レッド・メモリアル Episode06 第5章



 アリエルは、朦朧とした意識のまま、自分がどこかに寝かされている事に気がついた。
 それは、非常に冷たい金属の上だった。しかも服も脱がされているらしく、金属が背中に当た
ってとても冷たい。しかもアリエルがいるこのどこかの部屋は、とても肌寒い。
 だが、今の朦朧とした意識の中では、肌寒さに身を震わせる事も何もできなかった。
 声が聞こえてくる。
 寝かされた状態のまま、真上を向いているアリエルは、手術台の照明を目の当たりにしてい
る。眩しい光が差し込んで来ている。
「意識は?」
 誰かがそう言って来ているのが聞こえてきた。聞き覚えのない声。聞き覚えが例えあったとし
ても、今の意識ではそれを判別することさえできない。
「無い。気絶させられた後、更に麻酔で眠らせた。あと1日は起きないだろう」
 誰かがそう答えている。
 その言葉の意味を理解する思考力も、今のアリエルの意識ではない。
「この娘が、そんなに大事なのか、さっさと、始末してしまえば良いものを。あの方が望んでいる
のは、こいつの母親だろう?」
 そんな声に、さらに重なってくる別の言葉。
「ええ、そうよ。だけれども、お父様の命令なのよ。この娘の『力』がどういうものであるのか、し
っかりと知っておかなければならない。わたし達の役に立つかどうかってね!」
 女の声。よく知っている自分の声。多分、シャーリの声だろう。
「この娘の能力は、腕だけだろう?なぜ、脳まで処置するんだ?」
「お父様の命令よ。さっさとやんなさい!」
 手術室に響き渡る声が聞こえ、アリエルは再び意識を失った。
 ドリルが回転するような機械音が聞こえたのを最後に。



 次の瞬間、アリエルは叫び声を上げながら飛び起きていた。
 頭を激痛が走っている。何が何だか分からない。世界がばらばらに壊れていくかのような衝
撃を受けていた。
 頭を押さえて、しばらく声を上げていると、やがて頭痛が引いてきたが、その時、アリエルは、
自分の両腕から2本の刃が突き出ているのを知った。両脚からも出ていて、それは今までアリ
エルが出していた刃よりもずっと大きく、そして、刃渡りも長い刃だった。
 異国では芸術品とさえ言われている、カタナにも似た姿と長さを持っている。今までのアリエ
ルが出していた刃といえば、原始人が作った骨のような刃で、切れ味は十分だったが、いびつ
なものだった。
 だが、この刃は何だろう。
 しかも、自分の意志でその刃を、腕の中に納める事が出来ない。今まではこの刃を自分の
体の中に収めることができたが、それができないのだ。
 頭痛がひどい。まだ頭が割れそうだった。
 しかも、その頭痛の痛みは、体の神経か何かを通して、この刃へと通じている。焼けるような
何かが体を通って、手足の刃に通じている事をアリエルは知った。
「な、何よぉ!」
 頭が割れそうな頭痛をこらえながら、アリエルは周囲を見回した。
 やがて彼女は、ここが牢獄のような場所である事を知った。
 金属の壁が覆う場所で、分厚い壁が周囲を覆っている。部屋の大きさは一人用の牢獄ほど
で、窓という窓もない。
 まるで金庫の中に入れられている。それがぴったりの牢獄だった。
 明かりこそ点けられているし、室内には簡易的なトイレもあったが、長くこの中にいれば、閉
所恐怖症でなくても発狂してしまいそうだ。
 ここが何なのか、頭が頭痛とパニックに襲われつつも、アリエルは急いで判断しようとした。
 自分は、シャーリ達を追って、見知らぬテロリストらしき者達のアジトに踏み入り、シャーリと
出くわした。
 だが、謎の少女がアリエルの目の前に現われて、それから、多分気絶させられたんだろう。
今、自分がどこにいるかも分からない。
 頭に手をやってみれば、包帯が巻かれている事が分かる。
 頭を殴られたからだろうか?この割れそうな頭痛は、頭を殴られたから?だが、いつもにも
増して、体からはっきりと、大きく出ているこの刃は一体何だというのか?
 アリエルにとっては謎だらけだった。
 そういえば、母はどうしたのだろう?確か、シャーリ達と同じ施設にいたはずだ。
 だけれども、こんな金庫のような部屋に閉じ込められていては、母がどうなってしまったのか
も分からない。
 アリエルがどうして良いか、まったく分からずにいると、突然、部屋の扉は開かれた。
 アリエルはすかさず警戒して身構える。
 とりあえず、自分の体から、武器になるものは出ている。銃なんかを向けられたらどうしようも
ないけれども、武器だけはあった。
 開かれた扉から姿を見せた者。それはシャーリだった。
「シャーリ」
 アリエルは思わず呟いた。
 彼女は元々、眼光も鋭いし、きつい顔をしていたけれども、今は今までの彼女とは明らかに
何かが違っていた。
 片手にショットガンを持っているから?それとも、身に着けている服装が、とても攻撃的なも
のに見えるからだろうか?
 タンクトップに上着を羽織って、ライダースのようなズボンを履いているその姿は、まるでアリ
エルを意識しているかのようだ。
 だが彼女の場合、アリエルとは対照的に白い色調に服装をまとめている。
「やっと目覚めたわね、ずいぶんと待たせてくれちゃって」
 普段聞いた事もないような、猫なで声でシャーリは言ってきた。これが、本当に、ほんの3、4
日前まで、同じ学校の、同じクラスにいた幼馴染なのだろうか、と思ってしまうほどに。
「シャーリ!どうして、どうして、こんな事をするの!」
 痛い頭を抱えながらも、アリエルはシャーリに言い放った。だが、シャーリは、ショットガンの
銃口をアリエルに向け、言ってくる。
「お父様が望んでいるからよ」
 お父様、お父様って、一体何だ?アリエルは向けられた銃口の前で思考を巡らせる。
「お父様って、誰よ」
 アリエルは言った。すると、シャーリはショットガンの銃口を下ろし、アリエルへと顔を近づけて
きた。
 ショットガンの銃口よりも、むしろシャーリそれ自体の方が危険な匂いを漂わせている。顔の
片方だけ髪で隠された顔。そして、右目だけ光る眼光がアリエルに迫る。
「お父様って言ったら、わたしのお父様に決まっているじゃあない。他に誰がいるって言うのよ」
「お父様って、あなたのお父さんは、確か、死んだって。だから里子に出されたんだって」
 確か、シャーリ自身から幼いころに聞かされた話はそうだったはずだ。だが、しばらくして再
会してからは、シャーリからそんな話は聞いていない。
 ろくに会話さえしていなかったのだ。
「死んだっていうのは、聞かされていた方の話よ。でもね、中学生の時にお父様に再会できた
の。『スザム共和国』に行った時にね」
 シャーリは、アリエルへと顔を近付けてきた。そして、彼女の顔を物色するかのように触ってく
る。
 彼女の吐息が迫ってきた。女同士だというのに、とても妖しいシャーリをアリエルは感じる。シ
ャーリは、唇にはグロスを塗っているらしく、それが更に妖しさを醸し出している。
 だが、出てくる言葉は攻撃的だった。
「『スザム共和国』は酷い国よ。毎日、いっぱい人が死んでいるの。あなたみたいな、平和な世
界で暮らしている人では、想像もできないほどにね。
 わたしも初めて行った時、ここが本当に自分の故郷なのかって、疑ったわ」
「離してよ」
 シャーリは、アリエルの顔を見つめて言って来る。二人の距離はかなり接近していた。
 アリエルは最近、シャーリとろくに会話もしていなかったし、幼馴染だったから、幼い時の彼女
の印象しか残っていなかった。
 いつの間に、こんなに大人びたのだろう?
 アリエルよりずっと内向的で、消極的だった彼女が。
「でもね。お父様と会って分かったの。わたしの故郷にいる人たちを死なせているのは、あなた
達なんだっていう事が。
 あなた達ジュール人は、わたし達の国を国として認めていない。だから、わたし達の主張を、
人殺しという形でねじ伏せているんだっていう事がね」
 目線をそらそうとするアリエルの顔を、シャーリは自分の方へと向けさせた。
「だ、だったら、私をどうするの」
「そうね。幼馴染のよしみがあっても、あなたを殺そうと思えばいつでも殺してあげる」
 と、シャーリは言った。彼女の危険な香りに、ここまで接近されていては生きた心地もしなか
ったから、そんな言葉が、実感として湧いてこない。
「でもね、お父様が、あなたと、あなたのママを欲しがっているのよ。だから、今は連れて行くだ
けにするわ」
 シャーリの言った、ママという言葉に、アリエルは反応した。
「お母さん?私のお母さんに一体何をしたの!」
 シャーリに喰ってかかろうとしたが、その時、アリエルの頭に激痛が走って、彼女は意識が飛
びそうになった。
 シャーリの目の前で、アリエルは頭を抱えて眼を見開く。
「何をしたって?そうね、あなたにしてあげたのと、同じ事をしてあげたのよ。うふふ」
 まるで面白いものでも見るかのように、シャーリは言ってくる。
「私の、頭に、い、一体、何を!」
 まるで、頭の中を改造されてしまったかのような激痛だった。満足に立ち上がる事さえできな
い。
「大した事じゃあないのよ。ただ、あなたの頭のある部分に、電気的な刺激を与えてあげただ
け。その時、あなたの頭に穴を開けているけれども、針の先よりも細い穴だから安心して」
 頭に穴、という言葉を聞いて、アリエルは、自分の頭を触ってみたが、包帯が巻いてあるだけ
だ。
「何をしたのよ!」
 アリエルは思わず膝をつき、声を上げた。
「不思議よねえ、ほんのちょっと、ほんのちょっとで良いのよ」
 とシャーリは言いつつ、アリエルの頭を指で叩いてくる。そんな刺激だけでも、アリエルの頭に
は激しい痛みが走った。
「やめ、やめて!」
「ちょっとの電気の刺激を流すだけで、人の感情さえもコントロールさせる事が出来てしまうの。
同じくらいの電流を、あなたの脳のある部分に与えれば、ほら、あなたの『力』も、子供のおも
ちゃじゃあなくなっているわよ」
 今度は、シャーリはアリエルの右腕を持ち上げ、そこから伸びているブレードを示してきた。
 いつもよりも遥かに大きく現われて、そして、鋭利な形状を見せている、アリエルのブレードだ
った。
「この『力』は、刺激を与えられて、こうなっているの?」
 アリエルは、シャーリが持ち上げている自分の腕のブレードを見て呟く。
「ええ、そうよ。これは、わたし達が与えてあげた刺激でこうなっているの。とは言っても、一時
的なものだから、すぐに収まるでしょうけれどもね。あなたが今抱えている、その頭痛も同じ」
 シャーリは、アリエルの頭を再び指さしてくる。
「この頭痛が?」
「あなたの体は、今、自分の『力』についてこれていないんだわ。だから、『能力』を出すように
体に命令を送っている脳の活動が活発になって、そうなってしまっているのよ」
 と言って、シャーリは微笑をアリエルに見せた。アリエルは、まるで彼女の上でもてあそばれ
ているかのような気持ちにさせられる。
「もう、私をここから出して。お母さんも返して」
 アリエルはそう言ったが、
「うふふ、駄目に決まっているじゃあない、あなたの『力』を、こうやって引き出すために、あなた
をここに連れて来たわけじゃあないんだから。私があなたを連れて来たのは、お父様に命令さ
れたからなのよ。こうやって、『力』を引き出してあげたのもね」
 と言い、シャーリは、アリエルの腕から突き出している刃を、何も恐れることなく、触れ始め
た。まるで、心地の良いものを触るかのようにして。
「ふ、ふざけないでよ!いい加減にして!」
 と言い、アリエルは、シャーリが触っている右腕の刃を彼女の目の前へと持っていった。
 いくら頭痛がしているとはいえ、今のアリエルには、武器があった。
 脚から突き出している刃は使いづらいけれども、腕から突き出している刃なら、大型の刃物と
して武器に使える。
 アリエルは、頭の頭痛を感じながらも、刃をシャーリへと向けた。
「ここから出して。あなたのお父さんの事もどうでも良いから、お母さんと一緒に、ここから出し
てよ!そうすれば、もう私はあなたに関わったりしない。この場所の事だって、誰にも言わない
んだから!」
 だが、シャーリは、アリエルの刃など、少しも恐れている様子はない。
「その刃で、わたしを斬ろうって言うの?いいじゃあない。やってごらん」
「え?」
 シャーリの思ってもみない言葉に、アリエルはうろたえた。
「でもたぶん、そんな刃じゃあ、このわたしを斬る事なんてできないわよ。幾ら刃が鋭くても、ど
んなであっても、わたしに傷一つ付けられないわよ」
 まるで、楽しいものをもてあそんでいるかのように、シャーリは言ってくる。
「脅しじゃあないのよ!私が言っている事は!」
 と言い放つアリエルだったが、
「だから、その刃でわたしを斬ってごらんなさいって」
 シャーリはそう言って来る。もしかして、自分を陥れる罠なんじゃあないかと、アリエルは思っ
たが、彼女の前に立つシャーリは全くの無防備だ。
 この狭い独房のような部屋では、刃を振るう事は難しかったが、シャーリの息の根を止める
事は簡単だ。
 だが、アリエルは手が震えてしまい、シャーリに対して攻撃することをためらった。
「あらら、幼馴染のよしみで、わたしを攻撃できないの?甘ったれたものね、でも、わたしは違う
わ。いくら幼馴染であっても、お父様の命令さえあれば」
 と、シャーリが言いかけた瞬間、アリエルは、腕から突き出している刃で、彼女の体を斬り付
けた。
 シャーリの着ている上着がぱっくりと切り裂かれる。彼女の体にも刃で斬られた傷は大きく入
ったはずだ。
 しかし、シャーリを斬り付けた瞬間、アリエルは奇妙な感触を刃づたいに感じていた。非常に
硬い感触。とても人の肌を切ったとは思えない。
 まるで硬い金属を攻撃したかのような感触だ。
 突然、アリエルに斬りつけられた事に、シャーリは少し目を見開き、あっけにとられたような顔
をして見せたが、すぐにその表情は笑みに変わった。
「ね、駄目でしょ」
 シャーリ自身、痛みは何も感じていないようだった。実際、アリエルはシャーリの体を少しも傷
つける事は出来ていない。
「だから、無駄な抵抗はよして。大人しく、わたし達についてくるのよ。それだけでも、あなたは
幸せ者だわ」
 そう言うなり、アリエルを独房の中に入れたまま、シャーリは出て行ってしまった。
 シャーリが出ていくと、独房には重々しい音を立てて施錠がされた。
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