コスモス・システムズ Episode04 第2章



 梓はアパート街を疾走し、ある場所までやってきていた。そこは、雑居ビルが積み重なってで
きたような開けた通りで、古めかしい車が行き来をし、通りにはバラックに露天を開いている、
という通りだった。
「ここから、どうするのよ。目的の場所まで来たわよ!」
 すかさずヒメコに向かって通信する梓。もうこの行為にも慣れてしまったものだ。そして、一体
誰と合流させようとしているのか。彼女曰く、その相手の名前は大谷。彼ならば、この地から梓
を脱出させられるという。
 アリアを置いてきてしまった今、梓は何としても、目的を果たさなければならない。最終的に
彼女や夫と再会するためにも。
(もうすぐ来るわよ。大谷さんも手間取っているんだから少し待って!)
 そのように言ってくるヒメコ。彼女はこの場所にいないからそんなことが言えるんだろう。彼女
は追われてもいない、娘を置き去りにしきてもいない。
 いきなりアパート街から飛び出してきた梓に、この通りにいる住人たちは驚かされているよう
だった。
 この《ヨハネスブルグ》、トラブル事や犯罪は日常茶飯事だが、それゆえに住人たちは、でき
るかぎりトラブルごとに巻き込まれないように努めている。それが、このスラム街で生きていく
賢い方法だ。
 だが、梓はというと、トラブル事に否応なしに巻き込まれてしまっている。
 大谷とは何者か、と思っていると、突然、通りが騒がしくなってきた。遠くの方から、物々しい
様子で、軍のトラックがやって来ているのが見えた。
 まずい、もう居場所がばれたのか。
「まだ来ないの?」
 このままでは、この場所も軍に包囲されてしまう。焦った梓はそう言い放つ。
(もうすぐそこまで来ているわよ)
 すると、通りの向こう、市場や屋台が立ち並ぶ通りの向こう側から、一台の古ぼけた、エンジ
ンを鳴らす車が走ってきた。
 あれか、と梓は思う。だが梓が車の存在に気がついた直後、背後から、さっきの金髪男たち
が迫ってきていた。
「待ちやがれ、てめえ!」
 そう言った金髪男を、急ブレーキをかけつつ停止してきた車が跳ね上げる。男のからだは、
走ってきた乗用車のボンネットの上に乗り上げ、屋根の上で回転すると、後ろ側へと落ちた。
 すかさず、乗用車の助手席側の扉が開き、そこに日系人の男が姿を見せる。
「北村梓。こっちだ。早く!」
 彼が、ヒメコの言っていた大谷という男か。すかさず梓は判断すると、彼の車の中へと跳び込
むように乗り込んだ。
「あんたが大谷って人?」
 そう尋ねる梓。間違いないようだ。この車は外見こそ古ぼけているが、中には光学画面など
が展開しており、更にシートなども張り替えられている。梓達が《ヨハネスブルグ》にやってきた
時に乗ってきた車のカモフラージュと同じだ。
「それで、どうするのよ?私はこれからどうしたらいいの?」
 梓はただ逃げるがままにここへとやって来た。大谷という男は、バラックのような小屋が建ち
並ぶ通りに車を疾走させる。
「今は、軍の包囲網を突破する。高速道を使うぞ。出入口は今、封鎖されているが」
 と、大谷は何かに必死なようで、梓の話など聞いていないかのようだ。
「きちんと答えなさいよ!」
「軍に捕まってもいいのか?」
 だが大谷の方はまるで聞いてもいないという様子でそう言い放ち、変わらず車を疾走させる。
砂埃が舞い上がり、裏通りを走っていた。
(大谷さん。軍の包囲が始まっている。《サントン地区》は脱出できたけれども、《ヨハネスブル
グ》全体へと包囲網を広げるつもりよ)
 突然、車に展開している光学画面から、聞き慣れてしまった声が聞こえてきていた。
「あんた」
 思わず走行中の車の中で梓は呟く。
(あら、梓。頭の中での通信以外では初めてね。無事に大谷さんと合流出来たようで何よりだ
わ)
 声だけの音声通信だったが、確かにヒメコのものだった。彼女と大谷とはどういう関係なの
か。
(聞いての通り、《ヨハネスブルグ》は今、厳戒態勢の模様よ。軍がどんどん各方面に部隊を派
遣して封鎖を初めている。私は外側から、脱出経路を探るわ)
「それよりも、私の娘はどうなったのよ?無事に軍が保護をしたんでしょうね?」
 何よりもそれが気がかりだった。スラム街の中に置いてきぼりにしたという、あるまじき事をし
てしまったのだ。そして、事もあろうか、自分を今追いかけてきている軍にその保護をさせよう
としている。
(ええ、大丈夫よ)
 そのヒメコの声に、梓はどこか不信感を感じた。
「しっかりと答えなさい!大事なことよ!」
(大丈夫だって、言っているでしょう?)
 負けじとばかりにヒメコは言葉を跳ね返してくる。
(そんな事より、軍はもう後ろまで来ているわよ。早く高速に乗って!)
 命令口調でヒメコは言ってくる。
 梓は助手席から車の背後を振り向いたが、そこには、土埃の向こうに、軍のトラックが何台も
姿を見せてきていた。
「あんた、こんな子に命令されっぱなしなの?」
 梓はそのように大谷に向かって尋ねてみる。大谷という男は大人だし、ヒメコはどう聞いても
幼い子供の声をしている。しかし主従関係がはっきりとしているようだった。だが、大谷はと言
うと、
「ああ、確かに生意気かもって思う時はあるが、結局彼女の言っていることや判断は正しい。し
たがって間違えた事なんてない。それに、俺達って事は、他にも仲間がいるってことなのね?」
「ああ、適当に詮索していてくれ」
 梓の言葉になど構っていられないといった様子で大谷は言い放ち、ハンドルを切った。すると
その先に、柵が建てられた高速道路の入り口が見えてきていた。だが、錆びついた柵はところ
どころ破壊されており、また、うろうろとしている浮浪者めいた者達もいる。
 そこへと勢い良く、大谷の運転する車は突っ込んでいった。時速80km/sを越えるスピードで
突っ込んでいったものだから、高速道路の入り口にいた者達は血相を変えて逃げ出していた。
 錆び付いていた柵が、車によって弾き飛ばされ、英語とアフリカーンス語で書かれた、“進入
禁止”の看板が勢い良く車の上をかすめていく。そしてそれは、続いてやってきた、軍のトラッ
クによって踏み潰されていた。
「無茶な運転するんじゃないわよ」
「そんな事言っている場合か!」
 車内で言い合う、梓。大谷はアクセルを全開にして、自分でコントロールして車を動かしてい
る。自動運転システムでは絶対に安全運転をするが、今は急いで逃げなければならない。
 更に自動運転システムは、警察などの行政では、強制停止システムを作動させることができ
る。そうすることによって、異常運転、暴走車などを停止させられるのだ。軍もそれを所有して
いるだろう。
 この車には、そうしたシステムが搭載されていないらしい。だから、大谷が自分の腕で運転を
しなければならないのだ。
 車はインターチェンジの上を高速でカーブしていき、本線に入る。上手い具合に、《ヨハネスブ
ルグ》周辺の高速道路は閉鎖されている。整備がされていない、廃車がそのまま置き捨てられ
ていたり、バラックの廃屋があるなどの状況だったが、走れないというほどではない。
「逃げ切れるの?」
 梓はそのように尋ねる。
「ああ、何とか、軍の動きさえ把握できればな。次に何をしてくるかを読めば、対応できる」
 そう言いながら、真剣な面持ちで、大谷はハンドルを切っていた。直線区間が多いハイウェイ
とはいえ、一歩運転を間違えればそのまま死亡事故につながる。だが大谷は的確にハンドル
を切っていた。
 《ヨハネスブルグ》近郊を走っているハイウェイは、都市部を環状に取り巻いているハイウェイ
がある。市街地まではジャンクションで入る事になるが、そのジャンクションのほとんどが封鎖
されていた。そのため、現在走行している他の車は、《ヨハネスブルグ》ではなく、北部の首都
《プレトリア》に向かう車ばかりだろう。
 旧時代の車もあれば大型トラックも走る。しかしながら、『解放軍』の危機に『南アフリカ』の国
がさらされている今、車を持てるくらいの所得の者達は、空路や海路、陸路で脱出し、ハイウェ
イは空いてはいた。
 それは幸か不幸か。大谷はその車の中を縫うように走り、軍用トラックもその後に付いてきて
いる。
「どうするのよ?このままだとこのハイウェイもすぐに封鎖されるわよ」
 梓が彼に向かって言い放った。
「分かっている。だから脱出する方法はある」
 そう大谷は言い放つ、ついで光学画面の方から音声が聞こえてきた。
(大谷さん。梓を脱出させる手段を使うわ。あなたが、マフィアの元から脱出した時と同じ手段
を使ってね。この先にあるジャンクションならば、衛星からの監視も見えないはずだわ)
 ヒメコの声だった。
 梓には一体何の事を言っているのか分からなかったが、
「ねえ、本当に、私の夫と娘は大丈夫なんでしょうね?再会させてくれるのでしょうね?」
(ああ、だから。こんな状況になってまで、《ヨハネスブルグ》で引きあわせたら危険だわ。それ
にあなた、いい加減私達の目的を知りたくないの?)
 そう言ってくるヒメコに梓は何を言われているのか分からなかった。
「目的って、何よ」
(それは安全なところまでいったら教えるから)
 続いてやってきたヒメコの言葉は、彼女の頭に直接聞こえる方の声だった。
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