コスモス・システムズ Episode04 第4章



 ちょうどその時、大谷を思い切り殴り、気絶させていた梓は、彼を何としてでも叩き起こそうと
していた。
「一発でのしあがっているんじゃあないわよ!ほら、起きなさいって」
 梓はそういい放ちながら、大谷の頬を何度も叩いていた。やがて、彼は頬を腫らしながら起
き上がる。
「ち。ほ、本気で殴っているんじゃあねえぜ。あんたの拳の力が、今、一体、人間の何倍になっ
ていると思ってんだ」
 大谷は大慌てで、梓の前に手を押しやる。
「ふん。今まで、自分の力が強いなんて思ったことないわよ。誰にも手を上げたことなんてない
んだから」
「ああ、それは力はセーブさせておいたからな。そうでなければ、周りに目立っちまう」
「人をモノ扱いするような言い方をするのね。もう一撃喰らいたい?」
「まて、まて。俺を殴り倒したからって、あんた、逃げ切れるのか?」

「ふざけてんじゃあないわよ。何で私はあんた達の言いなりにならなきゃあいけないの?私は
夫を置いてきた。娘も置いてきたのよ。それでいて、まだ逃げ回らなきゃあならないっていう
の?いいなりになって?
 言っておくけどね、私は人に命令されたり、言いなりになるってのが、大っ嫌いなのよ!あん
たたちとは別人だわ!」
「待ってくれ、分かった。今、可能な限りを説明する」
 梓に思い切り殴られて、さすがに面食らっているのか、大谷は何とか落ち着かせようとしなが
ら彼女に言ってくる。
「言ってみなさい!答えによっちゃあ、軍に投降するわよ。そっちの方が楽だわ」
「君はもう気づいての通り、サイボーグと呼ばれている存在だ。それも、俺達の組織が開発し
た、人間社会に適合することが出来、外見上は一切人間と変わらない。プロトタイプ、第一号
なんだ。君も、その機能が動き出すまでは、自分が機械化された人間だという事に気づきさえ
しなかっただろう?そう、それくらい人間社会に溶け込める、完成度の高いタイプなんだ」
「人を物みたいに言ってくれるのね?目的は何なの?人体実験とか、くだらないことじゃあない
でしょうね?」
 負けじとばかりに梓は言い放った。自分の体を使って、一体何ていうことをしているんだ。
「もちろん、実験的意味合いもある。だが、それだけじゃあない。君という人間自身が必要だか
らだ」
 必要?こんな体になって必要になる相手はいくらでもいるんだろう。それは軍事目的なのか、
それとも他の何かのプロジェクトのためなのか?
 梓は詮索した。
「あなた、日本人よね。見れば分かるけど。ヒメコって子も日本人みたいだし。何なの?日本が
また新しいプロジェクトでも始めたっての?」
 すると大谷は答えてくる。
「日本だけじゃあない、欧米も、中国も、アフリカも、あらゆる国が望んでいる。多国籍連合のプ
ロジェクトだ」
 多国籍連合のプロジェクトにしては、いやに普通な人間ばかりが絡んでくる。彼らのガラや態
度を見る限り、政府の人間や軍人というわけではない。彼らは子供を上司にしたりなどしない
からだ。
「政府の人間って柄でもないものね。何なの、それは企業?それとも闇の組織?それに、ヒメ
コは何者?」
「ヒメコは、俺達を導いてくれるリーダーだ」
 即座に大谷は答えてきた。その答え方は、甘えた小娘に踊らされている大人、というようでは
ない。心からそう答えている。
「声を聞いた限りじゃあ、まだ子供じゃあないの」
 梓は疑問をぶつける。あんな子供がリーダーの組織などに付いて行っていいものか。間違っ
た方向に導かれないだろうか。
「一度、会ってみたいものだわ。私をこんな目に遭わせた子にね」
 すると大谷は姿勢を直し、真剣な顔で言ってくるようになった。
「最初からそのつもりだった。あんたの家族を保護する目的だったんだ。だが、それが運悪く、
軍に知られた。だから、あんたは追われているんだ。もし家族と安心した生活を送りたいんだ
ったら、俺達についてくるしかないぜ」
「まるで脅迫じゃあないの?」
 だが、そう答えた梓は相手より優位になったかのような態度だった。
「俺達の組織は、特定の場所にずっといない。世界各地に派遣されているし、常に移動してい
るんだ。ヒメコも、どこというならば、今はインド洋上のどこかにいるが、今『南アフリカ』から直
接は厳戒態勢で移動できない。
 だから、密入国ルートで『モザンビーク』から『ソマリア連邦』へと抜ける。まずは『モザンビー
ク』の《マトラ》まで行くんだ。そうすれば足がある」
「また、そうやって、私達を操ろうとするの?自分たちの目的のために?そして、私がそれに素
直に従うとでも思っているの?」
 堂々たる声の梓。もしいい加減なことを話すのだったら、もう一発ぐらい大谷を殴っておこう
か。
「あんたは従わざるを得ないだろう?娘も、旦那も、俺達の組織が見張っているし、安全なとこ
ろはヒメコの元しかない。それは俺達も同じなんだぜ」
 そう大谷は言い切った。自分の言っている事に何の間違いもないと思っている。確たる意志
があってこそ、はっきりと言えるような言葉だった。
「そう。それで、ヒメコは今、どこにいるのよ?」
「だから、ヒメコは一箇所にはいないんだって。ずっと移動しているんだ。落ち合える一番近い
場所が、『ソマリア』なんだ」
 その言葉に思わず、梓は頭を抱える。
「国境を何度も越えることになるのよ。そう簡単にいくような話じゃあないわ」
 大谷が言っていることは、このアフリカ南部から、中東部まで大陸を移動するという事だっ
た。陸路だったら何日かかるか分かったものではない。
「まずは、貨物列車に紛れる。『モザンビーク』との国境地帯は密入国者や、《民族解放軍》の
お陰で難民が溢れていて、軍も把握しきれていない。そこから先は、大陸横断海底鉄道を使
う」
 そう大谷は、すでに計画していたかのように言っていた。
「大陸横断鉄道って、あれは、貨物とか物資を運ぶための海底トンネルでしょう?」
「ああ、だが、人が乗れないわけじゃあない」
 即座に大谷は答えてきて、梓はうなずいた。
「つまり、『モザンビーク』へと行って、そこから『ソマリア』へと渡る。そうすればヒメコに会えるっ
ていうことなのね?」
「ああ」
 一呼吸置いて自分を落ち着かせるなり、梓は言葉を続けた。
「私の夫と娘も無事なんでしょうね?」
「ああ、無事を保証している」
 だがその大谷の言葉も梓にはいまいち信用がいかなかった。
「そう。でも大事なことがあるわよ。主導権は私。どうするかも私が決めるの。それだけは絶対
に譲らないからね」
 大谷がその言葉に答えるよりも前に、呼び出し電話が鳴った。それは大谷のものだった。
「電話がきているんだぜ。出なきゃあな」
 自分ではなく、彼に電話をかけてきている。聞かれたくない話でもあるのか。
「ええ、出なさいよ」
 そう言うなり、大谷は自分の携帯電話を取り出した。

「大谷さん。何かあったの?少し連絡が途絶えていたわよ」
 ヒメコは何かあったのだろうと疑り、大谷に向かってそう尋ねていた。
「いや、電波が届きにくいところにいたらしい。何しろ国道から離れているし、むやみな連絡は
できないんでな」
 その言葉に裏があるなと思いつつも、ヒメコは話を続けた。
「いいこと?今から言う事を、梓に気付かれないようにして。困ったことになったわ。軍がアリア
を保護していない。行方不明扱いよ」
 ヒメコは自分の前に展開している画面を見た。そこには、日米ハーフの青色の瞳を持つ少女
が一人、行方不明であるという手配が出ている。
 大谷はその言葉を聞いて、感情の余り顔に出すような人物ではない。
(ああ、そうか)
 内心は驚いているのだろうが、梓の手前、うまく隠している。
「アリアが行方不明だと知ったら、梓は何としても娘を自分で探しだそうとするわ。軍に任せた
つもりなのに、よりによって《ヨハネスブルグ》で行方不明になっているんだからね」
(ああ、そうだな)
 そう大谷は返してくる。
「あの子のことだから、自分で何とかするつもりなんでしょうけれども、軍にアリアの事もバレる
とまずいわね。私達で対処をしないと」
(金本を使えよ。あいつなら、今、動けるだろ?)
 そう言ってきた男。金本雄一は、韓国と中国での活動経験があり、梓を最初に捉えようとした
男だ。普段は、クォンという韓国人を名乗っている。
 一時、軍に捕らえられていたが、今は弁護士の執り成しで、一時釈放されているが、軍が梓
の件に何かしらの証拠を掴んだら、再逮捕される。今、金本雄一はマークされている状態だ。
 それに彼には別の目的もあったのだ。
「でもいいわ。金本さんに《ヨハネスブルグ》に向かってもらう。ティッドと一緒にね。そうすれば、
あの父娘を合流させられるから」
 そうヒメコは言い、連絡先から、金本の名前を探すのだった。
「大丈夫でしょうか?金本様は、軍にマークされています。表向きは釈放されていますが、重要
監視対象です」
 秘書はそのように忠言してくるのだが、
「大丈夫。アジア最大の諜報組織からも行方をくらました金本さんなら、迷子探しくらいラクにす
ることができるわよ。それを親元に届けることもね」
 そのようにヒメコは答えた。

「電話は何て?」
 助手席から睨みを効かせてきている梓が、大谷にそう言っていた。
「軍が、《ヨハネスブルグ》一帯だけじゃあなく、《プレトリア》や国全体、国境や空港にまで厳戒
態勢を敷いたって話さ」
 とってついた嘘を言う。しかしそれは事実でもある。
「そう。そんな包囲から、私をあなた達は逃してくれるって言うわけね。あなた達のために」
「そうだな。だから捕らえられないように、あんたもきちんと俺達についてくるんだな」
 そう大谷は言った。結局はお互い様だった。梓も今の状況におかれて数日、自分の力だけで
はどうにもならないことを痛感し続けていた。
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