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レッド・メモリアル Episode09 第3章
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プロタゴラス空軍基地
まだ、ファラデー将軍が襲撃され、リーがスーツケースに入ったチップを狙われていると言う
事を知らない《プロタゴラス空軍基地》の対外諜報本部では、今後の作戦についての任務の移 行で慌ただしかった。
局員たちが対策本部内をせわしなく行きかい、無数のデータが行きかう。その中でセリアは、
ただ一人モニターに向かって、じっと思考を巡らせていた。
彼女の目の前の画面に表れているのは、リーから教えられた国防省のデータベースだった。
その画面にリーによって渡されたIDとパスワードでアクセスしたセリアは、ある人物の特定を求 めていた。
この操作は、リーにIDを教えてもらってから、もう何度もしている事だった。いい加減飽きてく
るくらいだったが、セリアは諦めなかった。
何度も何度も、自分が納得できるまで、データベースにアクセスを続けていたのだ。
データベースは身元調査のためのもので、国内はもちろんの事ながら、国外も一部の地域ま
での身元を検索することができると言うシステムだった。
これは、軍に届け出がある人物だけではなく、住民票や、社会保障番号が役所に届けられて
いる人物、住所不定者や行方不明者さえも追跡することができるシステムだった。
リーが念押しをしてこのシステムの凄さを語った事は、たとえ行方不明者であっても、その現
在地を捜索する事ができるという機能を有している点だった。
単なる家出だったら、クレジットカード番号や、銀行の預金引き落としから、その追跡調査を
簡単にすることができる。犯罪者だったら最優先事項として、国防省は追跡することができる。
だがセリアはこのデータベースのシステムでも太刀打ちできない世界へと足を踏み込んでい
るようだった。
何度も表示された点滅の表示がセリアの目の前に現れている。
該当者なし
という表示。セリアはこの表示の前で門前払いを食らうかのようになっており、右にも左にも
行く事ができないでいた。
セリアは頭を抱えそうになった。
このデータベースでは行方不明者。それも10年以上も経っている行方不明者の追跡も、10
年以上も前の住民票から、戸籍、クレジットカードや携帯電話の記録などから追跡できるという が、セリアの目指すものに到達する事は無かった。
セリアはもう一度入力を試みた。
氏名、年齢、国籍、職業、人種など、トップ画面には様々なデータを入力するよう促す表示が
ある。
このデータを多く入力すれば入力するほど、目指すべき人物の追跡は楽になる。氏名など分
かっていて、相手が偽名や、名前を変えていなければ、一瞬で身元を発見することができてし まうだろう。
だが、セリアがさがしている人物は、その名前さえも分かっていなかった。
分かっているのは、自分の娘だと言う事だけだった。
セリア・ルーウェンス そして、娘という探すべき対象だけを入力したセリアは、データベース
が、そのデータを引っ張って来るのをしばらく待った。
もし一度でも、セリア・ルーウェンスの娘がクレジットカードなどを使った履歴があったら、もの
の1秒もかからずに表示が出る。
だが、データベースは検索中のバーが表示され、データ収集中の表示が現れたままフリーズ
していた。
そのまま1分ほど待つ。
だが、画面に表示されたのはいつもと変わらない表示だった。該当者なしと言う表示だ。この
データベースを使用しても、滅多に表示されないと言う表示。存在しもしない人物を無理矢理に 検索させたときに表示されるメッセージ。
だが、セリアは自分の娘がいるという事は、誰よりもよく知っている事だったし、その娘がどこ
かで死んでいなければ、必ず会えると思っていた。
だからこうして検索データベースで調べようとしているのだ。
もしかしたら、何かが足りないのかもしれない。あのリーは、わざわざこの検索データベース
を自分に使えるように取り計らった。もしかしたら、あのリーには何かが目的であるのかもしれ ない。
あのリーは、私の娘について何かを知っているのかもしれない。だから、今回の捜査にわざ
と私を指名してきたのかもしれない。
不確かなものではあったが、セリアは薄々リーを疑っていた。
他の局員たちが一斉にテロ事件の捜査に乗り出している間、セリアは一人、そのデータベー
スの画面に向かっていた。
どうせ、ここでやるべきことと言ったらもう、この自分の娘の捜査しか残されていないのだ。リ
ーが戻ってきたら、もっと問いただしてみよう。もしかしたら彼は何かを知っているかもしれない のだ。
セリアがデータベースの、該当者なしと言う表示をじっと見つめていると、突然、ゴードン将軍
が対策本部内にいる皆に向かって声を張り上げた。
「皆、注目だ!たった今、ファラデー将軍が襲撃された!襲撃者は『キル・ボマー』と、謎の襲
撃部隊だ! ファラデー将軍はすぐさま保護されたが、肝心の『エンサイクロペディア』なるデー タの一部をリーが持って逃走している。襲撃部隊はリーから、『エンサイクロペディア』の一部を 奪い取るべく行動するだろう!以後、リーのバックアップに当たれ。彼を何としてでも、この基 地へと連れ戻すんだ。そして、『エンサイクロペディア』のデータを保護しろ!
また、襲撃部隊の正体も探れ。軍の装甲車を破壊し、ファラデー将軍を保護した部隊を壊滅
させている事から、相当な規模の襲撃部隊だと思われる。必ずバックに大物が隠れているは ずだ!」
ゴードン将軍に皆が注目し、セリアも素早く身元調査データベースのウィンドウを閉じ、注目し
た。
事態が急激に緊迫している。ゴードン将軍の顔にも焦りの色が浮かんでいた。局員達も一斉
に行動し出し、それぞれの調査に走る。
対策本部の中央に表示される光学画面には、ファラデー将軍が襲撃されたと思われる現場
の写真が一斉に表示され、襲撃部隊と思われる人物達が次々と表示された。皆、完全武装を している。
「おい。デールズはどうした?彼も、マティソン将軍の保護に向かったのだろう?」
ゴードンはデールズの、マティソン将軍保護のバックアップを行っている局員の元に行き尋ね
る。彼の口調は早口で、いかにも焦っていると言う事が手に取るように分かってしまう。
「無事に保護を完了。現在、こちらに向かっています」
局員が即座に応えた。どうやらデールズの方の保護ば無事に進んでいるようだ。セリアは事
の展開にいてもたってもいられず、その場から立ち上がると、すぐにゴードン将軍の元へと歩 み寄った。
「どうなっているんです?」
ゴードン将軍はセリアに呼び止められ足を止めた。彼はさっさと次の行動に移りたがっている
ようだったが、セリアがその前に立ち塞がる。
「テロリストか何者かが、軍の機密情報を狙っている。リーからの報告によれば、それはこの基
地で行われている極秘の兵器開発プロジェクトらしい。4人の将軍達が関わっていて、情報は 4つに分割されている」
「リーは、そのうちの一つを持って逃げているのね?」
セリアがゴードンの目を見て確認を取る。だがゴードンはすぐにも次の行動に移っていた。
「リーの現在位置はどこだ? 奴から連絡は?」
ゴードンがリーのバックアップに付いた局員に向かって言った。
局員はすぐゴードン将軍の目に付く画面に地図を表示させ、そこにポイントを示した。赤いポ
イントは、《プロタゴラス市内》のオクタゴン住宅地の中を移動している。
「トルーマン少佐は、現在、オクタゴン住宅地の71丁目を移動しています。スピードは時速60
kmですから、恐らく車で移動しているのでしょう。ですがこれは?」
局員が画面を凝視して言った。
「何だ?どうした?」
ゴードンも身を乗り出し、その画面へと見入る。
「道路では無く区画の中を移動しています。まさか車の中で住宅の庭を走行している?このス
ピードで?」
その違和感ある出来事に、ゴードンはすぐさま命じる。近くにいたセリアも、何事かとその画
面に一緒に見入っていた。ゴードンはセリアの存在には気づいていたようだが、今は厄介払い している暇さえない。
「トルーマン少佐に早く連絡を入れろ」
「今、かけています。トルーマン少佐?」
局員がヘッドセットを使いリーの携帯電話に連絡を入れる。するとすぐにリーの携帯電話に
は連絡が通じた。
「繋がりました!トルーマン少佐?ゴードン将軍が出ます」
間髪いれず、ゴードンが言い放った。
「おい!トルーマン少佐!一体どうした?ファラデー将軍が襲撃された報告が入っている。お前
はチップを持っているのか?」
即座にリーからは返答が返って来た。
(たった今、何者かの襲撃を受けています!敵は大型車2台で私を追跡中!おそらく私がファ
ラデー将軍から受け取ったチップを狙っての事でしょう!)
リーは声を上げ言い放った。激しい物音が聞こえてきている。リーがどのような状況下にいる
のかは、ゴードンはすぐに察知した。
「襲撃してくる者達って何者なんですか?」
セリアがゴードンに尋ねたが、彼は彼女の介入を拒むかのように手を出してセリアを制止し
た。緊迫した表情でゴードンはリーに向かって言い放つ。
「おい、いいかリー。そのチップは何としてでも死守しろ。お前をたった今襲撃しているテロリス
ト共に渡すわけにはいかん。ファラデー将軍からの情報で、そのチップの中に含まれている情 報は、軍の兵器開発に関わるものなのだな?」
さっき聞いた事を再確認するべく、ゴードンは言った。
(はい。現在開発中の極秘兵器開発プロジェクトの全てが収められています。テロリスト達には
すでに4枚中、2枚が渡っています。ですが、全て揃わなければ機能しません)
「よし、分かった。全力を持ってお前の帰還をサポートする!」
ゴードンはそれを先ほどリーから聞いていたが、彼の口から再確認することができ、ほっと一
息をつく。
だが、まだ危機が去ったわけではない。テロリスト側にはチップが2つ渡っているわけだし、リ
ーのものを奪われれば3つ。安全な保護下に保護をしたとは言うものの、もしデールズからも チップが奪われるような事があれば全てのチップが奪われる。
それはテロリスト達に、軍で行われている秘密の兵器製造の全てが漏れ出すと言う意味でも
あった。
ゴードンも自分の立場や地位などなりふり構わず、何としてでもチップを回収したかった。
「全員全力でトルーマン少佐のバックアップへ当たれ。応援を派遣し、何としてでもチップを死
守するんだ!」
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