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レッド・メモリアル Episode09 第5章
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「チップはどうした?リーは?トルーマン少佐は無事なのか?」
《プロタゴラス空軍基地》のテロ対策本部にゴードン将軍の声が響き渡った。本部の画面の
中央部には、リーがテロリスト達の襲撃に遭ったと思われる現場の映像が流れてきていた。
住宅地の真っただ中。所々に火の手が上がっており、何かの爆発が起こったようだ。乗用車
の一台が住宅の中に突っ込んでおり、そこに次々と駆け付けている軍の応援。
日ごろは閑静な住宅地である、オクタゴン住宅地も、たった今はさながら戦場のような様相を
見せていた。
《プロタゴラス空軍基地》に向けて、通信が放たれる。
(トルーマン少佐を発見しました!負傷している模様です!)
と、応援の部隊員が言い、住宅の庭先で倒れているリーの体を起こしていた。リーはどうやら
爆発か何かに巻き込まれたらしく、着ているスーツが焼け焦げて、頭髪も塵尻になってしまって いる。
部隊員の一人がリーの体を起こすと、彼はすぐに目を覚ました。
(奴らはどうした!チップは!)
目を覚ましたばかりのリーは、意識がはっきりとしており、どうやら無事なようだった。とりあえ
ずゴードン将軍は胸をなでおろす。
「リー。チップはどうした?」
だが、安心するわけにはいかない。肝心のチップをリーが保護していなければならないの
だ。
リーは周囲を見回した。だがどうやら、チップは手元にないようである。部隊員がリーの手前
まで通信用カメラを持っていき、彼の落胆したような表情が露わになった。
(ありません。チップはどうやら持ち去られたようです)
リーのその言葉に、対策本部に失望の色が広まった。だが、ゴードン将軍はすぐに頭を切り
替え指示を出した。
「付近に検問を張れ。テロリスト達はまだそれほど遠くへは行っていないはずだ。オクタゴン住
宅地に出入りする、全ての車、交通機関を封鎖し、徹底的に洗うんだ!」
ゴードン将軍のその言葉に、テロ対策本部にいる面々はすぐに行動を始めた。中央ディスプ
レイに集まっていた集中した視線が、再び慌ただしく動き出す。
「これで、4つの内、3つのチップがテロリストに?」
ゴードン将軍の後ろから見守っていたセリアが言った。
「セリア。まだいたのか?そろそろ警備を呼んで、お前を連れ出してもらう事になるぞ」
苛立った声でゴードン将軍が言った。
「トルーマン少佐に大切な話があるのよ」
と、ゴードンの目をしっかりと見据え、セリアが言う。
「ああ、そうか。事件が解決したら、ゆっくりと話すといい。今はそれどころじゃあない」
ゴードンはそう言うなり、再び中央ディスプレイに映っているリーの方へと注意を向けた。
「テロリスト共の正体は分かったか?」
通信機越しにゴードン将軍は言う。リーは身を起こすとすぐに行動を始めた。だが体がふら
ついており、今にも倒れそうだ。
しかしリーは部隊員に伴われ、すぐに次の行動に移ろうとしている。彼のチップを守り切れな
かったという責任感が彼を動かしているのだろうか?
(テロリストの正体は不明ですが、『キル・ボマー』かと思われる人物が一緒にいました。行動を
共にしているようです)
「『キル・ボマー』だと?」
ゴードン将軍はリーに確認を取るかのように言った。
(ええ。奴は間違いなく『能力者』です。私に攻撃を仕掛け、チップの入ったスーツケースを奪っ
ています。ただちに追跡を)
と、言いつつ、リーは自分の頭に通信機を装着しようとしている。たった今、攻撃を受け、爆
発に巻き込まれたばかりだと言うのに、まだ任務を続行しようと言うのか。
ゴードン将軍は行動しようとするリーを制止するかのように言った。
「ああ、分かった。だが、そこは応援部隊に任せておけ。お前はすぐに戻ってこい。これは命令
だ。今のお前が言ってもテロリスト達に立ち向かえるか分からんぞ」
ゴードン将軍がそのように言うと、しばしの間、リーは考えたようだった。そしてゴードン将軍
に言った。
(分かりました。すぐに戻ります)
リーのその言葉は、感情が欠落したかのように無機質な響きを持っていた。
リーはテロリスト達を追跡する部隊員達の乗る、軍用のトラックではなく、基地に戻ってくる方
のトラックへと乗り込んだ。
チップ回収に先走る彼を制止させたゴードン将軍、だが彼の元に、更に連絡が入り、息つく
間を与えない。
「マクルエム捜査官が戻って来ました。チップと、マティソン将軍は無事に保護したようです」
軍の上級職員がゴードン将軍に言ってくる。
「ああ、分かった。チップを直ちに分析にかけろ」
ゴードン将軍がそう言った直後、向こう側からデールズがやってくる姿があった。彼は大事そ
うに一つのスーツケースを抱えてきている。
「ゴードン将軍」
長身のデールズが抱えてきたスーツケースは、ゴードン将軍達が思っていたよりも、小さく見
えた。
そんなスーツケースが本当に国の安全に関わる機密を担うものなのか。と、ゴードン将軍は
顔をしかめた。
デールズはスーツケースを、ゴードン将軍に差し出した。
「それが例のチップか?マティソン将軍は無事なのか?」
スーツケースを受け取ると同時にゴードン将軍は尋ねる。すると、デールズは横にどいて、テ
ロ対策本部入り口付近にいる初老で小柄の男を指示した。
「ええ、あちらに」
それこそ、マティソン将軍だった。彼はデールズによって所持していたチップと共に保護され
この場へとやってきた。数人の軍から派遣されたボディガードに囲まれた彼は、物々しい様相 を見せている。
「マティソン将軍!」
ゴードンはそのように言ってマティソン将軍の元へと近付いていく。
「ゴードン将軍。チップは受け取りましたかな?」
と、マティソン将軍は何事も無かったかのようにゴードンに尋ねた。彼は着の身着のままこの
場にやってきたようで、軍服を着ておらず、Yシャツとクローゼットの中に入れたままにしていた のか、簡素なスーツだけと言う姿をしていた。
「はい。こちらに」
ゴードン将軍はデールズから受け取ったチップを見せつける。すると、テイラー将軍はそれを
確認した。
彼はどうやら、チップがゴードン将軍に渡った事で安心したようだった。だが、口調は素直に
安心したわけではないようだった。
「それは、本来ならば外部に漏れるわけにはいかない機密情報なのですけれどもな。事が事
だけに、こちらで管理をして欲しいと思います」
「え、ええ分かりました。マティソン将軍は引き続き、こちらにて保護を受けて頂きたい」
「ええ、保護して下さる事を感謝します」
とマティソン将軍は、再びボディガード達に伴われ、テロ対策本部を後にするのだった。
その時、マティソン将軍は自分の手にしていた携帯電話を操作していたが、皆の注意はデー
ルズが持ってきたチップに向かっていたため、誰もそれには気が付いていなかった。
「デールズ。さっそくこのチップを分析にかけるぞ」
ゴードン将軍はそう言って、デールズを伴って、チップの分析を始めるのだった。
一方、軍事機密の入ったチップの4つの内、3つを手に入れた『キル・ボマー』は、車を乗り換
えて、《プロタゴラス》市内のある場所へと向かっていた。
そこは工業地帯の中にある目立たない倉庫の一つとなっており、『キル・ボマー』と、その仲
間達が動く、アジトとなっていた。
『キル・ボマー』達がトラックで乗り付けると、倉庫の扉は仲間達が開き、トラックは倉庫の中
へと入っていく。倉庫の中はすでに多くの部下達がおり、『キル・ボマー』と彼が持ってこようとし ていたチップの到着を待ちわびていた。
チップは『キル・ボマー』の手に1つ。そしてアジトにすでに2つ用意されている。それらを用意
された解読機で4つ同時にスロットに差し込むことでデータを読み取ることができるようになって いた。
チップは1つでも欠けていると機能しない。4つ揃うことで初めて中のデータを見ることができ
るようになっている。
「チップは手に入ったか?」
『キル・ボマー』がアジトの中に入って行くなり、仲間の一人が彼に言って来た。
「ああ、ここにある」
車から降りていくなり『キル・ボマー』は仲間にチップの入ったスーツケースを見せつけて言う
のだった。
スーツケースはすぐに仲間の手に渡った。彼がその中からチップを取り出して分析にかけて
いる。3つだけでは、中身を読み取ることはできないが、それでもチップの真偽を確かめること はできる。
『キル・ボマー』は周囲を見回した。ここには、あの方が送り届けた強襲部隊と、『タレス公国』
国内でひそかに結成された、『グリーン・カバー』の残党部隊が結束を組み、誰にも知られるこ となく軍隊を作り上げている。
『タレス公国軍』にも、政府にも知られることなく結成された部隊は、国内国外から持ち運ば
れた兵器を手に取り、あの方の為に国内で活動を続けるのだ。
倉庫の中にはすでに無数のマシンガンを初めとする弾薬類、ロケット砲が備え付けてあっ
た。中には、装甲車も2台置かれている。
これだけあれば、次の作戦は成功するだろう。
『キル・ボマー』は倉庫の中に続々と集まってくる、あの方の兵士を見まわしながら、チップの
分析を担当している仲間の元へと向かった。
「どうだ?調子は?」
と、『キル・ボマー』は尋ねる。すると、仲間は振り向いて言って来た。仲間の周りにはコンピ
ュータデッキが置かれており、チップを分析することができる機器もある。スロットの中にチップ を差し込めば、中のデータを読み取ることができるようになっているためだ。
「ああ、確かにこれは本物のチップだ。これで、残り一つになったな」
『キル・ボマー』はほっと胸を撫で下ろした。あれだけ苦労して手に入れたチップが偽物だった
ら、あの方のお怒りを買ってしまう。だが、本物ならば何の問題も無い。
「残り一つはどうなっている?」
『キル・ボマー』がチップの分析担当の仲間に尋ねた。
「もうすぐ届くころだ。そうしたら次の計画を実行することができる」
分析担当の仲間も、何の問題も無いというように言ってくる。
「そうか、神の鉄槌が」
『キル・ボマー』はそう呟いていた。
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