コスモス・システムズ Episode05 第2章



「『ナミビア』北部での戦線は、我らが優勢。すでに『ザンビア』からの援軍と合流し、『ナミビア
軍』とも連携。防衛戦を『民族解放軍』は突破することが出来ず、数日以内に、国境から撤退さ
せることができる模様…。すでに敵部隊隊長を10名以上拘束。投降兵は1万にも及んでおり、
我が軍の損失は微小。しかし、依然として、解放軍の盟主、ンゴツィオ将軍を拘束はできてお
らず、現在どこにいるのかも不明」
 光学画面に表示された、『南アフリカ共和国軍』将校向けの報告書を、アーサーは読み上げ
ていた。
 彼は移動のためのジェットの中におり、すでに新たな行動を始めていた。
 昨日から、仮眠をとった程度で、さすがに連日の緊張感で、披露が溜まってきていることが分
かっていた。
 歴戦の軍人ではあったが、年齢のこともあって、第一線で活躍していた頃に比べると、やはり
無理はできない。
 若い時はついつい無理をしたがるが、それは危険な行為だ。無理をし、疲労した状態で作戦
を行うならば、それは判断力や行動力を鈍らせ、本来の力を発揮することができないものとな
る。
 アーサーにとっては、たった一人の女を捕らえる。それだけで済むことだったが、それが、ど
うやらただの女ではなく、バックには、強大な組織がいる。それは、アーサーらの見立てでは、
『民族解放軍』よりもよほど大きな組織だ。
 軍の諜報員が三日間、その組織について探りを入れているが、変化は全くない。日本国籍
の北村梓を支援しているから、日本か、アジアの組織か。もしくは、夫、ティッド・シモンズの家
系が続けている、『南アフリカ』の開発連合か。候補はあまりに多すぎた。
 移動用ジェットの中で、アーサーは、久しぶりに酒を入れる。
 軍人たるもの、任務中にふしだらな行動はできないが、適度なアルコールの摂取というの
は、最前線の部隊隊員にも認められているものだ。軍用レーションの中には、ワインがあった
りもする。
 だが、アーサーはウイスキーだった。歴史あるスコッチでも、安物の酒でもいい。ただ、刺激
がほしい。頭に喝を入れることができる酒が必要だ。そうすれば眠気もある程度は吹き飛ぶ。
 光学立体画面で同じようにリーベックも、彼の場合は、高級なスコッチウイスキーを飲んでい
る。
 リーベックの方は、どうやら、テレビの報道番組を見ているらしい。見ているのはもちろん、
『民族解放軍』の動きで、中継は、『南アフリカ』『ナミビア』国境から伝えられているらしい。
 リーベックは余裕ある表情さえみせ、ウイスキーの入ったグラスを画面の方へと向けながら
話していた。
「また、英雄が誕生する事になるな。その英雄は覇権を手に入れる。アフリカ大陸中央部の広
大な土地と豊富な資源を手に入れ、経済も軍事も拡大し、『ソマリア』を脅かすことができるほ
どの影響力を、アフリカ大陸内に設けることができる。
 その英雄は、アメリカか、イギリスか、それとも多国籍連合か。」
 もはやリーベックはこの戦乱には勝てるといった様子だった。すべて手中におさめている、と
いう彼の態度は、『民族解放軍』が自国の国境を越えて攻めてきた時から変わっていなかっ
た。
 リーベックにとって、このような軍勢など、取るに足らない烏合の衆でしか無いのだろう。
 だが、懸念はそれだけでは済まされない。
「そして『ソマリア』との関係は悪化し、アフリカ大陸中央部を戦場とした戦争がまた起こるでしょ
う」
 リーベックよりも先取りした言葉を、アーサーは言っていた。
「そうかもな。だが、アフリカ大陸中央部の資源があれば、その戦争にも勝てる。結局『民族解
放軍』は、最も嫌う白人達を、自分たちの領土に誘い入れ、再び支配されるために動いている
だけなのだ」
 あたかも今、アフリカで起きている混乱は、すべて自分の手中であるかのように言ってのけ
る。戦争などあって当然であるかのような口ぶりだった。
「まあ、あと50年は睨み合うだろうがな。冷戦のようになれば、それも仕方あるまい」
「あなたはまた自分の地位を高められる。その戦線で、あなたの派遣した部隊が活躍すれば
それで、あなたの名はより確固たるものになる」
 アーサーは指摘するが、
「君は、私を不死身だとでも思っているのかね?私はもう六十歳だ。君の指摘した事を担って
いる後継の人材を、きちんと見極めないとな」
 そうリーベックは言い残した。だが、彼の多国籍連合の話など、アーサーが口出しをすること
ができるものではない。だれがリーベックの跡をついで、『イギリス連邦軍』の顧問の座を引き
継ごうとも、アーサーにはそれに従わねばならないのだ。
「それで、どうだね?君の新しい部下達は?」
 リーベックが言ってきた。そもそも彼と今話しているのは、そのアーサーの新しい部下達とい
う者の報告でもあった。
 アーサーは、ジェットのボックス座席になっているところに集まった、四人の男女の姿を見た。
そのものたちも、軍人としての衣服は着ておらず、あくまで若者としての姿をしている。
 あのS-100達と同じだった。軍に協力し、命令も聞くが、民間人としての姿も持っている。彼ら
は、軍を裏切ることはしないが、まだ経験も浅く、未熟な者達だ。
 一番使いやすく、経験も豊富なのは、軍の諜報組織出身のS-100くらいのもので、他の者達
は、経験が不足しているのは否めない。
 だが、彼らにしかできないことがあるからこそ、この場へとやって来ている。
 戦争の最前線に向かっているわけではない、ただ北村梓を追い詰めるためだ。彼らとして
も、肉体が機械化されている北村梓と関係がないわけではない。
「ここが、こうというわけだ。恐らく北村梓は、『ソマリア』へと逃げるって言うから、このルートを
通る」
 光学画面で説明をしながら、一人の男がその場を仕切りながら言っていた。
「国境の警備を厳重にしておけば、捕らえることは十分にできるはずなんだがね」
「でも、国境を抜けようとすれば危険だっていうことは、奴らだってよく知っているでしょう?」
「この二日間は、警備にも全く引っかかっていないほどなんだぜ」
 案の定、新参の四人は言い合っている。だが、彼らは軍の事など考えずに、自分たちだけで
考えをまとめてしまおうとしている。自分たちなりの考えを出すことは、子どもの教育としては大
切なことだが、軍で勝手な行動をされてしまっては困るのだ。
「ここでは、私の命令に従ってもらおう」
 アーサーが、言い合っている彼らの元に割り入った。すると、四人の若者たちは、怪訝な顔を
してアーサーを見た。
「その顔もだ。君たちは、自分たちから望んでこの任務につくことを選んでいる。報酬を貰える
というからには、それなりの対価もいる。それが任務の成功と、命令への忠義心だ」
 まるで新兵を教育する、どころか、子供に教えているかのようだなと、アーサーは内心思って
いた。
「では、作戦を聞かせていただけませんか?」
 アーサーの新しい部下になる女の一人が言った。外見は子供じみているが、四人の中では
最も落ち着いている。
 誕生した順番から言うと、S-700と呼ぶことになるのだろうか。
「君の事は、S-700と呼ばせてもらうぞ。君たちは本名を知られるとまずいだろうからな。では、
S-700。君の能力は確か、記憶力だったな。記憶力を極端に特化させられているという」
「え、ええ…」
 意見の主張はせず、自分に自信が無い性格なのか。周りの様子を疑いながらそう答えてく
る。
「簡単に言うと、視界に入ったもの、見たもの、感じたものを、全て記憶する事ができます。頭
がパンクしそうっていうことはありません。頭の中が、検索ツールみたいになっていて、それを
簡単に引き出すことができるんです。
 また、自分の頭の中で検索さえすれば、気が付かない内に見ていた、というものでも思い出
すことが出来ますし、具体的な形にできます」
「見たこと、聞いたことは、全部?」
 そうアーサーが尋ねると、
 S-700と呼ばれる事になった女性は、飛行機の窓を指さした。
「例えば、この飛行機が飛び立ってから、ずっと雲の中を飛び続けていますが、見えている雲
の数、形など、全て覚えてはいませんが、頭のなかで記憶しています。ずっとビデオで録画して
いるような状態とも言えるでしょう」
 するとアーサーは、
「じゃあ、同じ形の雲がもう一回あったら教えてくれ、といったら、それはすぐに分かるわけだ
な?」
 そのように念を押すのだった。
「ええ、できます。ただ、雲って同じ形のものはひとつとして無いそうですから」
 分かっているという素振りを手で見せたアーサーは、
「じゃあ、君を連れて行けば、町の人間の顔を一人残らず覚えていて、例えばその中に北村梓
がいたとしても、それが分かるということか?」
「ええ、人の顔でも大丈夫です。さらに、ネットに繋げば、その範囲はネットにもつながります。」
「人間コンピュータってか?」
 男の一人がそう言う。
「というよりもサーバーだな。コンピュータ処理ほどのものはなくて、ただ、見て、聞いた事を記
憶することまでだろう?できるのは」
 そうアーサーは指摘するのだった。
「え、ええ。そうですが」
「それで、北村梓の顔認識の情報は入ってきているのか?君ならば即座に処理をすることがで
きるんだろう?」
 アーサーはそうやって話を進めようとした。だがその時、彼らが乗っているジェット機のコック
ピット側から兵士の一人がやってくる。
「少佐、『モザンビーク』のムワンバ空軍基地に着陸します。着陸態勢に入りますので」
「ああ、分かった。『モザンビーク国防軍』には、すでに協力を仰いでいるな?」
「はい」
「よし、いいだろう」
 それさえできれば十分だった。『モザンビーク』と『南アフリカ共和国』そしてその背後にいる
『イギリス連邦軍』や『EU』との関係は世界の他に比べれば比較的良好だ。
 元々『モザンビーク』自体が、『イギリス連邦』と同盟を組んでいたということもあり、現在のア
フリカの危機には、どうしてもお互いの存在が欠かせない。
 だから、『モザンビーク国防軍』も『南アフリカ共和国軍』と『イギリス連邦軍』の国内での活動
に協力した。民族解放軍のテロリストが国内に潜伏している、と言ってやれば、他国の顔色を
伺う側は協力せざるを得ない。
 もし国内でテロ行為などを行われれば、彼らは壊滅的な被害を被ることになるからだ。
 そして『モザンビーク国防軍』は、首都近郊にあるムワンバ空軍基地への、軍用ジェットの着
陸を許可した。アーサー達は、そこから行動を開始すればいい。

インド洋上
6月28日1:16 P.M.

「リーベックの一派はやりたい放題ね。新しい実験体を手に入れては、それを機械化した人間
として、軍で使わせているのよ」
「しかし、『S-シリーズ』のメンバーのほとんどが、事故や病気で再起できない体となり、そこを
救われた者達ばかりです」
 執事の男は、ヒメコにそのように言うのだが、
「その事故さえ、リーベックの奴らが仕掛けていたとしたら、どう思う?」
 昼食の時間だった。いたずらっぽく洋上でフォークをいじりながら、面白いものを尋ねるかの
ように、ヒメコは言っていた。
「そうなると、数百の事故や病気に関わっていることになり、現実的なものとは言えないでしょ
う」
「そうね。安っぽい陰謀みたいで、嫌な話だものね」
 そのようにヒメコは言うのだった。そして食事を続けている。
 豪華客船クルーズの食事は、広いレストランや、プライベートレストランで食べるものだが、彼
らは人に聞かれてはならないことも多い。
 今、ヒメコがいるのは、昼食用のラウンジで、そこは許可ない者は入れない、プライベートラ
ウンジだった。
 盗聴の心配などもないのは、ヒメコ達が船内にいる部下達に妨害電波を出させているためも
あるが、豪華客船に乗っている平和主義の金持ちが、世界情勢に関わろうという事を、どれだ
けの人間が想像できるだろうか。
 ほとんどの者達が、引退世代で、今、ヒメコ達がここにいることは、一部の者達しか知らない
のだ。
「だけれども、新しい『S-シリーズ』のメンバーは厄介ね。若いメンバーばっかりだけれども、こ
のメンバーが作戦に参加してくるならば、北村梓を逃すのが困難になるだろう。
「何か、作戦を立てなければならないわね」
 そうヒメコは考えつつに言った。
 だが、こういったときに、普通、緊張や追い詰められたことで、食事などとても進まないという
者も多い。
 そんな中、ヒメコは動じることなく、ただ淡々といつも通りの食事を続けていた。彼女に恐れや
迷いなどといったものはない。
「梓は、『モザンビーク』の《マプト》まできているのよね?」
 ヒメコは執事にそのように確認をとる。
「ええ、『南アフリカ』の国内からは脱出できました。しかしながら、依然としてこの、『イギリス連
邦軍』の『南アフリカ駐屯部隊』アーサー・セント・ワールド少佐は、北村梓殿を追っています。
 最新の情報では『モザンビーク国防軍』に許可を得て、空軍基地に部隊を移しています。首
都である《マプト》はもっとも厳戒態勢になるでしょう」
 そんなことは知っているという素振りを見せるヒメコ。食後のコーヒーを飲む彼女の瞳は黄緑
色に輝いていた。
 ヒメコは日本の名前の通りに日本人の顔立ちだったが、唯一、黄緑色の瞳だけが目立ってし
まう。だからあまり人前には出なかった。
 しかしその黄緑色の瞳が、彼女が背負ってきた境遇そのものを示している。
 彼女はただの十歳前後の年頃の少女ではない、それを意味していた。
「でも、梓には《マプト》から大陸縦断鉄道に乗ってもらわないとね。あれは貨物専用だけど、人
が乗れないわけじゃあ無いわ」
 そう言いつつ、ヒメコは自分の指で、アフリカ大陸を縦断する鉄道のルートを、頭で思い描い
て空に描いていた。
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