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レッド・メモリアル Episode09 第6章
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「マティソン将軍から、『エンサイクロペディア』関連資料の閲覧の許可が下りた」
ゴードン将軍はそのように部下達に言い、一つのファイル片手にテロ対策本部の中央部へと
やってきた。そこでは多くの局員達が忙しく動き回っている。
その中で、依然としてコンピュータデッキの前で、前に進まない画面と睨めっこしている、一人
だけ軍の服装をしていない女に、ゴードン将軍はファイルを差し出した。
「これが、アクセスコードだそうだ」
ファイルを差し出され、フェイリンはそれを目をぱちぱちさせながら見た。
「そう。この計画のデータに入ることができたのは君だけだからな。早くアクセスコードを打ち込
んでみろ」
ゴードン将軍に言われるがままに、フェイリンは並んでいる枠の中にアクセスコードを入力し
ていった。
するとやがて、アクセス許可の表示が出て、
フェイリンが何度試してみても開かれなかったトップページはアクセスでき、そこには様々な
データが表示される。
「これは」
そこには様々な兵器の概要が載せられていた。細かいデータはチップの中身を見なければ
分からないのだろうけれども、そこには、プロジェクトの途中経過の報告書や予算などの報告 が掲載されている。
中には写真もあり、そこには多くの兵器の写真が載せられていた。
「開けたのか?見せてみろ」
フェイリンの閲覧している画面を見て、ゴードンは身を乗り出してくる。彼はフェイリンの閲覧
している画面の端をつまみ、それを引き寄せることで、自分の手前の空間へと画面のコピーを 持ってきた。光学画面の技術がなせる業だ。
「新型兵器か。なるほど。広範囲電磁パルス照射装置、生物化学兵器、こんなものまで、この
基地で開発をしていたのか?私は何も聞かされておらんぞ。それに何だ?これは、核兵器に、 中性子爆弾だと?」
ゴードン将軍の顔に危機感が募る。
こんな兵器をテロリスト達が求めていたとは。もしこの兵器類の一つでもテロリストに渡ってし
まうような事があったら、大惨事を引き起こすだろう。
「マティソン将軍をすぐ会議室に。ファラデー将軍も一緒の場につけるか?」
ゴードン将軍は上級職員にそのように言って、即座に会議室のセッティングをするようにし
た。
ものの数分の後、会議室には、ゴードン将軍と対外諜報本部にいる上級職員達、更には『エ
ンサイクロペディア計画』のページにアクセスしたフェイリン。今だこのテロ対策本部にいるセリ アがやってきていた。
会議室自体は無機質な部屋でしかなかったが、この部屋の前面には光学モニターを設置す
ることができるようになっている。
画面はさながらその更に向こう側にも空間を作り出せるかのようになっており、世界中のど
の場でもアクセスする事ができる。
現在、この会議室が繋がっている場所は、デールズによって保護された、マティソン将軍の
オフィスと、ファラデー将軍を護送中の車の中だった。
(チップの回収に失敗。4枚中、3枚のチップが奪われただと)
ファラデー将軍は自分の保持していたチップが奪われた事に、心底立腹しているようだった。
(これが、どれだけの軍の機密漏えいになっているか、分かっていますかね?)
画面の向こう側からファラデー将軍が言ってくる。
だが、軍で同階級にいるゴードン将軍は、そんなファラデー将軍をなだめようとする。
「現在、軍の総力を持って、チップの発見と回収に当たらせております。それは同時に、この一
連の事件を引き起こしているテロリスト達の摘発。そして、目的も明らかにするものです」
「チップは4枚揃わなければ機能しません。問題ないのでは?」
と、会議室の中にいたデールズが言った。
「チップは4枚中3枚だけでは機能しない。それは確かな事ですかな?マティソン将軍に、ファラ
デー将軍」
と、ゴードンは画面越しに2人の将軍に尋ねる。
すると答えてきたのはマティソン将軍の方だった。
(チップが3枚だけでは絶対に情報を読み取ることはできません。そちらの方で回収したチップ
一枚が奪われるような事が無い限り、情報を読み取ることはできないでしょう)
「チップの中には具体的にはどのような情報があるのです?」
ゴードン将軍が二人の将軍に尋ねた。
(そちらで確認なさった、『エンサイクロペディア計画』の概要よりも、遥かに詳細なデータが記さ
れております。現在の兵器の所在地。設計図。更には、起爆コードなどもチップの中に記載さ れています)
すかさずゴードン将軍は尋ねる。
「例えば、核兵器や、中性子爆弾のですか?」
(概要で読みましたか?ええ、中性子爆弾の起爆コードもその中に記されています。ですが、そ
の爆弾があるのは、この基地の地下深くですよ?核シェルターの中に保存されており、テロリ ストなどに奪われるものではありません)
と、マティソン将軍が言って来た。
「中性子爆弾が、この基地の中に実在するのですね?」
ゴードン将軍は更に尋ねた。すると、マティソン将軍、ファラデー将軍共にその首を縦に頷か
せる。
「直ちに、お二人には兵器開発部門の警備を強化していただきたい。テロリスト達がその場に
ある兵器を奪う事が万に一つの可能性しか無いにせよ。油断する事はできませんからね。私 は奪われた3枚のチップの回収に全力を注ぎましょう」
(経過報告は随時)
ファラデー将軍が護送中の車の中から言って来た。
「ええ、承知しております」
ゴードン将軍がそう言った所で二人の将軍との通信は切れた。
「聞いた通りだ。我々はテロリストに奪われた3枚のチップの回収に全力を注ぐ」
会議室にいるテロ対策本部の部下達を一瞥し、ゴードンははっきりとした口調で言った。だ
が、局員達はゴードンの言った言葉に頷くよりも、重い表情を浮かべている。
「何だ?一体どうした?」
ゴードンがそう言うと、一人の上級局員が立ちあがり、言ってくる。
「中性子爆弾とおっしゃいましたが、そのようなものが?この地下に?」
その局員は非常に陰鬱な表情を浮かべている。まるでその中性子爆弾がこの場で使われて
しまったかのような面持ちだ。
「ああ、『エンサイクロペディア計画』の中にその兵器に記述があった。つまりこの基地の地下
に実在する事になる。計画の概要によれば、計画段階や開発段階などではなく、兵器として機 能する形で実在している。
国に管理されている核兵器は、潜水艦や空母で常に動いているが、この爆弾だけは異動さ
せずに置かれている。軍は国にも隠して兵器開発を行っていたようだ」
ゴードンは言った。
「しかし中性子爆弾は、もう何十年も前に開発を停止した、旧時代の兵器なのでは?」
上級局員の一人が、会議室に響き渡る声を上げて言った。
「ああ、その通り。だが、マティソン将軍がよこした記述によると、新型中性子爆弾と言う記述
がある。おそらく前世代に開発されていたものよりも、より洗練されたものなのだろう。それで も、十分に古い兵器ではあるがな」
「まさか、それをテロリスト達が狙っている?」
上級局員の一人が声を上げた。
「今のところは何とも言えん」
「チップは1枚こちらにあります。ですから、まったく持って問題はないでしょう。チップは4枚揃
って初めて機能するんです」
と、デールズが他の局員達を制止するかのように言った。
すると、ゴードン将軍が彼の言葉に賛同するかのように言ってくる。
「ああ、そうだ。問題ない。しかし問題はテロリスト達がこのチップを入手して何をしようとしてい
たか、だな」
「現在極秘開発中の兵器を狙ってテロ攻撃を仕掛けようとしてきていたのでは?」
セリアがゴードンの背後から言った。
「まだいたのか?セリア?お前はもう上がっていい。ご苦労だったな」
門前払いをするかのようにゴードン将軍はセリアに言った。
「トルーマン少佐にもう一度話があるんです。それが終わるまでは帰りませんよ」
「だったら、大人しくしていろ」
と、セリアはまるで相手にしたがらない様子で言うのだった。セリアはゴードンに言われ、少し
引きさがる事にした。近くにあった会議室の椅子に座り、事の様子を見守る。
「現在開発中の兵器は、全てこの基地の奥深くで厳重に保管されているんでしょう?襲撃なん
て不可能だ。ここはこの国で最も厳重な軍の基地なんですよ」
今度はデールズが言った。
「ああ、だが、機密情報が漏洩したのは確かだ。テロリストが外国人で構成されている部隊だ
ったとしたら、これは戦争沙汰になりかねん」
と、ゴードンが言った時だった。突然、閉鎖された会議室の扉が開かれ、そこに一人の男が
姿を現す。
着ていたスーツは所々が裂け、ほこりだらけになってる。顔や体の所々に血が滲み、頭髪は
一部が焦げてさえいた。
そこに立っていたのはリーだった。
「『キル・ボマー』が関わってきているのならば、これはすでに『ジュール連邦』が関係してきてい
るのは確かだ」
「リー。お前。大丈夫なのか?その傷は?医務室で見てもらえ」
真っ先にリーを気遣うゴードン将軍。だが、リーは構わなかった。
「チップは回収できませんでした。申し訳ございません。即座に部隊を再結集して、チップ奪還
に向かいます。私が奪われたチップだけじゃあない。残り2枚のチップもすべて回収し、事を終 息へと向かわせます」
「ああ、部隊は再結集し、チップの回収にも向かわせるが、お前は休め。怪我をしているだろ
う?」
「そういうわけにも行きません。応急処置を済ませて、すぐに回収任務に当たらなければ」
と、リーは断固として言いつつ、そのままの姿で会議に参加しようとする。
「これは命令だ。お前は…」
と、ゴードン将軍が言いかけたその時、突然会議室に呼び出し音が響いた。十数人の局員
が見ている中、ゴードンはすぐに通話ボタンをオンにして連絡を受ける。
(ゴードン将軍?)
それは上級職員からの呼び出しだった。
「何だ?」
半ば苛立った声でゴードンは尋ねる。
(カリスト大統領から連絡が入っています。火急の要件だと言う事で)
その言葉でゴードンの表情が変わった。言葉も動作も一瞬停止する。少しの間をおいて、ゴ
ードンは答える。
「あ、ああ分かった。会話はここでできるか?」
呼び出されたくない人物に呼び出されたという表情をするゴードン。彼の心情は会議室にい
る者達にも手に取るように分かった。
(はい、直ちに)
電話連絡を入れた上級職員は、すぐに会議室にテレビ会議ができるようにスタンバイを始め
たようだ。
「大統領から?」
セリアがリーの姿をまじまじと見つめて言った。リーはひどい有様だ。一体どのような修羅場
を抜けてきたのかとセリアは想像してしまう。
だがリーは手近にあった会議室の椅子につき、そのままの姿でテレビ会議に参加しようとし
ている。彼は今の状況が、治療など受けている暇も無いと判断しているようだ。
彼の受けた傷は、どうやら擦り傷程度のものでしかないようだったが。
「これはまずい事になったな」
自分の傷の事など構わないかのようにリーは呟いた。リーがなぜそのように言ったのかは、
他の職員達は、暗黙の了解で理解していた。
即座にテロ対策本部の会議室に、大統領執務室と連絡が繋がる。会議室の壁一面を覆って
いるスクリーンに、立体映像として、大統領執務室とそこに映る大統領。そして、彼の補佐官や 役人が映った。
ゴードンもリーもそこに映る人物達は全て知っている。
しかもそこに映る人物達が、どのような事態の時にその場に召集されるのかも知っていた。
「ゴードン将軍。たった今、ゆゆしき事態が発生したと連絡を受けたが?」
画面に大統領が映るなり、彼はすぐに言って来た。『タレス公国』大統領、カリスト大統領と
は、ゴードン将軍は数日前に話したばかりだ。前の時もこうして会議室で立体映像越しの連絡 をしていた。
「ここに、こういった連絡が入ってきている。テロリストのバックにいるのは、『チェルノ財団』と呼
ばれる慈善団体で、『ジュール連邦』の政府と密接な関係があると。
『キル・ボマー』というテロリストと『チェルノ財団』、『ジュール連邦』側との関係は明白なので
はないかね?これは君達の捜査が出した結論だぞ」
まるで全てを決めつけるかのような口調で、カリスト大統領は言ってくる。
「そうは言っていません。『ジュール連邦』と『チェルノ財団』との間の関係を決めつけるのも時
期尚早です」
ゴードンはそんな大統領の先走りを、なだめるかのように言った。カリスト大統領は、テロ攻
撃を初めとする国内外の事件には敏感だ。しかも強硬派として知られている。
「大統領。もしかしたら、これは陰謀かもしれません。我が国や『WNUA』と『ジュール連邦』と
の戦争を引き起こさせようという陰謀かもしれません。『チェルノ財団』がテロリストを使い、今 回のチップを盗み出したのも、全ては戦争をさせる事が目的かもしれません」
そう口に出した言葉こそ、ゴードンが危惧している事だった。
「チップ一つ…、四つだったか?ごときで世界戦争をしようとするほど、我が国の政府は愚かで
は無い。だが、事はすでに臨界状態に達してきている。もし、これ以上『ジュール連邦』のテロリ ストからの攻撃が激化した場合、しかるべき報復に出る事は間違いないと思え。私とて世界戦 争など望んではおらん。全力を持ってチップを取り戻し、テロリストの関係を洗え」
大統領は言って来た。戦争、という言葉を突かれ、大統領は身を引いた。さすがに彼もすぐ
に東側の大国である『ジュール連邦』側との戦争に踏み切りたくは無いようだ。相手は当然の 事ながら核保有国であり、味方をする国も多い。
『WNUA』に加盟する他の国との建前もあるため以上に、世界を二分する戦争となってしまう。
「ところで、テロリスト達の黒幕が明らかになったそうだな?何でも、『チェルノ財団』という慈善
団体の代表だとか」
大統領はさらに言ってくる。するとゴードン将軍は、部下の上級職員に目で合図をし、あるも
のを画面へと表示させた。
それは一人の男の顔写真と経歴を示したもので、その男の顔写真の奥側に配置するよう
に、あるビルが映っていた。
ゴードン将軍はその男の写真を表示している画面の前に立つ。
「この男が、今回のテロ活動に加担している事は明白です。名前は、『ベロボグ・チェルノ』。『チ
ェルノ財団』の代表です」
ゴードン将軍が指し示したディスプレイに移された男は、スキンヘッドが特徴的で、顔は面
長。そして、顔彫りが深く、慈善団体の代表という顔では無い。巨人の顔のような姿をしてい る。顔はしかと写真の先を見つめており、威厳さえ感じられる。
「何故、慈善団体の代表がテロ活動などをするのだ?」
大統領の執務室にも、別モニターとして男の顔写真が行ったはずだ。大統領はその顔をまじ
まじと見つめて言って来た。
「動機は不明です。ただ、全ての証拠がその男の元へと向かっています。つまり、その男が、
『グリーン・カバー』に援助を行って、テロ活動をさせたと言う事は、もはや明白な事実なので す」
ゴードン将軍が言った。
「その男をさっさと拘束すれば良いだろう」
まるで簡単な事でもあるかのように大統領は言ってくる。
「『ジュール連邦』側が、捜査を渋っています。現在、このベロボグという男は行方をくらまして
おり、捜査が難航しているとの事で…」
と、ゴードンは言うのだが、
「難航しているのではなく。捜査をさせない目的なのではないのかね?自国の関与を疑われる
事を恐れているのではないのか?」
「それはどうでしょうか。もし、自国の関与を疑われたくないのなら、隠そうとはしないはずです。
些細な情報でも我々に提供してくるかと」
「分かった。『ジュール連邦』の首相には私からも連絡を取るつもりだ。しかし今の国際情勢を
考えて、満足な答えが得られるかどうかは分からんぞ」
本当は自分はそんな事はしたくは無かったという口調で、大統領は言って来た。だが、今の
国際情勢を考えれば、『ジュール連邦』側を説得するのは難しいだろう。
何しろ、相手は『タレス公国』ら『WNUA』側にとってみれば敵だったし、向こう側も敵とみなし
ているのだ。
素直に自国民を突きだしたりするだろうか。
「とにかく、君達は全力を持って事件を解決しろ。いいな、物事が今、臨界状態に達しようとして
きている。私とてこれ以上事を大事にしたくはない。何としてでもこのベロボグ・チェルノという 男の居場所を突き止め、拘束するんだ。テロを止めさせろ」
「了解しました」
と、ゴードン将軍が言って来た所で、大統領は向こう側から通信を切ってしまった。
しばし、会議室の中に流れる沈黙。ゴードン将軍も大統領の言って来た言葉にどう反応した
らよいのか分からない様子を見せた。
「相当、焦っているみたいね」
と、会議室の後ろの方でセリアが言った。
「無理もない。我々の捜査次第では、戦争になるかもしれないんだ。それも、『ジュール連邦』と
の戦争だぞ。世界が二つに分かれてしまう」
ゴードン将軍が言葉を絞り出すように言った。
「誰かが、例えば、そのベロボグという男が、自分の国と我々を戦争させる目的でテロを行って
いるとしたら?」
会議室でも前の方に座っていたリーが言った。彼はタオルで頭から流れている血を抑えてお
り、白いタオルがどんどん赤い色に染まっている。
その様相だけでも痛々しいのに、リーはそんな事など構っていないようである。
「ああ、私もそう思えて仕方がない。だが、どちらにせよだ。我々の捜査は進む。何としてでも、
このベロボグ・チェルノという男を発見して摘発しなければならない。そうしなければ国内でのテ ロ活動は止まず、戦争だ」
ゴードン将軍は会議室にいる面々にそのように言うのだった。
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