命令する、総指揮官となるのは首相だが、実際は軍事顧問が戦争を決
定しているようなものだ。
 それは間違いではないが、アーサーは、リーベックの持つ影響力の大きさをよく知っていた。
そして彼に対して見習うべきところもあれば、恐ろしさもあるということを。
 彼がその気になれば、クーデターも起こせる。それをしないのは、世界中を敵に回したくない
ためだ。
「ワールド少佐。私が軍人だった時は、随分と上からの命令だとか、無能な役人に振り回され
ていたものだよ。私には軍は性に合わなかったらしい。勲章はいくつも貰っているがね。民間
組織の方が合う人間もいれば、君のように耐えられる人間もいる。
 ワールド少佐。君は、自分の地位や名誉さえも捨て、作戦を実行できる」
 まるで自分を見透かしているようだなと、アーサーは思う。
「だから、S-シリーズの使用許可を出したと?」
「結局のところ、S-シリーズは何者よりも役に立つからな」
 そのように言って、このスキンヘッドの威圧感ある男は、アーサーをじっと見続けてきた。彼
は何かを計略しているのか。あくまで危機的状況を脱したいだけなのか、それがアーサーには
分からない。
 ただ、リーベックが軍事顧問としてイギリス首相に意見できるようになってから、一度も連邦
軍は道を踏み外していない。
 紛争や戦争も、全て乗り越えてこれたのだ。
 そして、アーサーの元にまた新たな通信が入る。光学画面にサインが出て、メールでの通信
が入った。
 それをすぐに読み取り、アーサーは言う。
「S-200が一足早く、《ヨハネスブルグ》に入りました。監視を初めています」
 アーサーはリーベックに言う。リーベックは上官では無かったが、S-シリーズという人材を借
りている以上、報告はいる。
「S-200は初期型で戦闘能力は無いが、何者よりもその能力は役に立つからな。特に都市部
での作戦だったらぬかりはないだろう」
 そうリーベックは言った。
「すぐにS-300達に合流させて、作戦を実行させます」
 だがリーベックは、
「ああ、だがもしもということもある。各地から稼働中のS-シリーズをこの国に呼び寄せるように
しよう。『民族解放軍』のこともあるし、念には念を入れてな」
 アーサーにそのように言うのだった。
 彼の言うことだから間違いはない。そうアーサーは思う。しかしそれさえも計略の内なのでは
ないか。何か、彼はとてつもない事を考えてやしないかと、アーサーは思うのだった。

《ヨハネスブルグ》サントン地区

 ドレッドは自分が支配している、《アレクサンドル・アパート》で目の前に表示された数字に満
足した。
 麻薬や武器取引などでも、多額の取引をしてきたドレッドだったが、これほどの取引ができた
のは初めてだった。日本人は金持ちだと聞いていた事があったが、どうやらそれは本当だ。
 アフリカや第三世界のマフィアよりもよほど金を持っている。ただ、この大谷という男がどうい
う組織のメンバーかは知らなかったが。
「金は無事に振り込まれたぜ。こいつは気持ちのいい取引だ」
 そう言うなり、ドレッドは、自分の椅子の上にどかりと座った。楽しいものを見るかのように、
数字の載った光学画面を見つめている。
 だが、大谷としてみれば、楽しい気持ちにはとてもなれなかった。今、こちらが提示された通
りの金額を払った。それも“干渉”をした状態で支払いを行った。原稿を介した振り込みだった
が、その記録がどこかに残るということはない。
 そして今度は彼の番のはずだった。
「さあ、今度はこちらの番だぜ。さっさと、そのデータと暗号解読キーをよこせよ。それで取引は
終わりなんだぜ」
 大谷はそのように言って、ドレッドを促す。しかしドレッドの方はと言うと、メモリーを手でもて
あそぶようにしたままだ。
 嫌な予感がしたかのように、大谷は口を開いた。
「何故、それを渡さない?取引というものは、金と物品がきちんと交換されて初めて成り立つも
のなんだぜ」
 そう言ったが、ドレッドはそのメモリーを更にテーブルの上を滑らせ、自分の手元へと置いて
しまう。
「悪いが、中国人からも連絡があってな。日本人が10億出すって話をしたら、向こうは20億出
すって話だ」
 にやにやとしながらドレッドは言った。
 彼は金額を上乗せしてふっかけてきている。高利貸しも平気でやる、ドレッドのようなマフィア
にとっては朝飯前のことなのだろうか。
「そういった取引の仕方は、お前達の信用を失うぞ。お前達に取引をしたとしても、多額の金を
ふっかけて、結局商品ももらえないってな」
 だが、大谷は動揺することなくそう言い放った。
「いや、ビジネスだ。高く値段を出してきた方にそれを売る。それは当然のことだろう?」
「では、プラス30億ランドだ。そのくらいの金を用意することはできる」
 だが、ドレッドはテーブルの上で大口径の銃をもてあそぶ。
「お前の、命の分の金も払ってもらわなきゃあな。プラス30億くらいで足りると思ったか?」
 銃は向けられていなかったが、ドレッドがその気になれば、いつでもその大口径の銃を発射
する事はできただろう。
 また、彼の後ろにずっと座っている男も、大谷に向かって威嚇する視線を向けてきている。そ
れが意味するところが何か。
 今、ここに大谷の味方はおらず、部屋の外も中も敵だらけだった。
 並の人間ならば怖気づき、
「馬鹿はお前達だ。俺がこの部屋にいるってだけで、とっくにデータのダウンロードと転送は終
わっているんだぜ。お前のそのメモリーはもう空っぽなんだ」
 そのように大谷は言い放って、余裕を見せている。
「てめえ!ふざけんじゃあねえ!お前のバッグには何がいやがるんだ!」
 ドレッドは椅子を背後へと蹴り飛ばしながら立ち上がり、その大口径の銃の銃口を、大谷へ
と向ける。
「別に。取引が発覚するとこっちも面倒事になるんでな。誰にもばらしたりはしないさ」
 変わらぬ口調で大谷は言う。
「データをどこにやったか言いやがれ。くそッ。本当に空っぽになってやがる!」
 メモリーから画面を引き出して、そこに何もデータが残っていないことをしったドレッドは激高
する。
「データをどこにやった?ぶっ殺されてえのか!」
 次いで、背後にいた用心棒の大柄な男も立ち上がる。
「それを言えると思うか?金は払ったのに、商品を渡さないような連中に?」
 間髪入れずドレッドは引き金を引いた。銃声が響き渡り、磨き上げられた大口径の派手な銃
が火を噴く。
 しかし、大谷は変わらない表情をしたままだった。
 弾丸は命中したはず。だが、
「こいつ!」
 今度は用心棒のほうがベレッタの銃を抜いて、次々と引き金を引いた。かなりの至近距離だ
ったが、大谷はその姿勢を崩さない。
「まさか、こいつ。“干渉”してやがるのか?これは?」
「お前達みたいな、イカれた連中のところに、何の備えもなしに取引しに来るとでも思ったか?
どうせただの話し合いのはずだったからな。肉体が来る必要なんて無いだろ?“干渉”ってほ
どでもない。ただの電話だぜ、これは」
 にやけた表情をした大谷。彼のそこにあった“姿”は、光学画面を消すようにその場からふっ
と消えた。
「おれ達のコンピュータを使って!いつの間にかハッキングされていやがったのか!何やって
た!」
 ドレッドは部屋の外の自分の情報担当に向かって言い放つ。だが、そこにいた黒人の男は、
何もわからないといったふうだった。
「まだ、その辺にいやがるはずだ!ワイヤレスでデータをパクるには、少なくともこのフロア内
にいやがる!階段を封鎖しろ!」
 慌てふためくが、部下を統率するマフィアだけあって、行動と命令は早い。ドレッド自身も発射
したばかりの硝煙が立ち上る銃を抜身で持ちながら動き出した。
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