![]()
レッド・メモリアル Episode09 第2章
![]()
《プロタゴラス空軍基地》
《プロタゴラス空軍基地内》では、テロ対策センターでゴードン将軍が忙しく動き回っていた。
次々と入ってくる情報に忙殺されつつも、今は最優先任務、4枚のチップの回収に動かなけれ ばならない。
これほどまでに緊迫した状況になるのは、ゴードンがこの役職に就いてからも初めての出来
事だった。
何しろあの4枚のチップは、数十年来続いてきた、『ジュール連邦』と東側諸国『WNUA』との
一色触発のバランスを崩してしまう事になりかねない。
血の流れない、静かなる戦争、静戦のバランスを崩すばかりか、それを本物の戦争にしてし
まう可能性がある。
チップを奪い取ろうとしているテロリスト達が『ジュール連邦』側の人間。しかも、政府と繋がり
のある組織が関係しているとなればなおさらだ。
「ゴードン将軍。ゴードン将軍」
忙しく局内を動き回るゴードン将軍の元に、一人の上級局員がやってきて、彼にファイルを手
渡した。
「こいつが、その男なのか?」
「ええ、『ジュール連邦』側からも確認を取りました。ただ、現在同国とは情報のやり取りができ
にくくなっています。状況が、状況ですから」
ゴードン将軍を危惧するかのような口調で、その上級局員は言って来た。
「ああ、だろうな。すぐにこの男の捜索を開始しろ。チップ回収の次に優先したい」
その上級局員が行ってしまうと、ゴードン将軍はその場で声も高らかに言い放ち、更に対策
本部の中央の大型モニターにたった今見た男の顔写真を表示させた。
「諸君。聞いてくれ。今回の一連の事件に対する、『グリーン・カバー』のテロ関与は現在では
明白となっている。その『グリーン・カバー』に多額の資金援助を行っていた組織が、『ジュール 連邦』に属する慈善団体『チェルノ財団』と言う事も明らかになりつつある。明確な証拠も入手 することができた。
我々は、今後、この男を、『タレス公国』に対しての一連の事件の首謀者として捜索に当た
る。もちろんチップの回収も優先して行う」
と、ゴードンは言うなり、指先に装着したコントローラーを使い、対策センターに、一人の男の
顔写真を大写しにした。
スキンヘッドが特徴的で非常に面長の男。年齢は50歳くらいだろうか。がっしりとした体格
で、顔彫りの濃い顔立ちは、『ジュール連邦』の中でも『スザム共和国』に近い人種の特徴だ。
「この男の名は、ベロボグ・チェルノ。『チェルノ財団』の設立者にして代表だ。彼は『チェルノ財
団』の全てを担っている。資金の出入りから活動の詳細まで。現在、行方をくらましており、全 力で捜査に当たっている。
ただ、『ジュール連邦』との関係が悪化している今、当局は情報を包み隠そうとするだろう。捜
査は慎重に行え。向こうが隠そうとしている情報も全て引き出すんだ。事が大事にならないうち に決着をつけたい。
各部門の指揮官は、私に定期連絡を忘れるな。どんな些細な情報でもいい。この、ベロボ
グ・チェルノに繋がる情報があれば、すぐにこの私に連絡を入れるんだ」
と、ゴードン将軍が、対策本部にいる者達に言い放った直後、彼の元へとふたたび別の局員
がやってきた。
「ゴードン将軍。ファラデー将軍達を救出に向かったトルーマン少佐ですが、謎の敵対勢力によ
って襲撃を受けた模様です」
「何だと!」
ゴードン将軍は息つく間もなく、次の行動へと移っていった。
『タレス公国』《オクタゴン住宅地》
爆発を自分のすぐ背後で起こされたリーは、その衝撃で乗用車のボディに叩きつけられた。
だが、手に持ったファラデー将軍から渡されたスーツケースだけは決して手放さまいと、しっか りと手に握っている。
車に激突し、背中にまともに爆風を浴びた彼は、意識さえ失いそうになったが、今は意識を
失うわけにはいかなかった。
体の中のアドレナリンを上昇させるつもりで、自らに気力を入れ、全身の筋肉を動かす。彼
は、爆発で車に叩きつけられたのと同時にその行為をやってのけ、爆発の衝撃を利用して、車 の反対側へと車の車体を飛び越えていた。
普通の人間ならばできない芸当。しかしながら、『能力者』ならできる。リーは、軍で訓練され
た『能力者』だったから、全ての動きにおいて完璧だった。
車の車体に体が激突した、その衝撃を利用して、逆に力の方向を体が上向きになるかのよ
うに移動させ、彼は自らの体を車の反対側へと飛ばす。着地まで完璧だった。リーにとっては 全ての動きが、あたかもスローモーションで起きているかのように感じられ、何もかもの動きを 正確に取る事ができたのだ。
だが着地に成功したとはいえ、リーに行きつく間は無かった。『キル・ボマー』と敵部隊は、リ
ーが飛び越えた乗用車に向かって次々と銃弾を撃ち込んでくる。あっと言う間にリーの隠れた 車はハチの巣状態にされ、彼の体は銃弾の衝撃を感じた。
これでは、まともに外に出ることさえできない。全ては自分が手に持っているスーツケースの
中にあるチップの為か。
このチップの為に軍さえも敵に回して、ここまでやるのか。
リーは自分の銃を取り出すと、それを車の陰から突き出し、敵の方向に向かって2、3発発射
した。
一人のうめく声が聞こえてきた。どうやら命中したらしい。だが、リーの目的はそれだけでは
無かった。
リーが発射した弾丸は銃弾だけでは無い。光の塊を纏ったものだった。それはレーザーにも
似た存在で、リーが発射したレーザーの塊のような存在は、弾丸としても機能したが、空間の ある点で制止すると、途端に網が広がるように壁を作った。
それは光が織り成すネットで、襲撃者達の放ってくる銃弾は、そのネットによって完璧に受け
止められるのだった。
完璧に受け止められる銃弾は、決してリーの方向へと漏れ出してくる事は無い。これが隙だ
った。
この隙をついて、リーは飛び出していき、『キル・ボマー』と彼の部隊達の銃撃から身をかわし
つつ移動した。
車から飛び出したリーの方に発射されてくる銃弾は、リーが作り出した光のネットによって受
け止められる。これは即席の防護壁で、銃弾10発程度なら受け止めていられる事ができるの だった。
リーは、応戦するために銃弾をさらに発砲する。そこからも光の塊が飛び出していき、それは
ネットになって彼の防護壁として活動する。
全ての銃弾は完璧に受け止められていた。決してリーの元に漏れ出してくるような事は無
い。
リーはスーツケースを抱えたまま、住宅地の中へと飛び込んでいこうとした。
このスーツケースの中身は、何としてでも軍に届けなければならない。今、自分達を襲ってき
ている『キル・ボマー』いや、テロリスト達の手に渡るわけにはいかないのだ。
「野郎。厄介な『能力』を持っていやがるな。あんな『能力』を持つ奴がいるなんて、あの方の記
録には無かったぜ。おい、ロケット砲を持って来い」
『キル・ボマー』は共に行動しているテロリスト達に指示を飛ばし、手元にロケット砲を持って
来させた。
実際に対人でこの兵器を使うのは、『キル・ボマー』にとっても初めての事だった。『キル・ボマ
ー』には『能力』があったから、銃火器を使う必要などは本来無かった。しかし、標的が遠く離 れている場合は違う。
今まで、『キル・ボマー』が破壊活動を行う際は、十分に標的に近づき『能力』を発揮するだけ
でよかった。
そうすれば、どんな標的も跡形もないほどに粉々にすることができたし、家一軒ほどなら、丸
ごと消失させる事だって出来た。
だが、今は標的が離れていっている。それを逃すわけにはいかない。
『キル・ボマー』は、あの方の私設部隊の元で訓練した、ロケット砲の発射手順を再確認しな
がら、逃げ行く軍の『能力者』へとその狙いを定めた。
奴が、いかに銃弾を防ぐネットを張る『能力』を有していようと、さすがにロケット砲までは防ぐ
事は出来ないだろう。
『キル・ボマー』は何のためらいもなくロケット砲を発射した。スーツケースを持って逃げる男
の背後を付けていくかのようにロケット砲は接近。そして、激しい爆発音とともに家一軒を巻き 添えにして爆発が起こる。
爆発は『キル・ボマー』達の元へも届くほどに強烈なものだった。
だが、スーツケースは問題ない。軍の高官達が持っているスーツケースは、『キル・ボマー』
の爆発の中でも耐える事ができる金庫と同じ強度を持っていると言うし、例えロケット砲を撃ち 込まれたとしても、中のチップは何も損傷をしないと言う。
ただ、スーツケースを持っている人間は粉々になるだろう。ロケット砲は、『キル・ボマー』が自
分の『能力』で起こす爆発ほどの威力があると言うし、実際に今も、家一軒を吹き飛ばしたの だ。
「よし、着弾したぞ。すぐにスーツケースを回収するぜ」
『キル・ボマー』は自身に溢れた声でそのように言った。初めて動く標的に向かって発射した
ロケット砲だが、それはきちんと着弾し、まったく持って問題ない。
『キル・ボマー』達はゆっくりとロケット砲を着弾させた男の方へと向かった。
危ないところだった。彼らがロケット砲を持っている事は知っていたが、住宅一軒を吹き飛ば
してまで自分を狙ってくるとは。
間一髪、ロケット砲から身を隠す事ができたリーは、住宅地の更に深くへと入り込んでいた。
奴らも事を大きくはしたくないはず。住民に向かって誤って発砲をしてしまう可能性のある住
宅地の奥では兵器を使う事はできないだろうと判断したのだ。
だが、この者達は、ロケットランチャーを平気で発射した。どうやら、一般人の被害拡大や、
目立ち過ぎると言う事に対しては何の抵抗も無いらしい。
最も厄介な相手だ。
リーは、スーツケースを抱えたまま、普段は閑静な住宅地の庭を疾走していく。相手はどのよ
うに出るだろうか。
スーツケースは、耐圧耐爆の性能を持つ軍用のケースだったから、リーに対してはロケットラ
ンチャーのミサイルを撃ち込んでも良いだろうし、銃撃を加えても問題は無い。つまり相手は全 力を持ってリーに向かって攻撃を仕掛けてくるだろう。
もうすぐ、軍からの応援がやってくる可能性もあった。だが、それまでスーツケースを守りきれ
るだろうか?
リーは『能力者』ではあったが、完全武装の十数人を相手にする事ができる自信まではなか
った。あくまで自分の『能力』は、身体的能力の向上と、光を操る事ができると言う力だけで、そ れ以上のものは無い。
リーは自分の頭から垂れてくる何かに気が付いた。走りながら触ってみると、それが血だと
言う事が分かる。どうやら、さっきの背中側で起こった爆発によって怪我をしたらしい。
だが、頭から血を流している程度では、リーは怯まなかったし、動揺さえも起こさなかった。
自分の使命はスーツケースを守りきる事、ただそれだけしかないのだ。
リーはスーツケースを抱きかかえるように持ち、車を捜した。すぐに盗むことができて、馬力も
速度も出るやつ。できる事なら、小回りが利くようなタイプがいい。
このスーツケースを、何としてでも《プロタゴラス空軍基地》まで届けなければならなかった。
![]() |