コスモス・システムズ Episode05 第4章



 ロドリゴ=ンゴツィオは、『民族解放軍』を指揮する総司令官だった。この軍は、元々『ソマリ
ア』や『中央アフリカ』『北アフリカ』の紛争地帯から軍人や傭兵を集めた、寄せ集めの軍隊だっ
たが、彼は己の階級を将軍と定めていた。
 ンゴツィオ将軍には、多くの黒人たちがその活動に参戦した。今まで銃など持ったこともない
ような者達や、果ては明日、どうやって生きていったらよいか分からない者達に対しても、彼は
食べ物を与え、兵士とした。
 元々ンゴツィオの祖先は、『ソマリア』が戦乱に包まれていた21世紀の時代に、地方豪族の
一人だった。彼らは、武器を集め、軍備を整えて内紛と勢力拡大に努めていったが、結局は内
紛と、裏切り行為の連続で没落し、『ソマリア』の土地を追われた。
 しかし生き残った軍勢達と共にンゴツィオの父親は、『中部アフリカ』で勢力を伸ばし、力を蓄
えていった。
 22世紀に入り、ンゴツィオの父親は、息子達に向かって、この蓄えた兵力、そして反白人主
義者達が揃えた多くの軍備、兵器によって、まずは『アフリカ大陸』を統一し、その後、『ヨーロ
ッパ』へと攻め上がるという道筋を示した。
 そして、ンゴツィオも、その弟たちも、白人こそがこの世界の害悪であり、彼等の広げる帝国
を打ち倒すことが、男の生きる道だと、毎日言い聞かせ、己の身の守り方、戦争の仕方を、あ
らゆる戦争の例を挙げて教育し続けた。
 ンゴツィオ自身も、白人には悪党しかおらず、彼等の帝国を打ち倒し、純血の黒人たちがこ
の世界を支配する事こそ正義と、そう考えるようになっていた。それ以外に、彼等が生きていく
道はないと、何の疑いもなく思うようになった。
 10年前、失意の中、ンゴツィオの父親は病死した。父は軍備を整えるまでしか出来なかった
が、ンゴツィオは、この軍を動かし、まずは黒人たちを支配し、かつては人種差別政策までもし
て、黒人たちを虐げた『南アフリカ』へ攻めいる事を考えた。
 『ソマリア連邦』や『アフリカ大陸』各地から集めた大軍勢で攻め込む。白人たちはあらゆる方
法でその行く手を阻むだろうが、ンゴツィオには自信があった。いざとなったら、化学兵器を使
う準備もしてきた。
 兵士達には、白人たちに加担する者達は、例え肌の色が同じであろうと、白人と同罪である
と命令し、時に洗脳した。
 そして2年前、ようやくアフリカ中央部から挙兵したンゴツィオ率いる、『民族解放軍』だった
が、それはもはや崩壊の危機に瀕していた。
 ンゴツィオは、自らは『アンゴラ』の中央部に陣を構えていた。この国の政権は早々に降伏姿
勢を見せている。あとは『ナミビア』を超えれば『南アフリカ』に攻め入るだけだった。
 特に『南アフリカ』は白人の国だ。とっとと首都に化学兵器をばら撒き、壊滅的な被害を白人
に見せてやる。奴らに死体の数を数えさせてやる。
 それこそが正義なのだと、ンゴツィオは確信していた。
 しかし、軍が『ナミビア』まで入ってからというもの、軍が思うように進むことがなかった。それ
どころか、どんどんと軍の戦線が押し戻されていっている。ンゴツィオが立てた計画はことごとく
崩れ去り、3年以内に『南アフリカ』を潰し、10年でアフリカ大陸をすべて支配する計画に間に合
わない。
 己は、威厳を示すために鍛え上げられた身体と、スキンヘッドにまとめた、生粋の黒人として
の強さを見せている彼だったが、己の計画が崩れることを恐れていた。
 彼は、自分の近くにいつも死んだはずの父親が居るような気がしてならない。この軍が順調
に言っている間は、その父親に褒め称えられる。どの男よりも強く、白人も恐れをなして逃げ出
すだろうと、そう言って褒め称えられる。
 しかしながら、計画が破綻すると、彼は父親に叱責される。いるはずもない、とうに死んだ父
親に怯え、恐れさえなしている。
「馬鹿な。そんなはずはない!この都市は必ず落とせる。国境だって一ヶ月以内には突破して
みせる!」
 そう一人でわめきだしたンゴツィオは、手にしていた地図を放り出した。側においてあった、
覚せい剤を入れたコーヒーが同時にこぼれる。
 三日間も寝ないで、覚せい剤や薬に頼り、彼は一世一代の大勝負に出るつもりでいた。全て
は『南アフリカ』への国境を突破すれば成し遂げられる。
 しかし付け焼き刃で行われ出しているンゴツィオの部隊、それも先鋒部隊や、制圧部隊など
の統率が乱れだし、中には勝手な略奪行為に走りだす軍の者達も少なくなかった。
 もし略奪の相手が白人の者達ならいい。だが、軍全体の統率を乱し、勝手に軍を離れて盗
賊になる者達までいるのだ。
 最初からそれが目的で『民族解放軍』に入ったかのように。
 そのような賊の裏切り者を、ンゴツィオが許すわけがなかったが、アフリカ大陸は広く、どこへ
でも逃げることができる。
 そして、このような内紛状態になった以上、王国は唐突に幕切れをしてしまうものだった。ン
ゴツィオはその幕引きを認める気にはなれなかったが、軍の内部事情を知っている将校たち
は、その最期を感じ取っていたようである。
「将軍。また破られました。南部展開中の部隊が敗走しました」
 慌ただしく、ンゴツィオの側近の部下が現れ、そのように報告した。
「敗走だと?逃げてくるのか?」
 そこで部下は口を濁す。
「答えろ、敵に背を向けて逃げてくるのか?」
 だが部下は答えにくそうに言ってきた。
「それが、部隊の隊員たちは、ほとんどが投降したとのことです」
「何だと!」
「落ち着いて聞いてください将軍。将軍を生きたまま引き渡せば、『南アフリカ』での市民権を与
えられると、そう噂が立っています」
 今度はンゴツィオはテーブルをひっくり返し始めた。
「ええい、白人の犬に成り下がるつもりか!」
 それは白人差別主義の教育をされてきたンゴツィオにとっては、最低最悪の裏切り行為だっ
た。市民権が一体何だというのだ。自分たちが、アフリカ内陸部で、苦汁をなめ続けてきたの
は、そんなくだらないものを得るためではない。
 自分たち生粋の黒人が、世界の頂点に立ち、支配する事にほかならないだろう。
「奴らは、犬だ。いや、それよりも下劣な奴らだ!白人共に支配から解放した際には決して許さ
ん」
 ンゴツィオはそういった言葉を、ここ最近では口癖のように言っていた。裏切り者達の首を着
る用意などとうにできている。だが、奴らは今、ンゴツィオの手が届かないところへと逃げてしま
っている。
 スタジアムほどの広さに、裏切り者共の首を並べ、世界中で生中継をして、粛清の現場を見
せつけてやりたかった。だがそれができないことへのいらだちは凄まじい。自分が鍛え、集め
た同志たちは、所詮その程度の人間でしか無かったのか。
 ふと、ンゴツィオは、目の前に居る側近の部下が、目を泳がせているのに気がついた。
「まさか、貴様もそうなのか?」
「な、何を言っているんです?」
 覚せい剤を彼はやっていたから、少しの周囲の挙動でも気になる。気になって仕方がなく、疑
心暗鬼に陥るほど、神経が鋭くなっているのだ。
「貴様も、白人どもに俺を売るつもりでいるのか?一族の誇りはどうした?貴様も、肌の白い連
中に憧れる、腐りきった黒人なのか?」
「将軍!それは言い過ぎです!」
 その部下は思わず狼狽していた。
「ええい構わん!誰か、こいつを捕らえろ、部下も全員だ!肌の中まで白いかどうか確かめて
やる!」
 そうンゴツィオが言い放つと、奥の部屋から、更に多くの男たちが出てきた。彼等は芯の意味
でンゴツィオに忠誠を誓っている者達で、信頼のおける側近だった。
「将軍、呆れましたよ。追い詰められても、あなたは誇りを失わないと思っていた。なのに、ここ
まで落ちるなんて」
「どの口がそれを言う?ええ?誇りを失っているのは貴様らだ。貴様と、投降した兵士達だ!」
「いえ、あなたがまともであったなら、どこまでも付いていくつもりでした。ですが、今のあなたは
正気じゃあない。そんな人間についていけると思いますか?」
 すると、ンゴツィオの部下は、彼には見えない位置に持っていた、何かのピンを抜いたらしか
った。
「何をした!」
「申し訳ありません将軍。ですが、わたしもあなたの座を奪ってとろうなどとは考えていません。
あなたを信頼できなくなっただけです」
 思わずンゴツィオは銃を抜いて、それを部下へと向けたが、彼が持っている缶スプレーのよう
なものを見て血相を変えた。
 ンゴツィオは銃の引き金を抜けなかった。それは『民族解放軍』が所有している兵器の一つ
で、彼自身もよく知るものだった。
「じゅ、銃を抜くな!ガスには酸素が入っている。高濃度の酸素ガスだ!撃てば爆発する!」
 その言葉に、部下達は、銃を抜くことが出来ず、反旗を翻した者達との、取っ組み合いが始
まった。テーブルがひっくり返り、本棚が倒された。その隙に、裏切り者の側近はンゴツィオの
部屋から脱出していってしまう。
「ええい、待て、待て!」
 だが、その内紛も、突然、彼等の苦悶の声にかき消される。
「高濃度の酸素だ!へ、部屋から出ろ。猛毒だ!」
 そう言い放ったンゴツィオはすでに眼から血を流していた。圧縮された高濃度の酸素に触
れ、それを吸ったため、身体の毛細血管から出血し、さらに細胞が破壊されていっている。血
液の中を流れている鉄分が次々と錆びていっている。
「こんなもの、こんなものを!」
 ンゴツィオはすでに失明しかかっていた。それだけではなく、だんだんと脚が立たなくなり、部
屋の奥へと逃げ込んだが、何かに躓いて転んだ。
「将軍!」
 まだ身体が動く部下が部屋の奥にいたらしい。ンゴツィオはその人物に身体を抱えられて動
かされる。
「北部戦線に連絡しろ。この基地はもう捨てる!だが、諦めたわけではない。この裏切り者共
はいずれ始末する!」
 身体を抱えられ、ンゴツィオは自分の城から脱出していく。彼自身は視力にダメージを受けた
が生存し、部下に連れられて、北部の戦線へと逃走した。
 彼の王国の中心であったはずの基地は、この数時間後に『南アフリカ共和国軍』に投降し、
裏切り者呼ばわりされた、ンゴツィオの側近達は、協力者として迎えられる事となった。

 こうして、ンゴツィオ率いる『民族解放軍』は、追い詰められた挙句の内紛という形で、完全に
分解した。
 疑心暗鬼に陥ったンゴツィオは逃走し、彼の跡を継ぐことができるものは誰もいなかった。何
世代にもわたって引き継がれていた誇りも何もかもを抱え、そして失い、以後、行方不明となっ
てしまった。
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