レッド・メモリアル Episode06 第4章



 アリエルは、まるでジュール人形のような姿をした少女に攻撃され、倉庫の中から飛び出さざ
るを得なかった。
 この少女は一体何だ?アリエルは思う。この少女もテロリストの一員だというのだろうか?だ
が、あまりに幼すぎる。10歳ぐらいにしかならない年頃の少女が、細やかに動きながら、あり
えないほどのスピードとフットワークで迫り、自分に向って攻撃を加えてきている。
 あと少しで、養母を救いだせる所まで来られたのにと、アリエルはくやしい気持ちに襲われ
る。
 だがそんな気持ちも、少女が突き出してきた蹴りが、森の中の針葉樹一本を、鋭く切り落とし
てしまった事で吹き飛んだ。
 木一本が、ほんの10歳くらいの体格の少女が突き出した蹴りで倒れていく。まったく理解し
がたい光景だった。
「も〜う!いちいち避けたりしないでよ!あたしが、さっさとあなたを捕えないと、シャーリとお父
様に怒られちゃうんだから!」
 少女は、まるで子供が言うかのように、アリエルにそう言い放ってきた。
「邪魔しないでよ!あの倉庫には、私のお母さんが連れて来られているのよ!シャーリは一体
何をしようっていうの!」
 アリエルは、少女の放ってきた蹴りをよけながら言い放つ。
「知ってる」
「えっ?」
「知ってる。あなたのお母さんが、シャーリとお父様には必要なの。あなたも、お父様には必要
なの」
 ジュール人形の姿をした少女は、アリエルに迫りつつそう言ってきた。
「あなたのお父さんって、一体、何なのよ」
 アリエルは、何の恐れも見せずに自分の方へと迫ってくるその少女に、恐れさえも感じた。
「お父様は、お父様よ。あなたもいるでしょ?お父様」
 少女は、アリエルのもとにゆっくりと迫って来ている。アリエルは思わず後ずさった。
 この少女は、間違い無く『能力者』。そして、自分自身よりもずっと高度な『能力』が使えるん
だという事を、アリエルは認識していた。
 森の中を逃げ惑うアリエルは、母がいるのであろう倉庫からどんどん遠ざかってしまってい
た。
 このままでは、離れているだけだ、母を取り戻すためには、近づくしかなかった。
 しかし、その前に立ちふさがる少女。アリエルはたった一人の小さな少女のせいで、森の中
を逃げ回るはめになっていた。
 少女は、右腕をアリエルの方へと突き出して来ていた。
 一体、何をするのだと、アリエルは彼女の方へと注意を向ける。
 すると、少女の右腕から突然、大きな鉄の筒が飛び出して来た。その筒は、まるで少女の体
の中に内蔵されていたかのように飛び出してくる。
「へっへ〜。もう逃がさないんだからね!」
 少女はアリエルの方に、悪戯っぽい子供の笑顔を見せつけ、筒を向けてくる。
 その筒が彼女の腕から飛び出してきた時、アリエルはもしかしたら、この少女は、鉄の筒状
の兵器を中に仕込んだ、ロボットなんじゃないかと思った。
 だが、ロボットだったら、パーツが腕から出て、それが、仕掛けのようになっているはずだ。
 この少女は、腕から飛び出させた兵器を、自分の腕から肩にかけて一体化させている。
 ロボットじゃあない。生きた人間だ。
 アリエルが、そう判断するのが遅いか、早いか、少女は腕と一体化させた筒から、ミサイルを
発射した。
 まぎれもない、それは兵器だ。
 そう判断したアリエルは、素早く身をかわす。アリエルの体は、ミサイルが飛んでくるのよりも
早く身をかわして、地面に身を伏せた。
 直後、アリエルの背後にあった木にミサイルは着弾して、木を吹き飛ばした。炎と爆風がアリ
エルの体を煽り、粉々になった木の破片が降り注いで来る。
 少女が腕と一体化させているのは、ロケットランチャーだ。あれに当たれば、こっぱみじんに
吹き飛んでしまうだろう。
 まるで、ジュール人形のように、屈託のない少女の姿をしているのに、なんて兵器を仕込んで
いるんだ、とアリエルは思う。
「ほーら。逃げたりしないでよ。お姉ちゃん。シャーリには、あなたを殺さないでって言われてい
るんだからさ〜」
 この少女は、ロボットだと思う方が自然だろうか?アリエルに向かって鉄筒の姿をした、ロケ
ットランチャーの発射口を向けてきている。
 もし、こんな至近距離でミサイルを発射されたら、彼女自身さえも、吹き飛んでしまうに違いな
い。
 子供だからこそ、逆に危険な存在。それが、目の前にいる少女だった。
「い、嫌よ。私は、あなたなんかに従ったりしない!」
 アリエルは、その場から立ち上がりつつ、そのように言い放った。
 すると、目の前の人形のような姿をした少女は、アリエルの姿を見上げてくる。
「じゃあさ、5秒あげるから、その間に逃げてみせて」
「はあ?」
 まるで子供の遊びのような申し出に、アリエルは思わず拍子の抜けた声を出した。
「ほら、時間ないよ。あと4秒で、コナゴナに吹き飛ばしてあげるんだから!」
 と言って、アリエルに向けて、少女はロケットランチャーを向けた。
「ミサイル発射、3秒前!」
 本当に発射する気だ。そう直感したアリエルは、もう背中を向けてその場から逃げるしかなか
った。
 背中からロケットランチャーのミサイルが迫ってくると思うと、アリエルは何もかも振り乱して
逃げる、情けない姿になっていた。
 こんな小さな少女に、背中を向けて逃げるしかない。
「2秒、1秒」
 子供の遊びであるかのように、背後から、少女がカウントダウンを続ける。
 アリエルは、その少女から、ほんの5メートルほども逃げる事が出来なかった。
「カチッ!ドヒューン!はい、ドッカーン!」
 だが、少女はそのように口で言っただけで、何も起こらなかった。
 ロケットランチャーからは何も発射されないし、爆発も起こらない。
 アリエルは、背後を振り返るのが恐ろしかった。だから、何も起こらなくても、その場から逃げ
るしかなかった。しかし、直後、自分の頭を強打する衝撃が走った。
 何が起こったのかも分からないまま、アリエルは目の前が真っ暗になって、その場に倒れて
しまうのだった。



 ジュール形のような姿をした少女として形容される、レーシーは、森の地面の中に倒れたアリ
エルを見下げていた。
 アリエルは、ちょっと脅してやっただけで、狩りに遭うウサギのように逃げ出した。わざとらし
く、脅してやったのは、ただ仲間のテロリスト達にアリエルを背後から襲ってもらうためだ。
 アリエルは、まんまとその罠に引っ掛かってくれた。
 シャーリとは全然違う。弱くて、つまらない子。レーシーは思った。
 彼女は、腕と一体化している、ロケットランチャーを自分の腕の中におさめた。
 それは、小さい頃からレーシーがやっている事で、体を起き上がらせる事よりもずっと簡単に
できる事だ。
 ロケットランチャーは重く、レーシーの腕よりもずっと大きい。だが、レーシーの肉体の中に収
まれば、彼女は重さも何も感じることなく、それを持ち運ぶことができる。
 レーシーは、それが誰しもできることではない、自分だけが行う事が出来る『能力』なのだとシ
ャーリに教えられた時、自分が、どんな子供なんかよりもずっと強い子なのだと知った。
 それ以来、レーシーにとって怖いのは、シャーリとお父様だけになった。
 レーシーの目の前に、何人かのテロリスト達が銃を構えてやって来る。
 彼らは、レーシーよりも2倍、3倍の体の大きさを持つ男たちだったが、レーシーは得意げに
命令してみせた。
「ほら、連れて行っちゃって!お父様がお待ちかねなんだから!」
 マシンガンを構えたテロリスト達は、レーシーにそう言われ、黙々と作業を開始した。気絶さ
せたアリエルを、このまま倉庫の方へと連れて行くのだ。
 アリエルを連れて行くのは男たちに任せ、レーシーは、得意げな姿でそれを見つめていた。
 そして彼女は、満面の笑みを見せる。
 やった。これで、お父様にもっと褒めてもらえる!お父様!これはレーシーがやったんだよ!
ほら見て!
 レーシーの左目は、まるでカメラのレンズのようなものを出現させていた。それは、遠くから見
てもただの目にしか見えないが、よく彼女の顔に顔を近づけて、その眼球を覗きこめば分か
る。
 レーシーの瞳が、黒いレンズのようになっているのだ。
 彼女の瞳と一体化している小型カメラは、目の前の映像を、別のある場所へと送り届けてい
た。



 レーシーの眼に映った映像を、そのまま、受信しているのはある画面だった。空間に現れた
画面には、たった今、レーシーが見ている全てのものが映し出されている。
 ライダースジャケットに身を包んだ、赤毛の少女が、気絶させられ、施設へと連れ込まれてい
くありさまも、そのまま表示させられていた。
 その画面を見ていた男は、病室のベッドの上で、ほとんど身動きも出来ない状態だったが、
専用の通信機をベッドのテーブルの上に置いていた。
 そして、一言、
「よくやった、レーシー、私は嬉しいぞ」
 とだけ答えたが、男の顔はじっと画面を見つめる、まるで深淵の底にいるかのような暗い表
情だった。
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