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レッド・メモリアル Episode09 第4章
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《プロタゴラス》 オクタゴン住宅地
リーは、乗用車に乗り込み、チップの入ったスーツケースを助手席に置いていた。
空軍基地に連絡を入れると、すぐに次の行動に移る。彼は住宅地の庭を突っ切り、後ろから
やってきたテロリスト達の大型車をやり過ごすと、急ハンドルを切って広い通りへと出てきた。
幸いな事にリーと共に走行している車は無かったし、対向車もまばらにしか見えない。住民た
ちは皆、連日の事件によって警戒心を強め、家に引きこもっているようだった。
リーの乗った車の背後のガラスが粉々に砕けた。同時に激しい銃声も響き渡り、次々と銃弾
がリーの乗った車に撃ち込まれてきているようだった。
テロリストは何としてでもこのチップを奪いたがっている。それもリーに応援がやってくるのよ
りも早くだ。
軍から応援が来れば、事の重大さに、ゴードン将軍が一個中隊をけしかけてくるだろう。幾ら
大型車と兵器を持っていようと、所詮は民間の軍でしか無い。もしくは雇われた傭兵集団でし かないだろう。
リーから何としてでも素早くチップを奪いたがっている事からして、彼ら自身もそれを理解して
いるようだ。
リーはアクセルを更に踏んで車のスピードを加速させた。時速100km以上。危うく横道から
入りこんできた車とぶつかりそうになるが、リーは上手くハンドルを切ってそれをかわした。
テロリスト達のトラックがその車に突っ込みそうになる。彼らはリーよりもきわどいところでハ
ンドルを切って何とかその車をやり過ごした。しかし、急停車をした事によって彼らの車に大き く遅れが出る。
リーはテロリスト達を引き離すことができた。
彼はこの隙にと、耳にしてあった小型携帯電話の通話スイッチをオンにする。リーが耳にして
いる携帯電話は、ワンプッシュだけで登録している電話番号にかけることができるようになって いる。もし別の選択をしたい場合は、その携帯電話がリーの目の前に作り出す画面から選択 すればいい。
トップに表示されている番号は、長押しをするだけですぐに通話をする事ができた。
リーが電話をかけたのは、そして、携帯電話のトップとしていたのは、ゴードン将軍らのいる
テロ対策本部では無かった。
(何だ?リー?一体どうした?)
早速出てきた男。リーは、いつもより早口な口調でまくし立てる。
「テロリスト達の目的は、やはり『エンサイクロペディア計画』にあった。彼らは将軍達の持つチ
ップを狙い、襲撃を繰り返している。チップが4枚揃ってしまうよりも前に回収を急がねばならな い」
(リー?お前、今、何をしている?)
若干訛りの入った言葉で、電話先の男は言ってくる。
「今は、チップの内、一つを保護し、空軍基地へと送り届ける所だ」
(お前は襲撃に遭ったのか?)
電話先の男が言う。リーは即答した。
「襲撃を受けたばかりだ。たった今も襲撃を受けている。だが軍から応援がやってくるだろう。
それまでの辛抱だ」
電話に少しの間ができる。その間も、リーの元には背後からテロリスト達の乗った大型車が
迫ってきていた。
(いいか。そのチップは何としても保護しろ。テロリストが何故そのチップを狙っているのかは明
白だ。いいな)
「ああ分かっている」
リーは電話越しに頷いていた。電話先の男が言っている事は、否が応でも分かっている。チ
ップがどれだけの重みを有しているのかもはっきりとリーは知っていた。
(すでに『タレス公国』政府のみならず『WNUA』全てが動き出している。これがどういう事か分
かるな?静戦から始まった危機は、今、臨界状態に達してきている)
と、電話先が言った時だった。
「奴らめ!すまないが、チップを安全に保護するまでは連絡を絶つ!」
(何だ?リー。一体、どうしたと言うのだ)
耳の中に、リーに電話が電話をかけていた男の声が響き渡った時、リーは素早くハンドルを
切った。直後、リーを乗せた車のすぐそばに、ロケットランチャーから発射されたミサイルが着 弾し、リーを乗せた車は爆風と爆炎にあおられる。
後輪のタイヤが浮上し、リーの車は爆風で浮上した。浮上したのは短い時間で、その後に彼
の車は前輪から路面へと叩きつけられる。
その衝撃で車体はバウンドし、リーの体も激しく揺さぶられた。助手席にあったチップの入っ
ているスーツケースも揺さぶられる。
リーはバックミラーで背後を確認する。すると、追跡者たちはリーの車に向けてロケットランチ
ャーを向けてきているではないか。
さっき軍の装甲車を攻撃してきたやつだ。確かにあれを食らっても軍の装甲車ならば持ちこ
たえることはできる。車体が横転するような事はあっても、内部まで破壊されるような事は無 い。
だが、今リーが乗っている乗用車は違った。これはただの乗用車では無い。もし、ロケット砲
で攻撃されるような事があれば簡単に破壊されてしまうだろう。
もちろん中のリーもただでは済まない。しかし唯一チップの入ったスーツケースだけは爆風と
爆炎の中でも持ちこたえることができるはずだ。
テロリストはそれを知って、住宅地の中でロケットランチャーを発射するなどという大胆な行動
に出ているのだ。
リーはハンドルを切り、テロリスト達が仕掛けてくる猛攻から身を隠そうとする。攻撃をしてくる
のはロケットランチャーだけではなく、マシンガンも同様だった。
だがリーはこの場を切り抜けるつもりでいた。彼はブレーキを踏みながら、危険と知りながら
も、ハンドルを切って、住宅の庭の中へと突っ込んだ。
テロリスト達を乗せた車はそれに付いてこれず、リーの急激な方向転換に戸惑う。リーは住
宅の庭を突っ切ってカーブを行い、別の通りへと突き出した。
ぼろぼろになった車体が、住宅地の別の場所へと姿を現す。すぐさま、テロリスト達も方向転
換を行い、リーの車を追跡し出す。
だが、リーの車はすでに直線のエリアに入っており、あとは一気に加速するだけだった。それ
だけでテロリスト達の車を振り切ることができる。
リーはそう思っていた。
しかし、彼が猛スピードで車を走行させていくと、突然、横道からぬっと現れた車がリーの行く
手を阻んだ。
すかさずリーは目の前に現れた大きな黒い車をよけようとハンドルを切ろうとするのだが間
に合わない。
車体の半分ほどが接触し、リーの車は回転しながら住宅地の道路の歩道、庭、更には住宅
地の中へと突っ込んでいってしまう。
リーの車は住宅の中に半分突っ込んだ所で停止した。
車体の前方半分の部分は押しつぶされ、リーの乗っていない助手席側。つまりはチップの入
ったスーツケースが置かれている側が押しつぶされている。
リーは今の衝撃で意識を失ってしまいそうだったがすぐに立ち直り、身を起こそうとする。
車は住宅に突っ込んでしまったまま全く動く様子は無い。テロリスト達の車が一台まだ隠れて
いて、リーを狙って来たのだ。
あのまま逃げきれていればチップを守ることができたのにと、リーは、つぶれた車の中に残っ
ているチップの方へと手を伸ばそうとする。
だが、チップの入った車体の助手席側の損傷はひどく、どうやら、チップを入れたスーツケー
スも半分潰されてしまっているようだ。
テロリスト達が、リーの車の方へとやってこようとしている。このままではスーツケースの中身
を奪われてしまう。リーは急いで助手席から、砕けた車の破片を押しやってスーツケースを引 きずりだし、運転席側のドアから外へと飛び出した。
片手には銃が握られている。
リーは、車から降り、自分の方へと向かってきているテロリスト達に向かって、素早く銃を発
砲した。
銃弾から吐き出された彼の弾丸は、テロリストと自分達との間にネットを作り上げる。銃弾が
通れないほど細かい網になっているネットは、彼らが向けてくる銃弾を防ぐ盾になった。
これで少しの間は凌ぐことができる。リーは自分が逃げ、軍と合流する隙を作っていた。
だがリーが行動しようとした時、彼が張ったネットの内幾つかが同時に爆破され、爆風はリー
の体をも煽った。
リーはひるみながらも手にしているスーツケースを庇う。これが爆発ぐらいで破損したりしない
事はリーも知っていたが、それでも本能的にかばう。
テロリスト達にこのチップが渡るわけにはいかないのだ。
テロリスト達よりも前の位置に、一人の男が姿を見せる。その男だけ、手には銃火器を持っ
ておらず武装していない。
リーはその男へ銃を向けた。非常に隙だらけで、彼は自分をリーの銃口の前へとさらしてい
る。逆にそれが不気味で、リーは銃弾を発射することをためらった。
何故、彼が銃火器を持っていないのか、それは明らかだ。
「『能力者』には『能力者』でってなぁ」
リーの目の前に迫っているその男こそ、『キル・ボマー』だ。顔は顔写真にあったように髭面で
はないが、変装を解いていてもリーにははっきりと分かった。この男こそ、『エンサイクロペディ ア計画』に携わった軍の将軍達を次々に殺害した男なのだ。
さっき爆風を背中に受けた時にリーは理解していた。この男の『能力』の正体。それは爆発に
あると言う事をリーは悟っていた。だったら、この男に近寄るのは危険だ。
リーは迫ってくる『キル・ボマー』から後ずさりつつ、銃を向け、そこから光弾を発射した。
発射された光の塊は『キル・ボマー』の肉体に到達するよりも前に突然爆発した。それはほん
の小規模な爆発だった。
しかし、『キル・ボマー』と接近していたリーの体を後方へと吹き飛ばすには十分な爆発で、彼
の体は住宅の壁に激突し、彼が持っていたチップ入りのスーツケースを手放してしまった。
リーの体は住宅の壁に叩きつけられると地面に崩れ落ちる。致命的な怪我は負わなかった
リーだったが意識は失ってしまった。
『キル・ボマー』はゆっくりと、爆発で吹き飛ばしてやった男の体に近寄った。あの方に言わせ
れば軍にも『能力者』はいると言っていたが、まさか遭遇するとは思っていなかった。
だが自分の『能力』の方が、この男よりも圧倒的に優位に立つものだった。恐れる事は無
い。どうせ軍の中にいる『能力者』など大したことは無いのだ。
そう思いつつ『キル・ボマー』は男が手放したスーツケースを手に取った。
スーツケースは『キル・ボマー』が思っていたよりもずっと軽かった。中にはチップが1枚入っ
ているだけにすぎない。スーツケースも耐爆耐圧のために作られたものではあるが、かなりの 軽量化がされており、中のチップを保護するためのクッションが大半の体積をしめているとの 事だ。
このチップ一枚一枚が、一つの国家の安全を脅かすもの。彼はそれを良く知っていた。だか
ら、スーツケースを持つ手も震えてくる。
これで、あの方の目的を達成するための4分の3が揃った。後の4分の1は、残りの仲間達
が何とかしてくれるはずだ。
それを自分の心に言い聞かせるかのようにした『キル・ボマー』は、たった今、爆発で吹き飛
ばしてやった男の方へと手をかざした。
どうせこの男も用済みだ。軍の『能力者』であろうと何であろうと、『キル・ボマー』の『能力』の
前では、ただの爆発させられるだけの対象に過ぎない。
『キル・ボマー』は住宅の庭に倒れ込んだ男に向かって掌をかざした。後は意志にはっきりと
思うだけだ。それだけでこの男は跡形もなく吹き飛ばしてやることができる。
だがその時、どこからともなくヘリの飛行音が聞こえてきていた。
「おい。こいつを始末している暇は無い。目的のものを手に入れたんだから、行くぞ」
あの方が遣わした仲間の一人が言って来た。
どうせ生きていても死んでいても、自分達にとっては大きな障害を及ぼさない人間である事は
確かだ。
『キル・ボマー』としては、少しでもあの方の計画に影響を及ぼしそうな人間だったら始末して
やりたかったが、軍の応援が到着しようとしている。今すぐにでもチップを持って仲間と合流す る必要があった。
どうせこの男は気絶をしていて、自分達の後を追ってくる事は出来ないだろう。
「ああ。行くか」
そう『キル・ボマー』は言って、彼ら一行はこの場を離れる事にした。
チップを奪われてしまった軍の男は、住宅地の庭に気絶したまま倒れ、『キル・ボマー』はそ
の場を後にする。
軍の応援のヘリがやってきたのは、そのすぐ直後だった。
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