レッド・メモリアル Episode08 第5章



「オレは確かに、前を向いて運転していなかったぜ! 原因はタイヤのパンクだ! そんな事、
前を向いて運転していたって、パンクは起こるだろ!」
 広大な砂漠に、浩の声が響く。
 3人の乗っていた車は、フリーウェイの路肩で停まり、うっすらと白い煙が昇る。3人はそのす
ぐ脇にいた。
「別に…。でも、確かに原因はタイヤのパンクよ。スピードの出しすぎでパンクするって事だって
あるわ。こんなに道路の上は熱いんだから…」
 砂漠のアスファルトの上は、さながらホットプレート、触ろうならば火傷してしまうほどの熱さを
持っている。現に、車がスピンした時の摩擦熱で、タイヤは少し溶け出していた。
 そんなものを見ると、浩は、自分の責任を感じざるを得なかった。怒りかやるせなさか、彼の
顔が赤面した。
「分かったよ! オレが原因だ。前を見て運転しなかったのも、スピードを出しすぎたのも、何も
かもよ! オレだ。オレだ!」
 浩は、子供じみた口調でわめき散らす。
「別に、あなたの事を非難なんかしちゃあいないわ。ただ、そんなにわめいている暇があるんな
ら、これからどうしたらいいか、それを考えてくれない?」
 絵倫は、そう開き直った浩を皮肉るのだった。
 そんな所へ、車がパンクした地点まで様子を見に行っていた、隆文が戻って来る。対立して
いる2人の様子を見かねた彼が割り込む。
「そのくらいにしとかないか…? それよりも、こんなものが道路の上に転がっていた…」
 隆文は、手に持って来たものを、地面に転がした。それは、細い鉄骨を折り曲げ、組み合わ
せてつくったもので、四本脚の先端が鋭くなったパーツ同士を背中で合わせている。脚は、計
八本の鋭い鉄棘が伸び、それは鉄びしになっていた。
「これが…、パンクの原因か…?」
 浩は、その鉄びしを持ち上げて言う。赤面が少し消え失せる。
「ああ…、こんなものが、道路の上に沢山転がっていた。こんな砂漠の真ん中で、そんな事を
する奴らなんて、いないはずなのにな…?」
「誰かが、仕掛けた…?」
 絵倫が呟いた。
「もしかしって、『帝国』の奴らかもしれねえな…」
 面倒な事になったといった様子で、浩が言った。
 『帝国』という言葉で、3人の警戒心は強まる。
 広大な砂漠。所々にごつごつとした岩が立っているが、辺りはとても見通しが良い。3人をど
こかから見張ろうと思えば、それもできる。
 逆に、こちらから誰かを発見しようとしても、岩陰に隠れられては、見る事ができなかった。
「見張られていると思う…?」
 周囲の様子を警戒しながら絵倫が尋ねた。鉄びしが道路に巻かれていた事を知り、一行は、
車のパンクが事故ではない事を確信する。
「だが、『帝国』の奴らが、こんな周りくどい事するわけねえ」
「…、俺達はずっとつけられていた可能性がある。昨日からずっとな…。さっきまで地図で見て
いたが、ここは《ユリシーズ》から50キロ以上離れた場所だ。人が住んでいる所じゃあない」
「ここにいたって、始まらないぜ! さっさとどうにかしねえとよ!」
 浩が、2人に呼びかけ、その場からすぐに立ち去ろうと促す。しかし絵倫は、
「待って! 車の音が聞こえるわ」
 聞き耳を立てていた彼女が、そのように呼びかけた。
 周囲には、砂漠の平坦な大地を吹きすさんでいる風の音しか聞こえない。だが、よく耳を澄ま
せて見るならば、どこからともなく、車が走ってくる音が聞こえてきていた。
 とっさに隆文は、道路の方へと身を乗り出して、音のする方向に目をやる。
 彼は、ずっと遠く、地平線の彼方にまで伸びている道路の先から、黒っぽい小さな影がこちら
に迫ってくるのを見ていた。
 隆文は、自分の着ているジャケットの内ポケットの中から、小さな、カードサイズほどの大きさ
と厚さの双眼鏡を取り出す。その、薄いが、高倍率のレンズに目を覗き込み、何か迫ってきて
いるのかを確認しようとした。
「ありゃあ…、『帝国軍』のトラックだぜ…」
 双眼鏡に映ったものを確認した隆文は、2人にそう言うのだった。
「本当かよ…」
 舌打ちをしながら言う浩。だが絵倫は冷静に質問する。
「何台来ているの…?」
「いや、一台だけだが…」
「一台? たった一台だけで来ているの?」
「あ、ああ…。本当に一台だけだ」
 隆文が、よく目を凝らして見て見ても、疾走して来る黒い影は一つしか見えない。
「この厳戒態勢下、俺達を捜索しているトラックなのか、それとも『ゼロ』って奴を探しているの
か…」
 双眼鏡から目を離し、肉眼で迫ってきているトラックの方を見ながら、隆文は呟いていた。
「鉄びしを巻いて、わたし達をハメたのが『帝国軍』だったならば、今から隠れようとしても無駄
ね…」
「ああ、そりゃあ、そうだ。一台のトラックに乗っている『帝国』の奴らなんて、大したこたあねえ
だろ…」
 『帝国軍』のトラックは、3人の方に向けてどんどん迫ってきていた。今では、その運転席で運
転している者の姿が確認できるほどに。
「こそこそしていても怪しまれる。『帝国』には、まだ俺と絵倫の顔は知られていないからな、
堂々としていよう」
 隆文がそう言い、平静さを振舞おうとした時、『帝国』のロゴマークの入ったトラックは、急ブレ
ーキをかけたらしく、激しい音を立てながら急停車しようとする。
 『帝国軍』のトラックは、まるで見計らっていたかのように、3人の目の前にまで来ると急停車
した。
 面食らったかのように、3人がその場で立ち止まると、停止したトラックの運転席から、一人
の男が降り立った。
「これはこれは、『NK』人の方々が、こんな砂漠の真ん中で、何をしておいでだ?」
 運転席から姿を現したのは、青色の『帝国軍』の軍服を着た若い男だった。
だが、軍人かと真っ先に疑ってしまうのは、青色に染め上げられた頭髪と、顔に開けられた目
立つピアスだった。軍服も、思い切りだらしなく着こなしている。白いシャツが、開け放たれた上
着から大きく覗く。
「ほんの…、観光さ…」
 目の前に現れた男の風貌に、少し驚かされながらも、隆文は平静さを装い、『帝国』のタレス
語で答えていた。
「ほう…、だがなあ、今、うちの国は厳戒態勢って奴でよぉ…、悪りいが、ちょっくら職務質問っ
て奴をさせてもらおうか…?」
 なぜこんな男にそんな事をされなければならないのか。隆文はそう思う。
「身分証なら、ちゃんとある…。パスポートもな…」
 すかさず目の前の男は答えてきた。
「偽造したやつだろ…?」
「いい加減にしてもらおうかしら? あなたはわたし達を、捜しにここまできた。だから回りくどい
事はやめて、正直にそう言ってもらうわよ」
 相手を挑発してくるような態度に、我慢ならなくなった絵倫が、男にそう言い放つ。絵倫は腕
組をして、堂々とした様子を相手に見せ付けた。
 だが、相手の男はそんな事など、最初から分かっていたらしく、態度を変えない。
「ああ、そうだぜ、お姉ちゃん。オレは、あんたらを捜す為にわざわざやって来たんだ。盗難届
けと目撃証言さえあれば、いくら、車の乗り捨てを繰り返そうと、簡単に居場所は突き止められ
たがな。まさか、新メンバーの到着と共に、《ユリシーズ》に向かっているとはな…」
 そう言って来る男の姿を見て、何かを思い出したかのように浩は顔を上げた。
「お前…、もしかして、ブルーって奴か?」
 相手を挑発しているかのような、半分ニヤニヤし、そして目の焦点を合わせていない変わっ
た風貌の男。彼は、変わらない表情で浩を見やる。
「ほうう…、お前、オレの事を知ってんのか…? オレはてめえと直接会うのは初めてだがよ
…」
「一博の奴から聞いたぜ」
 浩がぼそりと言ったその言葉を、ブルーというらしい男は聞き逃さなかった。
「おおっとお…、自分から『SVO』っつう組織のメンバーだって事を認めるとはよぉ…、自白が
取れたぜ」
「そんな事で誘導尋問したつもり? どうせ、初めからバレているって事ぐらい、わたし達には
分かっていたわ。それよりも、もっと多くの兵を連れてくるべきなんじゃあないの? わたし達
は、危険な"テロリスト"だったんじゃあないのかしら?」
 相手の挑発的な態度に負けないくらいの、絵倫の堂々とした態度。
「残念な事になあ…、うちの軍では今、新たに大事な任務ができちまって、てめえらどころじゃ
あなくなったんだ。その気になりゃあ、一個中隊やらをけしかける事もできるんだが、それどこ
ろじゃあない。それに、上の判断で、てめえら3人ぐれえじゃあ、オレ達で十分だって判断さ」
「…、鉄びしなんかを使いやがってッ、何を偉そうに」
 浩が吐き捨てる。
「ありゃあ、作戦ってんだ。分かるか? 作戦だよ。それとも、ロケット砲で車ごと吹っ飛ばして
欲しかったってか?」
 何がおかしいのか、その男は半分笑いながらそのように言って来る。
 だがそこへ、一つの声。
「喋り過ぎだブルー」
 男の声だった。『帝国』の言葉で、それは、ブルーという男が乗ってきたトラックの反対側から
聞こえてくる。
「分かっているぜ、シルバー」
 やがて、トラックの陰から姿を現したのは、銀髪をオールバックにした、背の高い男だった。
すらりとした体で、白い色の軍服を着込み、ブルーとは対照的な精悍な顔立ちをしている。
 この男は、『帝国軍』の軍人、そしてブルーの仲間らしい。
「ってなわけだ。このままてめえらと楽しいお喋りをしててもいいがよ。オレ達にも仕事ってのが
あるんだ。早めにカタつけさしてもらうぜ」
 そう言うと、ブルーという男は、自分の腰から、一つの棒を取り出す。
 それが武器であると直感した隆文は、さっと彼から距離を取った。


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